第25話 第三章-5
それとほぼ同時刻。
生徒会室でも“悪あがき”が進行しつつあった。
体は部活を表す――顔面ホームベース体育会会長、野球部主将の橋本勝。
となるとこの男は絵筆だろうか――ひょろ長い体型をした、文化会会長、美術部部長の棚架肇。
この二人が、それぞれの系列クラブの要望を伝える形で、生徒会長の美色に直談判に及んだのである。
学祭の失敗は誰の目にも明らかであるのに、それに対する善後策が何の発表されないことに対して、怒り、焦燥、絶望に虚無、と負の感情が目白押しで校内には渦巻いていたのだ。二人はそれに後押しされるような形で、この生徒会室に足を踏み入れたというわけである。
「その……難しいことになってな」
どこか遠慮するように、橋本は切り出した。
「要するに、焚き付けるだけ焚き付けて、それが失敗した場合のことは考えてあるんだろうな――という恥知らずな意見があることもまた事実でね」
続けて発せられた棚架のその台詞に、橋本はギョッとなったように棚架を見る。
「橋本……君は古風な精神構造をしているから、言い出しにくいのだろうが、ここまで来ておいて言葉を濁しても仕方ないだろう」
「それは……そうなんだが」
その訪問を受けていた生徒会の面々は、複雑な表情を浮かべた。
だが、誰も口を開かない。
「会長達もなかなか難しいこととは思うんだけど、何かの答えじみたものを発表してくれないだろうか? 何というか恥知らずな奴ほど声が大きくてね」
――このままだとクラブ活動が面白くないどころか、苦痛ですらある。
思慮深げな表情で、棚架はそう締めくくった。
美色はなおも無言のまま。珍しいことにこの男は迷っていたのだ。
澪もまた沈黙を保つ。可奈子は言わずもがなであるし、このまま事態は進展しないかに思われた。
ただ、梶原一人が感情を表情に浮かべていた。
悔しそうに下唇を噛んで。
その表情には、さすがに橋本も棚架も気がついた。
そしてこの後輩は何らかの答えを持っている。
そこまで二人が思い至るのに時間はかからなかった。
「梶原……何かあるのか?」
橋本が声を掛ける。
「サークルの連中はどうなっている?」
突然、美色が口を開いた。橋本は質問を中断される形となったがあまり気にせずに美色へと向き直る。
「さぁな。実際よくわからないってところが正直なところだ。割と統制の取れた体育会系のサークルでその有様だから、文化会系は……」
「その通りだ。もともとサークルは刹那的な運営方法しか持ってないようなものだからな。まとまった意志があるのかどうかも」
橋本の後を継いで話し始めた棚架は、肩をすくめて見せた。
「大体サークルの様子が気になるなら、あいつを呼べばいい。テレ研の榊が居ただろう」
榊――修平の名前が出た途端、梶原の身体がピクリと揺れる。
しかし橋本はそれには気付かずに、話し続ける。
「あいつはサークルの顔役みたいなもんだからな。だいたいホワイト先輩やレッドとまともにつきあえるだけで……」
続けて出てきた名前に、梶原はまたも反応する。
今度はさすがに橋本も気付いた。
「何だ……?」
「学祭の始まる直前に、彼にはその三人に対しての監視網の構築を依頼していてね」
物騒な単語を並べて、美色が橋本に応じた。
橋本は棚架と顔を見合わせる。
「それはまた……穏やかじゃない様子だね」
「念のため、という奴だ。彼らが学祭前に妙な張り紙をしていたことは?」
再び顔を見合わせた橋本と棚架は同時に首を振った。
「……していたんだ。それで来年のこともあるので彼に経験を積ませようかと、そういうことだ」
「生徒会活動は、スパイ活動かい?」
「情報収集活動を、限られた語彙で言い表すとそう言うことになるかもしれないが……にしても梶原の様子はおかしいな。何かあるのか?」
生徒会長の言葉に、梶原は難しい顔をして見せた。
「あるような……ないような……」
「はっきりしないな?」
「はっきりしません。だから報告しようかしまいか判断が付けかねていたんですが」
「良い機会だ。とりあえずおまえが知っていることをここに並べて見せろ。二人とも、構わないな?」
