第三節 事故、意識不明

「澪は大丈夫なんですか!」


病院に駆けつけた有華と千夏に顔をようやっと上げながらも、澪の母は言葉にならずに嗚咽を漏らしていた。手術中の赤いランプが、暗い病院の廊下を照らしている。


「大丈夫だ、命には……」


フォローして、声を上げた澪の父もあまりのことに言葉が継げない。

澪は、二人から別れた帰り道、自動車にはねられてしまった。運転手がすぐに119番通報したが、意識不明の重体だ、というのが今の状況だった。


「私たちのせいで……」


有華はボロボロ涙を流した。千夏も泣きながら、慰めるように有華の肩に手を置いた。


「あなたたちの、せい、ではないのよ」


澪の母は泣きながらもやっとそう言って再び涙にむせんだ。

自動車の運転手にも澪をはねてしまった以外には重大な過失はなかった。夜道に死角から澪が出てきたことによる不幸だった。


四人は眠れぬ夜を過ごし、翌朝、意識不明ながらも一命をとりとめた澪はそのまま入院することになった。

翌日、一部ニュースで取り上げられたことからも、注意喚起のために朝礼で事故のことが校長から取り上げられ、学校中に澪の事故は知られることとなった。

本人が何も知らないまま……。


有華も千夏もその日は学校を欠席して家で仮眠をとった後、また、澪のいる病院へ駆け付けていた。

澪の母親は落ち着きを取り戻したかのようにしていたが、その目の下はくっきりとした黒い隈が浮かんでいた。


澪は両足を包帯で巻かれて、ベッドに横たわっていた。顔はかすり傷程度で、ガーゼが当てられているところ以外は綺麗だった。腕や手にもところどころ擦り傷があるが、足以外は目立った損傷は受けていなかった。


「腕にも脳にも異常はないって。もう、目覚めてもおかしくはないんですって」


二人を慰めるように、澪の母は話す。


「ただ、足がね……」


澪の母も、有華も千夏もうっすら目に涙が浮かぶ。

澪の足は、リハビリを頑張れば歩けるようにはなる可能性はあるらしい。が、もう元の生活のように、大好きなテニスをすることは絶望的らしい。


千夏は、病室の床頭台の扉に立てかけられている澪のラケットを見た。

ラケットはひん曲がってしまっている。

このラケットが澪と自動車の間にクッションのように挟まって、事故の衝撃を和らげたようだ。しかし、皮肉にも澪の身体はもうテニスは出来ない。


命の代わりに神様は澪の大好きなテニスを取り上げたんだ。

千夏は同じテニス部員として悔しさにぎゅっと拳を握った。


「疲れているでしょう。二人とも、帰ってゆっくり休んで……」

「お母さんこそ、寝てないんじゃないですか」


有華が心配そうに、しかし、キッパリと言う。


「有華、お母さんは眠れないんだよ」


澪が起きるまで……と千夏はそこまでは言えなかったが、有華には充分、伝わったようだ。お互い、肩を落として病室から出て行った。

二人とも、あのカフェに誘った罪悪感を抱えている。

あの日、カフェに誘わなければ。

バスで真っ直ぐ帰るように言えば……と自分を責めている。


澪の母は、ただ、澪の目覚めを待っていた。

たった一人の娘が目覚めるのを……。


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