第7話 さようなら休息

 早朝に戻ってきたベクター達は、電気と水道が使えるようになった事を確認しつつ身なりを整えていた。


「ふぃ~…サッパリしたぜ。やっぱり気兼ねなく生活できる環境ってのは大事だな」


 シャワーを使い終わったタルマンは服を着ながら、ソファで雑誌を流し読んでいるベクターに話しかける。ここ最近、水道や電気を止められていた事で生活基盤の重要性に気づいた彼らは、遠慮なく使える設備のありがたみに感謝していた。


「呑気に言いやがって。金も無ければ食う物もないんだ。これから水道水だけじゃ辛いぜ」


 それはそれとして別の問題に頭を悩ませていたベクターは、愚痴を言ってから雑誌をテーブルへ放り投げる。


「…ん ?おい、ベクター。これ見てみろ」


 放られた雑誌を手に取り、パラパラとページを見ていたタルマンがベクターへ声をかける。反応したベクターへ彼が見せたページには求人情報が記されていた。


「ああ、ギルドの項目か ?さっき読んだよ」

「こいつは良いんじゃねえか ?仕事の仲介もしてくれるっていうし――」

「その代わり中抜きも厳しい」

「文句言える立場じゃねえだろ。このままじゃ金を稼ぐ前に揃って餓死しちまうぜ」


 ハンターたちによる組合の事を人々はギルドと呼んでいた。その組織への加入について二人は冗談半分に議論を交わしていたが、突然家のドアを叩く音が聞こえる。


「…家賃の催促にしては早すぎるよな」


 会話を止めたベクターは大家の仕業かもしれないと、居留守を決め込むかのように声を落として言った。一方でタルマンは客かもしれないという可能性を考慮し、慎重にドアへ近づくと、足場を用意してからドアスコープに目を近づける。


「… !」


 覗いていたタルマンは驚いたように慌てて足場を降り、ドアを開けて来訪者に顔を出す。何を隠そう、自分達が密輸船から解放した際に礼を言ってきた少女であった。服装がジャージ姿になっており、非常にラフな物であったが以前の様なみすぼらしさを感じる身なりでは無かった。片目を眼帯で隠している事が不思議ではあったが。


「えっと…覚えていますか ?」

「勿論だ !まさかこんな早くに再会できるとはな !あ…名前は――」

「ム、ムラセです…」


 不安そうに尋ねて来る少女へ、タルマンは豪快な笑顔を浮かべて答えた。そのまま彼女が名前を教えてくれた事で、話題はなぜ彼女がここにいるのかへと移っていく。


「しかし、どうしてここへ ?」

「その…少し話があって」

「成程 !じゃあ、立ち話も疲れるだろうし続きは中でしないか ?こっちだ」


 自分の質問へムラセが答えると、依頼か何かかもしれないとタルマンは判断した。そのまま上機嫌に相槌を打って彼女を招き入れると、応接間と兼用のリビングへと案内する。


「ベクター、客が来たぜ」

「ん ?確かそいつは…」

「おう、あの時の子だ。話があるんだとよ」


 タルマンが戻ってくると、彼の後ろからこちらを見ている少女にベクターは反応した。そのままベクターが座っている向かいのソファへ彼女を案内してから、タルマンは何か飲み物でも持ってくると言ってその場を後にする。初対面があまりにも素っ気ない物であった事から、知らない内に嫌われているのかと考えていたムラセは改めてベクターを見た。


 首筋に届く程度の長さまで伸びている赤い髪はオールバックにしており、額から頬にかけて大きな傷があった。エメラルド色の瞳を持っており、警戒をしているのか分からないが得体の知れぬ不気味さを醸し出している。シャツから出ている腕の逞しさから分かる通り、生半可な鍛え方ではないという事が素人目にも明らかだった。


