第9話

情報が多すぎて頭がついていかない。

聖女?

身ごもった?

未成年?

とにかく、混乱する思考を整理するためにも、ひとつ訂正したいことがある。これだけはハッキリと自信をもって言える。


「カーデ=タナトスはペンネームだ。本名はカデフェイル=タトナリスという」

「あれ、そうだった?」

「なんでお前が知らないんだ…」


驚きの声を上げたのは横で緊張していたアイタルトだった。


「それは今、一番に言わなければいけないことか?」

「何を言うのお兄様。カーデ様の本名が知れるなんて、感激ですわ!」

「お前ね、本名も知らない相手と子供を作ったのか?」

「私にはこれがありますもの、カーデ様を知るには十分です」


少女は積み上げられた書籍を指差して高らかに宣言する。堂々とした姿はかっこよくすらある。

作者冥利につきるというものだ。中身はエロい話だけれど。というか中身から作者がわかるなら、自分はどえらい変態になると思うのだが、彼女は少しも気にした様子がない。

先程から度々出てくる子供という単語がなければ、純粋に喜べたのだが。

聞き流すことも難しい。


「あの、失礼ですが…彼女とは初対面なのですが…」

「この期に及んで言い逃れか? 男の風上にもおけないな」

「そうだぞ。総主教の聖女に手を出したこと後悔してももう遅いからな」

「カデフェイル? 君ってどれだけ手が速いの…奥さんだけじゃ飽きたらず聖女にまでだなんて…僕は君をとてもじゃないけどかばいきれないよ」


男と大主教とアイタルトが順々に口を開いてくる。

だが、編集者の一言で、男の表情が一気に変わる。


「は? 妻帯者だと…どういうことだ」

「ああ…神よ。なんという試練を私に与えられたのか、まさか未成年の聖女に手を出しただけでなく、姦通の罪まで…私は目の前の男を消し去りたい…孫を弄んだ罪はその命であがなってもらうからな……八つ裂きがいいか、それとも磔か…総主教の拷問の神髄を味あわせてくれる…」


三つの視線を向けられる。殺気、憤怒、困惑といった種類は違えど、まったく心当たりのないことで批難されても困る。

そもそも、成人前の女に手を出したと思われるのも心外だ。

エロ小説作家といえども、常識人のつもりだ。

善悪の区別くらいつく。


「あの、貴女からも言ってくれないか。俺たちは初めて会うだろう?」

「まぁ、カーデ様。私たち逢瀬を重ねましたわ。あの月夜の晩はとくにステキでしたわよね」

「貴女はさっきまで俺の顔すら知らなかっただろう?!」


なぜ誤解を招くような言い方をするんだ。

どう考えても自分は何かの陰謀に巻き込まれているとしか思えない。むしろ悪夢であってくれと願うばかりだ。


カデフェイルはばんとテーブルを叩いて立ち上がりながらたまらず叫んだ。


「俺は二年前から呪われていて女を抱けない体なんだ!」


男としての自尊心よりも、身の潔白を優先した。

心の底からの叫びだった。

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