さして興味があるわけでもなかったが、逆に言うと特に反対する理由もなかった。
それぞれが頷くのを見て梶原は話し始める。
本来ならサークルの間に監視網を敷くことがどれほど大変だったかから始めたかったのだが、そんな状況でもない。それに実をいうとさほどの苦労をしたわけではなく、一つのサークルと渡りを付けるだけで事が済んでしまったのだ。
言うまでもなくそのサークルとは「
そんなわけで、監視を始めて最初の辺りから報告しようとした梶原だったが、その報告の腰はいきなり折られることとなってしまった。
「……準備期間中に居なかった?」
梶原の報告に、美色が突然声を上げた。
さらには体育会、文化会の両会長も、どこかしら慌てたような雰囲気である。
これには梶原も、件の三人がどれほどの影響力を持っているのか否が応にも知らされることとなった。
「ええ。目的が先輩方三人の学祭への妨害活動を抑制することでしたから、居ない分には構わないだろうと考えまして」
「妨害活動~?」
今度は橋本から声が上がった。
「美色、何考えてたんだ? そんなことあるわけないだろうが」
「本人達にその気はなくとも、結果的にそう言うことになる可能性だってあるだろう。あの三人だぞ」
それは弁解の言葉ではなくて、力強い確信に満ちた言葉だった。
やがて二人が落ち着いた頃を見計らって、梶原が話を続ける。
「この現象は今も続いています。多少の変化が見られましたが……」
「知ってるわ」
澪が口を挟んだ。
「支部さんは着るものがどんどん薄汚くなって来てるわね。あ、同じクラスなもので」
いきなりの発言に、注目を集めてしまった澪が言葉を継ぎ足した。
「ホワイト先輩も。あの格好でしょう?」
「あ、それは俺が知ってる。あの工事現場みたいな格好だろう。よく
橋本とホワイトは同じクラスである。
「ということは、榊にも?」
「ええと、榊先輩の場合は服装の方には特に変化は。ただ――」
「ただ?」
「あの目の下のクマ、それがどんどん取れていっていかにも健康そうな容貌に変化したとか」
毎日、ほとんど限界まで体を動かして帰宅し、夕飯だけ食べて後は寝てしまうというような生活を続ければ、嫌でも健康的になる。目の下にクマを作るほどに深夜までゲームに興じている余裕はどこにもない。
その報告と、ホワイトの最近の出で立ち。
二つをつきあわせれば、一つの推論が成り立つ。特に橋本は身に覚えがある。
レッドまで確証はもてないが、ほぼ間違いなく三人は――
「肉体労働をしているのか? アルバイトか何か? でも、レッドもいるんだろう?」
「そういう理由で引き下がる彼女とは思えないけど……」
澪の呟きに、橋本がグッとつまる。
そういえばそういう人物だった。
「で、実際のところはどうなんだい?」
棚架が梶原に先を促す。
「学校外のことまでは、わかりませんよ。だけど学祭が始まる前にですね、どうも郷土史研究会を訪れているみたいなんです」
「何だと!?」
思わず美色が声を上げた。
「それは三人が姿を消す前の……」
「当然、その前です」
美色は複雑な表情を浮かべた。
その様子を澪がそっと見つめる。
「おいおい、それじゃあ三人で遺跡発掘のボランティアに精を出しているって言うのか」
橋本の言葉は、今までの情報から導き出される実に自然な推論だった。
「また、全然想像できないね」
顔の端に笑みを浮かべたような表情で、棚架がポソリと告げた。
「僕もそう考えたんですが、なんというか郷土史研究会の人たちって今、人のいうことを聞いてくれる状況じゃないらしくて」
――確証が取れない。
梶原はそう締めくくって肩をすくめた。
棚架は今度こそ本当に笑いながらその報告に頷き、橋本は歯の間からうめき声を上げて黙り込んでしまった。
「――梶原、木戸をここに連れてこい」
かなり高圧的に、突然美色は切り出した。
その瞳は完全に座っている。
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