第4話 「こう持つのよ!」 しんどい戦いになりそうだ。

「それじゃあまず、基本のオムライスでいきましょうか」

「そうだな。じゃあチキンライスを作ろうか」

「わかりましたっ!」


 とりあえず材料を並べ、まずはチキンライスを作ることにした。

 俺と藍那あいなが先生になり、ちょっとずつ教えるという感じだ。


 藍那は長い髪をシュシュを使って束ねた。

 藍色のシュシュだ。


 学園祭の時に見たポニーテールプラスエプロンという姿だが、やはり様になっている。


「じゃあまずは玉ねぎから切りましょう」

「はいっ」


 そんな藍那は、もう一人のエプロン女子にそう指示した。

 いつもポニーテールな姫川さんはエプロンを付けただけだ。

 シンプルなピンクのエプロンをしている藍那とは違い、デザインの付いたエプロンだ。

 これはなんだろう? たぬき?


 とりあえず俺も準備するものがあるので、こっちは藍那に任せよう。


「ちょちょちょちょっと待って!」

「はい?」


 そう思って準備を始めようとした矢先、藍那の絶叫が響いた。

 何が起こったのかとそちらを見ると、姫川ひめかわさんがとんでもない包丁の持ち方をしていた。


 前世か何かで人を殺めてしまったのだろうか……。


「ほ、包丁はこう! こう持つのよ!」

「そうなの? わかったっ」

「ふぅ……」


 藍那が額の汗を拭う。

 これはしんどい戦いになりそうだ。


 と、思っていたのも最初だけ。

 藍那の教え方が上手いのか、姫川さんの覚えがいいのか、割と順調に事が進んでいる。

 まぁ……一回言えばできるってだけで、一回言うまではとんでもないことをしているわけだが……。


「ちょっと待って! そっちは砂糖だしそんなに入れないから!」

「ご、ごめんなさい……」


 姫川さんも何となく自分のヤバさがわかってしまったのか、度々謝るようになっていた。

 というか、藍那が全部やっていて俺の出番がない。


 と、誰かに袖をクイっと引っ張られた。


かえでちゃん?」

康太こうたお兄さま、勉強を教えてください」

「わかった、いいよ」


 どうせこのまま藍那がやりそうな雰囲気だったので、藍那の妹の面倒を見ることにした。

 しかし、さっきまで本を読むと言っていたが、寂しくなったのだろうか。


 藍那の家はダイニングキッチンになっているので、そのままリビングに移動する。


 ダイニングテーブルを過ぎると、長座布団やテーブルが置いてあり、楓ちゃんに引っ張られるがまま、長座布団に座らされる。

 楓ちゃんはというと、俺の膝の上に「はふぅ……」と腰を下ろした。

 そしてテーブルの上に宿題らしい問題集を開いて置く。


 う~ん……まぁいいか……。


「で、どこがわからないの?」

「ここです」

「あ、ここはね……」


 俺も時々度忘れしているものがあったが、教科書を駆使してなんとか教えることができた。


 そして、楓ちゃんの宿題も終盤に差し掛かった頃、リビングの扉が開き、女の子が入ってきた。


「えっ!?」


 そして俺と楓ちゃんのことを見て、とても驚いたような表情で固まる。

 驚いた表情も整っている、綺麗な子だった。

 そしてやはり藍那にどこか似ている。

 上の妹だろうか。


 綺麗な金髪を後ろで結び、ポニーテールにしている。

 赤い色のシュシュがアクセントになっていてとてもかわいらしい。


「まさかお姉ちゃんが男を連れ込んでいる……!?」

「あの……」

「ひゃい!?」


 なんだかとんでもない誤解をしているようだが……。


「あ、七海ななみ。宿題は終わった?」

「あ、お姉ちゃん! と……どちらさま!?」

「この子が姫川ひめかわかなでさん」

「姫川奏です。よろしくお願いします」

「あ、どうも……」


 なんだか騒々しい子のようだ。どこか落ち着いた雰囲気と騒がしい雰囲気のある藍那だが、その妹たちは藍那自身の性格を半分に割ったらしい。

 なんか面白い。


「そっちは神城かみしろ康太」

「神城康太です。よろしく」

「あ、はい……よろしくです……」


 理解が追い付いてないながらも、挨拶を律儀にしてくる。

 ペコリと頭を下げているその姿からは、真面目さが窺えた。


「で、うちの上の妹ね。七海っていうの」

「あ、えっと……。藍那七海です……。お願いします?」

「よろしく」

「よろしくね」

「じゃなぁい!」


 普通に自己紹介をして終わると思ったがそうは問屋が卸さない。

 納得いかんというように七海ちゃんは叫んだ。


