閑話 「鳩居鵲巣」

 領主となってから数日、村の経営も軌道に乗り始めていた。

 俺は今日もリアに魔法を教えていた。

 この子はやはり魔法の天才だ。

 水を吸い込むスポンジみたく、一度教えたことを我が物として吸収するのが早い。


「やりましたよ、先生! 炎が出ましたよ!」


 知識として教えたものを早速実践してみせる。

 俺はといえばそれを眺めながら「よくできましたね」と、はなまるを押してやればいいだけだ。


 楽だ。

 それに成長を見るのは楽しい。

 一を教えて十を得る――こんな教え子を持って先生幸せだよ。


「よし、今日はここまで! ちょっと休憩しよう」


 そう言って木にもたれるように草の上に座る。


「え~、水魔法も教わりたいよ~」


 リアはふくれっ面だ。


「魔法を連続で使うのは結構きついぞ。リアは教えるとすぐ使いたがるだろ?」

「む~、そうですけど……」


 納得行かない様子のリアに俺の隣に来るよう促す。

 すると嬉しそうに俺の膝の上にちょこんと座る。


「ね~ね~、アレク様」

「なんだ、リア」

「どうして川を流れていたんですか?」


 子供にどう説明したものか……。

 と考えていると、数羽の鳩が食べ物を探してうろうろ歩いているのが目に入った。

 鳩か――。


「鳩はね、穏やかそうに見えてずる賢いんだ」

「??」

「そして巣作りが苦手なんだ」

「???」

「一方でかささぎっていう巣作りが上手な鳥がいてね。鳩はそいつを妬んでる。だから鵲の作った巣に勝手に卵を置いて我がものとしてしまうんだ」


「一体何の話をしているんですか?」

「俺は鳩に巣を奪われた鵲なんだ。鳩共は今頃何をやっているんだろうなぁ?」


 鳩たちが飛び立つ。



一方、ベチュア辺境伯領から遥か南方、王都ケープシティでは――


「どうか、減税をお願いします、陛下。どうか――」

「黙れ! ズールー国王こそが正義だ! ズールー国王へ悪逆を働くやつはこの俺が許さんぞ!」


王の間に怒声が響く。

声の主は第一王子オラニェ・グーデホープ――ゴッシェン伯爵――陸軍大将も務めるこの気性の荒い男は、ベルジア王国の次期後継者ではあるのだが、その気性の荒さ、傲慢な性格から家臣や民衆からの評判は悪い。

そしてスキルにおいて弟のトランスヴァルと比較されることが多いのも、彼のコンプレックスだった。

そのやり取りを関心なさそうに見下ろしている“正義王”ズールーは慎重に口を開く。


「控えておれ、オラニェ。してステラ伯爵よ、貴様は再三に渡り減税を求めていたな」


オラニェは納得行かなそうな顔で引き下がる。


「はい、陛下。我が領地は陛下の行われたいくつかの戦役のために税と兵を出しましたが、先日の飢饉でもはや領民の不満は限界まで達しているのです」


「それは貴様の怠慢であろう? 貴様は自分が脱税したという非を棚に上げて、余が悪いように言うのだな? 貴様は王に反逆した。よって領地没収のうえ死刑とする」


滞納は悪、脱税も悪、正義王ズールーに税を収めぬ者はすべて悪なのだ。

逃れることは許されない。


「そ、そんな!? 陛下!」

「連れて行け!」


 オラニェが命じると衛兵たちが伯爵をズルズルと引きずっていった。

 それと入れ違いで王の間に入ってくる者がいた。

 ガエウスだ。

 実兄から爵位と当主の座と婚約者を掠め取っただけでなく、王国宰相となってその権威は絶頂に達しているこの男だが、その行いから民衆に「簒奪者」などとボロクソに言われていた。

 その悪評は婚約者のナタリアにも及び、「尻軽女」などの誹謗中傷にストレスを溜めた彼女との関係は良好とは言い難いようだ。


「おお、来たか、宰相。早速だが我が国を取り巻く国内外の状況を教えよ」

「はい、陛下のご治世は国のあちこちに行き渡り……」

「良いニュースの方はいらん。どうせ世辞でしかないのだろう」


 王に遮られて、ガエウスの態度は恭しいものから、深刻そうなものに変わる。


「はい、国内ではここ数年の周辺国との数々の戦役による重税と、昨今の飢饉や疫病もあって、各地で農民反乱が相次いでおります。貴族たちもこれに手をこまねくばかりか、あまつさえ国王に不満を募らせております」


「先程も、あろうことか余に直訴した愚か者を処断したな」

「とはいえ、まだ商人組合に借りた戦費を賄うためには、この税率を維持するよりほかないかと……」

「当然であろう。いくら百姓共が死のうが、貴族共が吊るされようが、税金が入りさえすればよいのだ」


「また、辺境は諸外国との小競り合いが続いております。特に北のゲシェルビア連合が傭兵団を雇って頻繁に越境攻撃を仕掛けております」


ゲシェルビア連合――通称ゲシェ連。

北方の領邦が群れなして作ったこの国家は、ベルジア王国と過去数十年にわたり戦争してきた。

 つい1年前もミペカヘ川以北の領地をめぐって戦争していた。


「ふむ、ゲシェ連はなんと?」

「ゲシェ連大使に問い詰めたところ、連合は何も関与しておらず、食い詰めた傭兵団が勝手にやってるとのことですが、密偵によってゲシェ連が傭兵団と繋がっているとの裏取りが取れています」


「宰相ガエウスよ、そなたはこれをどう見る?」

「まだ休戦期間中ですので、向こうに開戦の意図はなく、ただのハラスメント攻撃かと存じます、陛下」

「ふんっ! 宣戦布告する度胸もないくせに、国境の村を略奪するだけの腰抜けどもめ!」


 オラニェが憤る。


「また、北方の諸侯が王国軍を動員しての保護を求めておりますが……いかがいたしましょう?」


「父上、軍を送りましょう! 今こそあの卑怯者共に我が王国の武勇を見せつけるべきです!」


 無視――


「捨て置け。このような些事に付き合っていられん。彼らとて辺境を治めるのだ、備えくらいあるであろう」


 王は、息子の意見など最初からなかったかのように、宰相に命じる。

 ガエウスは「かしこまりました」とそれを承諾する。


「しかし、父上!」

「北方には天然の要害たるミペカヘ川がある。ミペカヘ川流域諸侯が略奪にあおうとも知ったことではない、控えろ」

「ぐっ……。わかりました、父上」


 国王はガエウスの方を見て――


「務め、大儀であるぞ、宰相。おお、そうじゃ。ステラ伯爵領はマショナ公爵領の隣であったな。さきほど伯爵領を返還してもらったのだが、それをそなたに与えよう。これまでの働きの褒美じゃ」


「ははっ、ありがたく拝借いたします、陛下!」


 ガエウスの内心は真逆だった。


(あんな飢饉でやせ細った土地なんて押し付けやがって、ジジイ……)


 名君っぷりを発揮していたアレクと打って変わって、ガエウスは領地経営で失策を繰り返していた。

 そのうえ、重税を敷いたため、領民の間でアレクを恋しがり、ガエウスを「簒奪者」と嫌う風潮まであり、その不満をそらすことで手一杯なのだ。


「王国の未来は明るい。余には良い家臣たちがたくさんついておるからな」


 国王はそう締めくくる。


 今日も王城の上を鳩が飛ぶ。


 彼らはまだ知らない。

 北の辺境でアレクが生き延びているということを――。

 そして彼を中心に旋風が巻き起ころうとしていることを――。

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