「俺はベクター。よろしくな…ところで話ってのは ?討伐の依頼 ?」


 ベクターは握手をして、自己紹介ついでに来訪の理由を彼女へ聞いた。


「い、いえ」

「じゃあ他の仕事か ?内容次第だが、相応の報酬さえあれば基本は――」

「えっと…そういうのじゃないんです」


 躊躇いがちな様子で答える彼女に、ベクターはデーモン討伐以外の仕事かと聞いてみるが、少し強めな語調で否定されてしまう。


「私を…」

「私を ?」

「や、雇ってもらえませんか?」

「え ?」


 恐る恐る用件を口にしたムラセだったが、暫く間をおいてベクターはようやく反応を示した。


「うーん、そのだな…聞きたい事は沢山あるんだが…単刀直入に言うぞ。まず人手は足りてる、というかこれ以上増やすと色々ヤバいんだ。経済的に」


 少し考えを整理した後、ベクターはその頼みは聞き入れられないと理由付きで断った。直後にタルマンが水を入れたコップを持ってきて二人へ差し出す。


「わりぃ、こんなのしか無くてよ。ところで話はどこまで行った ?」

「うちで雇ってほしいんだと。だが正直言って難しい」


 話の進捗を知りたがる彼に対して、ベクターは彼女からの要求とそれに対する自分の見解を伝える。状況を把握したタルマンも、少し考えるようにしてから改めて彼女を見た。


「嬢ちゃん、確かにこいつの言う事には一理あるぜ」


 タルマンは言いながらベクターへ指をさす。


「たぶんだが、嬢ちゃんも俺達の仕事がなんとなく分かってるだろ ?ハンターだ。報酬を貰ってデーモン達を狩り、場合によってはさらに危険な汚れ仕事をする時だってある…決して悪気は無いんだが、一介の素人が楽な金欲しさに踏み入れちゃいかん。大体は一年もせずに死ぬか、足を洗う奴だらけだよ。お前さんはまだ若いんだ…こんな場所じゃなく、もっと安全な仕事を探すべきだぜ」


 そのまま優しく彼女に言い聞かせるが、ムラセは落ち込むばかりで応答する事は無かった。タルマンが話を終えると、彼女は静かに眼帯を取る。そして隠していた黄金色の瞳を持つ目を曝け出した。


「ほお…やっぱり半魔か」


 この間は夜だった事もあってか、彼女の外見について気にしていなかったベクターはようやく正体に勘付いた。外傷などから体内へデーモンの細胞が入り込み、後の子供達の遺伝子に影響を与えてしまうという事態がごく稀に存在する。そうして生まれた子孫は人ならざる力を保持している事が多く、人々からは畏怖の対象となっていた。そうした突然変異が起きた者を、人々は半魔と称して忌み嫌うようになっていたのである。


「…怖くないんですか ?」

「こんな仕事やってれば半魔に会うなんて珍しくない…主に敵としてだが」


 思っていたより厳しい反応を示さない事をムラセは不思議がっていたが、ベクターは職業柄の都合だと語った。


「差別が激しいそうだからな…そのせいで仕事も見つけられそうにないから助けて欲しいと。家族はいないのか ?」


 タルマンはムラセの持つ背景を推察し、他に身寄りが無いのかを探ろうとする。しかし、家族について追及した途端に彼女は表情を暗くした。


「…もういないんです」

「そ、そうか…すまなかった…」


 彼女が一言だけ述べると、あまり触れて欲しくない部分に迫っていた事をタルマンは悟り、気まずそうに彼女へ謝罪をした。暗く、物悲しい雰囲気が出来上がってしまったおかげで「何だか断りづらくなってしまった」と心の内で愚痴を垂れつつ、ベクターは黙ったまま様子を見ていた。




 ――――その頃、ベクター達の自宅へ迫る数台の大型車両があった。その最後尾ではスラムに似つかわしくない高級車が走っており、一人の男が怪しげな装置を部下に使わせている。


「発信機からの位置情報は確かか ?」

「はい。この先にある…見えました。あそこの民家です」


 大柄な初老のエルフが尋ねると、端末を弄っている彼の部下が窓越しに見えるベクター達の自宅を示す。彼らの車が走っている道路の丁度突き当たりに位置していた。


「一発かましてやれ」

「了解です…聞こえるか ?全速力で一発かませ」


 エルフの男が運転手に伝えると、彼は無線を使って先頭を走っている車両へ合図を送った。




 ――――会話の途中で突如ベクターが黙り、外を睨み始めた事でタルマンとムラセは胸騒ぎを覚える。やがて彼らは、遠くから自動車のエンジン音が近づくのを耳にした。


「なあ、保安機構には外出の許可を貰ったのか ?」

「…」


 先程までのどこか気怠そうだった姿が完全に消え、臨戦態勢に入っているベクターがムラセを睨んだ。決して悪意を持っているわけではなく、集中しているが故の険しい顔つきをしている。ムラセはその質問に反応せずに黙りこくった。つまり答えは一つ、彼女は無断で保護下から抜け出していたのである。


「…あーらら」


 ベクターが呟いた直後、凄まじい振動と共に何かがぶつかった様な音が響いた。家のドアに衝突し、周囲の壁ごと破壊した自動車からは拳銃やバットで武装した荒くれ者達が姿を現す。その後の後続の車両からも同じように出て来た彼らは、たちまちベクターの自宅を包囲していた。


 エルフの男は車から降り、悠々とした態度で家に乗り込む。タルマンは慌ててムラセを守る様にして前に立ち、テーブルの下に隠していたリボルバーを取り出す。そして乗り込んできた連中に銃口を向けた。ベクターは何をするわけでも無く、落ち着き払った状態でソファに座っており、一度だけ部屋の隅に立てかけてある大剣へ目をやった。


「”オベリスク”の点検は ?」

「とっくに終わらせてあるぜ」

「サンキュー」


 ベクターが大剣の名前を出して確認すると、タルマンも既に使える状態にあると告げた。少し笑ってからベクターが礼を言っていると、エルフの男が荒くれ者達の背後から姿を現す。


「一石二鳥というわけだな」


 エルフの男はそう言いながらベクター達をサングラス越しに睨んでいた。

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