「これどういう状況!?」

「昨日言ったじゃない。姫川さんに料理を教えるって」

「そう言えばそんなこと聞いたかも……」

「もともとは康太に頼んだことだけど、あたしも手伝うことになったの」

「なんだ、そういうことか……」


 お、なんだか納得したみたいだ。


「って、呼び捨て!?」


 あ、そこに引っかかるんだ。


「いつまでもそんなとこ立ってないで七海も楓の宿題見てあげて」

「え、うん」


 藍那がそう言うと、七海ちゃんはおとなしくこちらにやってくる。

 そして俺の向かいに座ると、目を丸くした。


「そこにいたのか楓!」

「七海お姉さま、楓の宿題を見てください」

「ま、任せなさい!」


 いつの間にか宿題を終わらせていた楓ちゃんは、解答集と一緒に問題を七海ちゃんに渡す。

 じっと二つを見比べ、しばらくすると七海ちゃんは顔を上げた。


「うん。ばっちり!」

「よかったです」


 七海ちゃんはグッと拳を突き出し、笑顔で告げた。

 楓ちゃんはそれに対し、満足げにコクンと頷いた。


 本当に違うタイプの姉妹でやっぱり面白い。


「じゃ、ご飯できたから箸とか用意してくれる?」

「わかった!」

「お手伝いします」


 七海ちゃんと楓ちゃんの二人はさっとキッチンへ向かうと、テキパキと箸やほかに必要そうなものを出し始めた。

 普段から手伝っていることが容易に想像できる。


「俺もなんか手伝うよ」

「じゃあケチャップで絵を描いてもらおうかしら」

「俺が!?」

「冗談よ」


 ふふっと藍那に笑われる。

 姫川さんもくすっと笑っていた。


「じゃあ、これ運んでくれる?」

「わかった」


 藍那と姫川さんと俺でオムライスの乗った皿を運び、七海ちゃんと楓ちゃんがスプーンや箸を用意してくれた。

 なんで箸もあるかというと、藍那が前に作った漬物があると出してくれたからだ。


 漬物を作るとは、なんかシブい。

 ちょっと負けた気分。


「康太そっち箸とスプーンある?」

「あるぞ」

「わたしも大丈夫だよ」


 俺と姫川さんはおっけー。


「七海は?」

「大丈夫だよ!」

「楓も大丈夫です」


 七海ちゃんと楓ちゃんもおっけー。

 みんなにそう言ってるからには藍那もおっけーかな。


「それじゃあ食べてみましょうか」

「そうだな」

「ど、どうぞ!」


 それぞれ「いただきます」と言ってからオムライスを一口。

 姫川さんは俺たちのことをスプーンを握りしめて見守っている。


「うん。うまいな」

「おいしいよ!」

「おいしいです」

「よかったぁ……」


 焦げていないどころか、ふわっとしていてとてもおいしい。

 いくらでも食べれそうだ。


 そして漬物がとても合う。

 これは贅沢だなぁ……。


「ありがとうね、藍那ちゃん!」

「どういたしまして。本番もうまくできるように頑張りましょうね」

「うんっ!」



※※※



「ごちそうさまでした」


 最後に楓ちゃんが手を合わせた。


 とてもおいしかった。

 これなら祐介ゆうすけも喜ぶことだろう。


「わたしお皿洗いするよ」

「大丈夫よ。あたしたちがするから」

「これくらいさせてよ~」

「わかったわかった」


 なんだか藍那と姫川さん、仲良くなったな。

 あのキッチンでの戦争(?)がよかったのだろうか。


「俺も手伝うよっ!?」

「んしょ」


 姫川さんに何も教えられてないので、皿洗いだけでも手伝おうと思って立ち上がろうとしたが、楓ちゃんに止められた。

 宿題をしていた時のように、膝の上に座ってきたのだ。


「はふぅ……」

「えっと……」

「あちゃぁ……。ごめんね康太。しばらくそのままでいてあげて?」

「え、いいけど……」


 なんだかしっかりしている子だったけど、年相応に甘えん坊なようだ。

 膝に座ったからといって特に何かするわけでもなく、普通にテレビを見始めた。

 もう七海ちゃんも慣れたようで、普通に過ごしている。


 藍那は、姫川さんに洗剤の位置などを教えて戻ってきた。


「楓、あんまり長く座ってちゃダメよ? 康太も疲れるんだから」

「わかりました、うららお姉さま」

「康太もホントごめんね」

「いやいや、全然いいよ。こんなことで役に立つなら」

「ありがと」


 そうしてにこっと藍那は微笑む。

 家庭を持ったらこんな……。

 いやいやいや! 俺は何を……!

 まだ付き合ってもない……!

 まだってなんだぁ!!


