ナナシノユウレイ

椎野樹

#1

 県道わきの畦道を歩いていたれいは、誰かが呼ぶ声を聞いた。

 少々げんなりとした表情で声のする方向へ振り返る。声は往来からちょっとだけ離れた河原から聞こえて来るようだった。

 玲はため息をひとつ付くと、その声がする方に向かって歩き出す。

 河原には腰に届くほどの高さの野草が繁っている。7月に向かい気温の上昇とともに、河原の野草も勢いを増している。玲は誰にともなく呟いた。

「やだなぁ……ここを行くの?」

 玲は自分の身なりを確認する。中学校から帰宅途中で制服のままだ。素肌が露出したスカートでは尖った葉に触れるだけでかぶれてしまうだろう。背負っていたリュックを下ろし、中から学年指定の赤いジャージのズボンを取り出す。玲は制服のスカートの上からジャージを履いた。意を決して河原の藪の中へ踏み込んでゆく。

 生い茂った夏草をスニーカーで踏み潰しながら進む。一歩進むごとにむせ返るような青臭い匂いが熱気の様に玲を包む。

 玲は河原の中程で立ち止まった。遠くには街道の喧騒が聞こえるが、ここまで来るとどこか遠くの異世界の事の様だ。この世界では野鳥たちの睦み合う声が主役である。玲はそれにも耳を貸さず、不可知の声に意識を集中する。

「ここかな……」

 その『声』は地中から聞こえてくる。玲は辺りを見渡して何か道具になるものは無いか探した。幸い、すぐ近くの川辺に半分朽ちたブリキのバケツを見つけた。これなら土を掘る事ができそうだ。

 玲はそのバケツを取ると『声』がする地点を掘り返し始める。二度三度と土へと突き立てるうちに玲は後悔した。やはり土を掘るための道具ではないバケツでは、一度土をすくうだけでも相当な力がいる。渾身の力を込めて土にバケツを突き立てる。

 額を流れる汗が眼に入りそうになるのを拭う。腰の辺りに鈍い痛みが生じ始めている。

 玲がいい加減に諦めようとした時、それは現れた。初めそれは土に汚れた白い石の塊の様に見えた。

 玲はバケツを捨ててそれの周りの土を手で掻き分ける。引っかかりを感じたので指を掛けてひっばると、意外なほどあっさりとそれは穴から抜けた。

 土の中から出て来たそれは、髑髏。いわゆる頭蓋骨だった。大きさから察するに犬などの動物の物ではなく人間のそれだろう。玲の指は頭蓋骨の目に当たる空洞に引っかかっている。頭蓋骨を地面に置くと、付近に生えている雑草をむしり、こびりついた土を拭ってやる。玲は軽く手を合わせて一礼する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る