第0-2話

事件は起こった。

それは、飛行機が着陸のために、東京の東の大海原を飛行していた、そのときだった。

突然、飛行機の針路上が真っ暗になった。

何が起こったのか目を凝らしてみてみると、この飛行機がすっぽり収まるくらいの黒い球体が、すぐ前に立ち塞がるように存在していた。

さながらミニチュアのブラックホールといったところだ。


『おい、あれなんだよ!!?』

『取り敢えず事故に備えろ!!』


怒号や悲鳴、子供の泣き声も聞こえてくる。

全員が、この危機を脱することを望んでいた。

しかし、この一連の出来事があまりにも唐突に始まってしまったので、針路を変更する暇もなく、乗客乗員一八〇人以上を乗せたMZC211便は、そのまま暗闇へと吸い込まれていった。


        **********


「ね、ねぇ? これ、いつ終わるの?」

「いや、いつか終わるんじゃないか? 飛行機の燃料が切れて落ちるか、俺たちが餓死するかだが。 賭けるか?」

「賭けないよ! どうにかして解決して、一緒に生きて帰ろうよ!!」

「どうにかって言ってだな……」


実際、ただの高校生である俺たちに、この問題を解決してみろと言われても、当然できないわけで。仮にこれが大人であったとしても、解決できるのはほんの一握りいるかいないか。というか、こんなSFみたいな都合のよく現れてくれちゃったブラックホールに対抗できる奴なんざ、自由に空を飛んで、怪力でこの飛行機を一人でお持ち帰りできるほどの怪力を持ったド派手なスーパーヒーローくらいだろう。

だから、俺は大してこの状況下に希望を持っていなかった。

しかし、意外にもこの不可思議なフライトは、存外早くに終わりを告げる。


「ねえゆぅ、あれ、出口かな?」

「えっ?」


見てみると、トンネルのようにどこまでも真っ暗な闇の中に一筋の光が射していた。

まさに希望の光と言うに相応しい、神々しさまで感じさせる光であった。

その光を放つ穴はどんどん大きくなり、この飛行機がギリギリで通過できるほどの大きさを確保していた。


「ああ、あれは……希望があるかもしれない」


その発見と時を同じくして、機長からのアナウンスが入る。


『ご搭乗の皆様に申し上げます。 当機は地上の管制塔との交信に成功しました。近隣に空港があるので、そこに着陸するように、とのことです。近辺を飛行するほかの機体もありません。 レーダーでその空港を確認しましたので、当機はその空港に指令通り着陸いたします。』


アナウンスが終了し、機内は静寂に包まれた。と思いきや、


『キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!』

『これで勝つる!!』


これまでの混乱から一転、歓喜の雄叫びに包まれていた。

当然だろう。そりゃあ希望を見つければ誰だって気分がよくなるものである。

一方陽菜は、


「寝てる……」


よほど安心したのか、俺の右腕を抱き枕にしてぐっすりと眠っていた。

起こす気も起きなかったため、放ったままにしておいた。

そのとき、俺の中で一つの好奇心が動き始めた。

それは、今の「彼女」の表情を確かめたい、という希望だった。

こんな人々が皆安心している状況でなら流石に「彼女」も笑顔であろうと思ったからなのだろうか。

早速確認してみると、自席のすぐ近くに座っている彼女は、ほかの人の表情を何やらじっくり観察している様子。

そして一人一人の表情を覗き終えると、予想通り満足げな表情で、微笑んでいた。

その顔を見たときの俺のこの気持ちを、どう表現したらいいだろうか。

一目惚れ、に近かっただろうか。さっきまで、今にも風に飛ばされなくなってしまいそうな弱々しい花にしか見えなかったのに、今では一斉に咲き誇る向日葵のように明るく、包容力さえ感じさせられるような笑顔を見せる。

俺はそのギャップにやられてしまったのかもしれない。

流石にずっと凝視し続けてしまったからか、一瞬だけ、彼女と目が合ってしまった。

お互いすぐに視線を逸らしたが、こちらがずっと彼女を見ていたことはもうバレてしまっているだろう。

そう考えると、やはり恥ずかしいし、どこか申し訳ない。

結局、機内が再び着陸直前になるまで、俺は「彼女」のことをずっと考えてしまっていた。


        **********


さて、ついにこの飛行機も空港の滑走路上にタイヤを乗せ、ようやく地上に到着した。

俺はしばらく何をするでもなく窓の外の景色を眺めながら今後の生活について考えていたのだが、突然、この着陸した空港にある、に気付いてしまった。

見間違いではないかと、目を凝らしてもう一度見るも、その文字は変わろうとはしない。


「なあ陽菜、あの外に書いてある文字、なんて書いてあるか読んでみてくれ」

「え、別にいいけど……なになに……?  あっ」


そこにあった文字をゆっくりと咀嚼し終えた陽菜は、その顔を再び青ざめ、捨てられ雨ざらしになった猫のような表情で俺を見つめていた。

そこに書かれていた言葉は、『成田国際空港』。


それは三年前、日本列島からはずの半島にあった空港であった。

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