第11話
「すごいわね、もう新作が出来上がったの?!」
三日三晩寝ずに書いた新作を掲げた瞬間、邪神の下へと転移させられていた。
いつも思うが、彼女は四六時中自分を見張っているのだろうか。
タイミングがいつも的確すぎて怖い。
サリィミアにも何も言わずに出てきたことになる。
彼女はまあ事情を知っているので騒ぐことはないと思うが。
「やっぱり嫁と子供ができると違うわね、筆が進むでしょう?」
勝ち誇ったかのような笑顔を向けられて、カデフェイルは殴りつけたい衝動に駆られた。
これをかき上げた三日間は本当にひどかった。
戦場に一度行ったことがあるが、戦場のほうがましだというくらいにひどい有様だったのだ。
そもそもサリィミアは公女だ。
世に言うお姫様は基本的に世話は女官が行う。
侍女がいて下女がいて、すべての世話を他人がする。それを突然、他人のいない家に来てもできることなど何もない。しかも産まれたばかりの赤子を抱えて。
まずカデフェイルがしたことは家の家事を引き受けてくれているマルグリタに泣きつくことだった。彼女は三軒隣に住んでいる肝っ玉母さんだ。
独り暮らしでひきこもりの自分を心配していろいろと世話焼いてくれるお節介で人情に溢れている。
手間賃を渡して日中は掃除や洗濯、片づけや料理をしてくれる。
彼女がいなければ親子三人途方に暮れていただろう。
とにかくサリィミアが来た日に彼女を紹介して、しこたまカデフェイルはマルグリタに鉄拳制裁をくらった。長時間の説教つきでだ。
まったく身に覚えのない邪神の仕業だが、ここまで自分そっくりな髪色と瞳を持つ子供など言い訳するだけ無駄だと悟って甘んじて受け入れた。そして赤子の世話から生活能力までサリィミアと二人でマルグリタから教えを乞い学んだ。
次の日には神殿にアイタルトを人質に取られての執筆活動に入ったが、赤子というのはとにかく泣く。腹が減ったと泣き、オムツを変えろと泣き、眠たいと泣き、抱き上げろと泣く。
サリィミアは基本的に赤子を抱く係となり、家のことはすべてカデフェイルが整えることになった。
一人暮らしが懐かしくなるくらい、へとへとになった。その間に執筆活動だ。しかもエロい話など微塵も出てこないほど疲労困憊した状態だ。できればベッドでスヤスヤ眠りたい。だがあの赤子は夜は暗いと泣きだす。
サリィミアはもともと体力がない。日中の赤子の世話だけでヘロヘロになっていた。仕方なく夜もカデフェイルが世話をする。山羊のミルクをもらって薄めたものを布巾に浸して吸わせる。だが食感が違うのか赤子は乳がいいと泣き喚く。
恐れ多くも公女殿下の神聖なる乳を所望するとは…と震えるカデフェイルだがサリィミアは母として自覚があるのか赤子がふっと声を出すだけで跳び起きて乳を上げたりする。
女性というのは生まれつき母性があるのだな、とカデフェイルは神秘的な気持ちになったものだ。
だからこそますますエロい感情からは遠ざかる。
なのに文章を絞り出さなければならないのだ。
アイタルトなんて見捨てて夜逃げしようかと何度も思った。
だが、邪神への恨みをエロい妄想に変えてなんとかかき上げたのだ。
その集大成が今、手の中にある。
あの汗と涙と乳の香りと精液が固まったものが、この小説なのだ。
あの女神を殴っても、誰もが納得してくれるだろうとカデフェイルは決意を固くするのだった。
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