第十節 祝賀会

季節は十二月に入っていた。


草間部長の絵のコンクールの結果が届いた。

部長の絵は最優秀賞を逃したものの結果は優秀賞だった。


草間部長の絵がコンクールで入賞したことと、三年生の先輩たちが卒業するということで美術部では祝賀会は予定通り開かれることになった。


来栖先輩の酒屋さんから、大量のソフトドリンクが差し入れられ、皆はジュースで乾杯した。


澪は先輩たちが卒業していく悲しさをしみじみと感じた。


「やだ……澪ったら、泣いてるの?」


有華が自分も涙声になりながら、澪に聴いてくる。


澪は固く決心した。

絵筆は置かない。これからも描き続ける。

もし、また万が一事故にあったとしても、私は描くだろう。

テニスの時には感じなかった手ごたえを澪は確かに受け取っていた。


そして、澪の知らないところでは、こんな会話が繰り広げられていた。

草間部長と清川先生が教員室でジンジャーエールを片手にして。




壁にもたれた草間部長は画集をめくる清川先生に話しかけた。


「先生が悩んでいたのは戸川さんの絵でしょう?」

「戸川の絵を選んでいたら……もしくは、な」

「最優秀賞をとれたというわけですか?」


清川先生はそれ以上、押し黙った。

沈黙を了解と取って、草間部長は物思いにふけりながら部屋を出た。


芸術に挑戦するような、戸川澪の絵。

僕には描けないものかもしれない。

清川先生はこんな予想をしているのではないだろうか。

あざやかで野性的な絵はもしかしたら誰よりも美術を進化させるかもしれない、と。


「草間部長、どこ行ってたんですかー?」

サイダーなのに雰囲気で酔っぱらった田代が話かけてくる。田代は美術科美術部員として次期部長を狙っている。そんな名誉など、どうでもいいのに。そう、どうでもいいからこそ、こういう使い方をしてもいいか。


「皆、聞いてくれ」


草間部長は声を張り上げる。壇上に上がった草間部長に部員たちが注目する。


「次期部長を発表する」


ざわっと部室内がどよめいた。

草間部長はいつもの優しい顔から真剣で厳しい顔に変わっていた。


「戸川澪さん。

 彼女が次期、美術部部長だ」


ざわめきは収まるどころかますます大きくなるばかりだった。


澪は「無理です!」と皆の視線を浴びながら必死に抵抗している。


草間部長は「コンペの二位は戸川さんだ」と周囲の声を黙らせた。

祝賀会は思わぬ方向へ流れた。


美術部創設以来、ほとんど美術科の生徒が部長を努めてきたのである。

しかも、部長に指名されたのは一年生よりも部歴の短い澪である。


草間部長は一体、何を考えているのか。


澪は困惑した。

それまでの和気あいあいとした祝賀会は一変した。


こんなの嫌だ。


いつもは大人しい性格の澪だが、一つ深呼吸をすると草間部長に向かって口を開いた。


「……私より部長にふさわしい人はたくさんいます!もし、私を部長にするなら……」

「するなら?」


草間部長は黙り込む澪を余裕のある表情で見下ろしてくる。


「しょ、勝負してください!私が勝ったら、部長は撤回してください」


その発言に周囲はどよめく。

勝ったら部長辞退。


「何とも消極的な挑戦ネ」

サーシャがつぶやいた。


「受けてたとう。卒業まではまだまだのようだ」


草間部長が堂々と宣言した。

三年生の卒業まであと三ヶ月を切ったところで澪と草間部長の一騎打ちによる勝負が始まった―――。

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