第14話

総主教は創造主を崇め奉る宗教だ。

デイトリンの家は代々総主教の教皇を輩出してきた家柄で、かなりの権力を有している。それだけ発言権も強い。

今代は兄が教皇で、祖父が大主教という席についている。そして何の因果か、自分は聖女という役職がある。

それぞれの役職は創造主の神託を受けて定められているので、嫌だからと拒否することもできないのだが。


デイトリンは5歳のときに聖女の神託を受け、以来大神殿でつまらない聖女生活を送っていた。外に出ることもほとんどなく、広いとは言っても限られた神殿の中で、限られた曜日にだけ信者たちの前に出て祈りを捧げるくらいだった。


だが、世話付きの神官女から一冊の本を取り上げてから世界が変わった。彼女たちが騒いでいたときにたまたま傍を通って騒動の元になった本を取り上げたのが始まりだ。


御年15歳。多感な少女の目になんてものを触れさせてしまったのかと神官女たちは慌てたが後の祭りである。


それは男女の恋愛をモチーフにした肉体関係を赤裸々に語った本だった。どうも駆け出しながらも人気のある新人作家らしい。一冊読んで、デイトリンはすっかり夢中になった。

繊細ながら要所に淫らさを感じさせる大人の内容だ。神官女に上に黙っている代わりに新刊を寄越すように脅したのは当然の行いと言える。

そうして一年と少し経った頃、不思議な夢を見るようになった。


それが不思議と大きな体躯の黒髪の男なのだ。登場人物として出てくる者ではないのに、自分の体を好き勝手し、本の中のような破廉恥な行動をする。

夢の中なので、相手の顔まではよく覚えていない。だが、いつしかデイトリンは夢の中の彼が作者だと思うようになった。

なぜかはわからない。

そもそも作者を見たこともないし、見たという人の話を聞いたこともない。


だがきっと彼がこの素晴らしい本をかき上げた人物なのだと思った。

昔から直感が鋭い自分だ。

それが聖女の力なのかもしれないと祖父も兄も言っていた。

だからこそ、確信していた。


そして、もう一つ不思議なことが起こった。

自分はなぜか妊娠していたのだ。最初は気が付かなかったが、身内に出産した者がいる神官女が震えるように告げてきたから間違いはないようだ。

日に日に膨らむ腹に世話役の神官女は真っ青になったがデイトリンはどちらかといえば浮かれていた。


相手はもちろん、夢の中のあの男だ。

あっさりと兄と祖父にばれて、白状させられたがニコニコと語る聖女に二人は顔面を蒼白にして言葉を失っていた。

権威とか聖女の立場とかよりも、未成年の娘が子供を身ごもったということにショックを覚えたようだった。なんとも善良な思考の持ち主だ。

だからこそ、デイトリンは家族が大好きで、押し付けられた聖女という役職も粛々と受け入れていたのだが。


そうして、あの日。

自室に隠していた本をごっそり持ち出されて怒りに任せて本殿に向かえば、兄と祖父が作者を呼び出していると聞いた。


向かった先、部屋を守るように立ち並ぶ神殿騎士たちを押しのけ、来賓を迎える神殿内の表に近い小部屋の扉を開ければ、見知らぬ男たちが二人呼びつけられていた。


兄と祖父の前にいるにもかかわらず、泰然としている黒髪の男にデイトリンは興味を覚えた。

どちらが、夢の中の男なのか、腹の中の子供なのか一瞬で悟りつつも確かめるように口を開く。


「それで、どちらの方がカーデ様でいらっしゃいますか?」

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