「え、何よどうしたの?」

「な、なんでもない……」


 強く言われることが少なくなって、なんだかときめく機会が増えた気がする……。


 猫被らなくてよくなったらストレスが減ったとかなのだろうか。

 少なくとも、ずっと素でいることになった藍那はいつもなんだかふんわりしている。


 ほかから見ると圧がすごいのは変わらないらしいが、もっと強い圧を受けていた俺にはそよ風も同然だ。


「そうだ。聞きそびれてたけど七海は宿題終わったの?」

「もっちろん! だから下りてきたの!」

「よろしい」


 そういえばそんなこと聞いてたな。


 七海ちゃんもやはり真面目なのか。

 真面目という点は、藍那三姉妹共通らしい。


 なんだか見ていて微笑ましい姉妹だ。


「お皿洗い終わったよ~」

「ありがと。テレビ見る?」

「見る見る~」


 お腹も良い感じにいっぱいになったお昼過ぎ。

 睡魔に襲われながらも、のんびりと時間を過ごしていった。


 時折テレビを見ながら笑いが零れる。

 会話に花が咲く。


 藍那の家に何しに来たのか忘れてしまう。

 あれ? 何か忘れて……。


「あっ!」

「わっ! 何よ急に大きい声出して!」

「ご、ごめん」


 みんな驚いて俺の方を見ている。

 申し訳ない……。


「で、どうしたの?」

「あ、いや、ちょっと……。こっちの話」

「なんだか怪しいわね……」


 藍那には言うわけにはいかない。

 絶対にバレてはいけない。


 何せ俺が思い出したことは、藍那の誕生日を知ることだからだ。

 そして俺が考えていたことは、カレンダーなどに書かれていないか。

 幸いなことに俺は、カレンダーの場所を憶えていた。

 部屋に入った時に目に入ったからだ。


 しかし……。

 残念なことにカレンダーの位置は真後ろなのだ!

 楓ちゃんが膝に座っているこの状況ではとても見ることができない。

 帰るまでになんとかしなくては……。


「神城くんどうしたの? なんだかそわそわして」

「トイレに行きたいなら突き当りを左よ」

「康太お兄さまはトイレに行きたいのですか?」

「あ、いや、そうじゃないんだけど……」


 なんだか心配されて注目されてる……。

 ますますカレンダーが見づらくなってきた……。


 何か、作戦を……。


 ピコン。

 その時、俺のスマホが震えた。


「あ、ごめん。誰かからメッセージが……」


 確認してみると、心優みゆからだった。


『帰りにスーパー寄るけど、何かいるのある?』


 とのことだった。

 俺は、特に欲しいものはないよと返信する。


 ん? 待てよ?

 これチャンスじゃないか?


 メッセージがきたことにより、俺から視線は外れている。

 各自雑談やテレビを見たりしているので俺の方は見ていない。


 俺はバレないようにカメラアプリを起動し、内カメラに設定した。

 そして、カレンダーが写るように写真を撮った。


 よし。

 どうやら誰も俺の方を見ていないようなので、写真を見てみる。

 しかし、文字は何も書いていなかった。

 残念……。


 これでもう直接聞くか、間接的に聞くかの二択になってしまった。

 どうするか……。


 ん?

 楓ちゃんがじっと俺を見つめている。


「康太お兄さま、カレンダーが気になるのですか?」

「っ!」


 俺以外に聞こえないように、こっそりと声を掛けてくる。


「な、なんでそう思うのかな……?」

「スマホで撮っていたようなので」


 膝に座ってるんだもんね!

 あれだけ動いたらわかるし、スマホも視界に収まってるよね!


「何か気になることでもありましたか?」

「あ、いやその……」

「大丈夫です。誰にも言いませんよ?」

「…………」


 この子一体何者なんだ……。

 いや、藍那の妹なんだろうけどさ。


「実は、藍那の誕生日が知りたくて……」

「麗お姉さまですか?」

「そうそう」

「麗お姉さまの誕生日は――」

「何こそこそ話してんの?」


 体がついびくっとなった。

 急に藍那が話しかけてきた。

 姫川さんと七海ちゃんもこちらを見ている。


 な、なんて言おう……。


「せっかくいい天気なので、どこか出かけたいですねと話していました」

「お、それいいじゃん楓!」


 さっと楓ちゃんがフォローしてくれた。

 それにまんまと七海ちゃんが乗ってきた。

 楓ちゃん、本当に小学校五年生なのか……?


 転生した別の何かだったり……。


「そうね……。じゃあみんなでちょっとショッピングにでも行きましょうか」

「やったー!」

「はい」

「二人もいい?」


 そう言いながら俺と姫川さんにも確認を取ってくる。


「わたしはいいよ」

「俺もだ」

「じゃ、行きましょうか」

「準備してくる!」

「楓も準備をします」


 七海ちゃんは元気よく部屋を飛び出していき、楓ちゃんはゆっくり立ち上がった。

 俺の膝に掛かっていた重みが消える。


 俺もゆっくりと立ち上がり、部屋を出ていこうとする楓ちゃんを見た。

 楓ちゃんは、ちらっとこちらを見てから部屋を出て行った。


「なら少し待ちましょうか」

「そうだねっ」


 残された俺たちは、もう少しここで待つことにする。


 きっと楓ちゃんのあのアイコンタクトは、あとで話しますと言っていたのだと思う。

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