第二章~第二王子への復讐~

第22話 「トランスヴァルの因縁:領地経営の秘訣」

――ベチュアの西隣、トランスヴァルの所領、ナマクアにて――


深夜、トランスヴァルはベランダから夜空を見上げていた。


「報告いたします、トランスヴァル様。ベチュア辺境伯領に侵入したシャルレット傭兵団は壊滅いたしました」


闇に紛れて、密偵の女がトランスヴァルの背後で膝まずく。


「その報告は真実か? あのシャルレットが辺境伯ごときに敗れるなど信じられんな」

「いえ、真実にございます。しかし、それだけではありません」

「どういうことだ?」


「シャルレットを打ち負かしたのは、アレク・バーデン=ブロッホです。彼の<ネクロマンサー>によって傭兵団は悉く屍者に変えられました」

「ばかな! アレクだと? それこそありえん話だ。俺がこの手で沈めたんだぞ」

「…………」


 動揺するトランスヴァル、だが密偵の沈黙はそれが揺るがぬ真実であることを肯定していた。


「……貴様が嘘を言うはずもないか。本当にアレクだったんだな?」

「間違いないかと」

「奴が生きているとはな……、これは困ったことになった……」

「このこと、宰相閣下にも報告いたしますか?」


「いや、アレクが生きていたことが知れたら、刑を執行した俺もガエウスも立場がなくなる。ガエウスがこの情報を信じるか否かはともかく、まず間違いなく王の耳に入れないようにするだろう。同時にあの腹黒のことだ、保険として俺に責任をおっかぶせる工作をするはずだ」


「つまり、この情報は我々の間で秘匿しておくと?」

「そうだ。だがアレクを野放しにしておくのも危険だ」


トランスヴァルは密偵に目配せする。


「貴様の出番だ、”絞首刑執行人ハングマン”。貴様なら奴に気づかれることなく暗殺することができるだろう」

「……仰せのままに」


密偵の人影が消える。


「アレクか……、あの忌々しい名前をまた聞くことになるとはな……」


再び一人だけとなったトランスヴァルが独り言ちる。


「俺がナマクア辺境伯になったのと同時に奴もマショナ公爵になった。思えばそれ以来、俺はあいつと比較されてきた」


――そうだ、いつだってそうだった。


俺は就任してから代官の不正も商人の癒着も気づいていた。

それでも税収の低下や反発を恐れて、それに目をつぶっていた。

だが奴は、真っ向からそれを是正したのだ。

就任早々、賄賂の受け取りを拒んだばかりか、彼らを裁判にかけた。


結果、奴は勝利し、領民の信頼を勝ち取っただけでなく今までの非効率的なシステムを奴のところに一本化させて、領地を栄えさせた。

俺の方は領地経営がだんだん厳しくなり、その翌年に起こった干ばつで大打撃を受けるに至った。

奴の方はそれを乗り切りった。


それから決定的だったのはあの事件だ――。

あの飢饉で忙しい時に、「盗人の少年が衛兵を斬りつけた」という事件が起こった。


少年は酔っぱらった衛兵たちに絡らまれて、彼らが剣を抜いたから正当防衛だったという。

その少年の住んでいた村の人々は彼は盗人ではなく、街にモノを売った帰りだったという。

少年は飢饉で亡くなった両親に代わり、妹を養うために働いていて、村の人気者だったという。

とても盗みを働く人間ではないと皆口をそろえて言う。


けれど俺は少年を処刑することにした。

俺は飢饉で税収も落ち込んでいて、忙しかった。

だからそんな事件にかまっていられなかったのだ。


そんなときに「待った」をかけてきたのは、あろうことか隣の領主のアレクだった。

この事件の顛末を聞き、少年の無実を懇願する手紙を寄こしてきた。

あのいけ好かない野郎は、俺の領地に内政干渉しようとしてきやがったんだ。

俺はこの瞬間から、少年の処刑を何が何でもやると決めたのだ。


そして無実の少年の死の報は瞬く間に領内に広がって、飢饉で不満を募らせた農民どもの怒りに火をつけた。


手に負えなくなった俺は王城に逃げるように、親父に王国軍の動員を求めた。

そのときの親父の失望した顔は今でも忘れられない。


「貴様がアレクの意見を聞いておれば、かようなことは回避できたはずだ。此度の結果は貴様の怠慢の招いた結果だ。いつまでも親に頼ろうとするな」

「残念だったな、弟よ! 父上もひどく失望しているぞ! お前のご自慢のスキルも、使い手がこうも無能じゃ宝の持ち腐れだな!」


親父の隣で野次を飛ばすクソ兄貴オラニェを思い出すと今でもムカついてくる。

 

 困り果てた俺に助け舟を寄こしたのは、またしてもアレクだ。

 奴は農民と俺との間を仲裁した。

飢饉の間は奴の領地から援助が送られ、農民は納税しなくていいという、農民側が一方的に有利なものだ。

とんでもない屈辱だったが呑まざる得なかった。


 あの一件で俺の評価は地に落ち、俺の領民たちも口々に「アレク様が領主なら……」などどのたまう始末だ。


「そうだ、あいつは俺の領地に内政干渉するばかりか、俺をダシにして自分の株を上げやがったとんでもないくそ野郎だ!」


 もううんざりだった……。

 出来損ないのくせに、俺より先に生まれたからって次期国王として調子に乗っている兄。

 俺を無能だと思って疎んじる父。

 そして俺の隣で華々しい功績を挙げ続けるアレク。

 あいつが存在する限り、俺は惨めな思いをし続けねばならない。


 ――だから


「何? ‘忌みスキル’だと?」

「はい、ここ最近の兄さんを観察していたところ、その兆候があると思うんです」

「あいつももうすぐ成人になるからな。だが忌みスキルなんて滅多な確率でないはずだ」


「花壇に一本だけ枯れていた花があったんですよ。兄さんが通った後、それがまた咲いていくのを目撃したんです。兄さんは気づいてないみたいだったけど」

「<ネクロマンサー>……!」

「はい、そしてあなたにもぜひとも、兄さんを失脚させる手伝いをしてほしいんです」


 そのときは心の底から喜んだ。

 それから俺はガエウスと共謀して、‘場’を作り上げたのだ。

 やつをどん底に沈めるための――。

 俺が味わった屈辱を奴にも味わせてやったんだ。


 天井を仰ぐ。


「アレク、お前がまだ存在し続けるというのなら……、俺が何度でもどん底に沈めてやる!」

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