第11話 学校の彼が助けてくれる

 私は本が好き。幼い頃から本を読むことが多く、これまでに何百冊、もしかしたら何千冊も読破してきた。

 そんな小さい頃から本の虫だった自分だけど、勉強もあるので出来るだけ時間を生かすために帰る途中でも本を読んでいたりする。もちろん、毎日ではないけれど、面白い本とかハマった本とかに出会ったときはついやってしまう。楽しみだとどうしても待ちきれなくて、気が早くなってしまうのだ。


 昨日、本友達の彼に「読みながら道を歩くのは気を付けろ」と言われたけれど、これはやめられない。だってやめてしまったら本を読む時間が減ってしまうではないか。そんなのもったいなくて出来るはずがない。注意されたくらいで止めるほど私の本への熱意は小さくない。


 今日もたまたま見つけた面白そうな本が楽しみで、読みながら帰ることにした。長年やってきたことなので、本を読みながら歩くのはもう慣れたもの。特に何か困ることなく歩いて帰れる。

 

 今日見つけた本は当たりだ。とても面白い。ページをめくる手が止まらず、どんどん物語に意識が吸い込まれていく。だから、集中しすぎたせいで周りが見えなくなっていることに気付かなかった。

 

「おい!」


「きゃっ!?」


 後ろから男の人の声が聞こえると共に、グイッと壁際に寄せられた。突然のことに思わず声を上げてしまう。


 え!?


 あまりに唐突で頭の中がパニックになりながら、道路をトラックが通り過ぎ去るのが目に入った。


 少し落ち着くと壁際で私を覆うように男の人が立っていることを意識する。目の前には見慣れた男子の学校の制服。横を見ると身体を挟むように壁に手をついている。誰?と思ってちらっと上を見上げると、本友達の彼だった。


 彼が守ってくれたのだ、とすぐに理解した。どうやら本に集中しすぎて、トラックに気が付かなかったらしい。道幅が狭く私が不注意だったので咄嗟に身体を引っ張ってくれたのだろう。


 昨日の彼の注意を無視していたので、なんだか申し訳なくなる。彼は私を思って注意してくれていたのに、私は聞く耳を持っていなかった。彼の想いを無下にした気がして落ち込む。なんて言われるか不安で彼のことを見れず、尋ねる声も弱々しくなってしまう。


「…………あの」


「だから、気を付けろって言ったんだ」


「……ごめんなさい」


 私の不安をよそに、彼の言葉は意外にも優しかった。柔らかい、それでいて思いやる気持ちがのった温かい声だった。本当に私のことを思って心配してくれている、それが伝わってきた。

 そんな彼の気持ちを向けられては素直に謝ることしか出来ない。ぺこりと頭を下げて謝罪した。


「もう、いいよ、これから気をつけてくれれば。それより怪我はないか?」


「はい、平気です。わざわざ助けてくださってありがとうございます」


 不安そうに少し瞳を揺らしながら見つめてくる。普段の素っ気ない感じじゃなくて、気にかけて心配してくれている優しい雰囲気。真摯的に心配してくる彼の目線に胸が少し痛む。

 平気だと伝えると、彼は表情を緩めて安心したようにホッと息を吐いた。本気で心配してくれたらしい。下心抜きに心配されるのは慣れてなくてなんだか嬉しい。本当は反省するべきなんだろうけれど、喜ぶ気持ちが少しだけ出てくる。口元がわずかに緩みそうになり、慌てて引き締めた。

 

 さっきまではひっ迫した状況だったので気付かなかったけれど、私を壁際に寄せ私の身体を守るように彼が覆っているので、壁ドンのような形になっている。

 気付いた途端、だんだん恥ずかしくなってくる。なんとか平静を装うけれど、この距離感は少し心臓に悪い。目の前には彼の胸があってなんだかいい匂いするし、体温が伝わってきそうなほど近い。なんとなくいたたまれず緊張する。あまりに近くてこれ以上は余裕をもてそうになかった。

 

 決して嫌ではなかったけれど、これ以上は心が落ち着かないので彼を見上げる。すると私の視線に気付いたのか、彼はゆっくりと離れた。


「……これからはやめろよ?」


「はい……もうしないようにします」


 身体が離れて彼が私から視線を切ったことを確認してホッと息を吐く。緊張が途切れて平静を装っていた表情が一気に崩れる。


「ち、近かった……」


 思わず声が零れ出た。突然壁際に寄せられたら誰だって驚く。あんなに急に来たせいか、まだ心臓がドキドキしてる。


  壁ドンのせいで顔が熱い。あんなことされたのは初めてだ。流石にあそこまで近い距離になったら私だって少し恥ずかしくなる。元々異性には近付かれないようにしているのだから、あんな距離感は慣れていない。

 別に彼のことを異性とは思っていなけれど、壁ドンはちょっと無理。意識しないわけがない。至近距離で見つめ合った時の彼の顔が頭から離れない。彼に見られないように頰に手を当てると、じんわりと手のひらに熱が伝わってきた。


 彼のことを人畜無害のただの人だと思っていたけれど、あんな力があったなんて。それに普段は座って話すことがほとんどだから気付かなかったけど、意外と身体が大きかった。


 彼も男の子なんだ、なんて当たり前のことを改めて実感した。


 

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