第14話 勅命

 不思議な夢を見た。


 こことは違う、どこか別の世界。


 文明が随分発展し、人々の暮らしはとても豊かだった。


 しかし人々の心は、暮らしの豊かさとは裏腹に……すさんでいた。




 僕は、その世界でも魔法師だった。


 だが、その世界の魔法師は僕だけで、僕は異端な存在だった。


 次々と神の奇跡を起こす僕を、人々は崇め称えたが……。


 やがて、疎まれることになっていった。


 


 僕はそんな身勝手な人間に、世界に絶望した。


 こんな世界なら、滅んでしまえと思っていた。


 僕にはその力があった。


 そんな僕を踏みとどまらせてくれたのが、彼女だった。


 誰に理解されなくてもいい。


 彼女さえいれば……。


 彼女の肌の温もりさえ感じていられれば……。




 ——彼女の肌の……。


 ……。


 ……ん?


 な……なんだこの……何とも言えない柔らかい感触と温もりは……。


 確か今日は校外実習で……。


 アンデッドだ……アンデッドどもに襲われたんだ。


 そしてドラゴンゾンビと戦って……リミットブレイク。


 そうだ、リミットブレイクだ。


 ここはどこだ?


 そもそも僕は生きているのか?


 で、この柔らかく温かい感触はなんだ?


 これが噂に聞く天国なのか?


 


 ——目を開けると……そこは天国だった。


 一糸纏いっしまとわぬユイナとニナに、両側から抱きつかれていたのだ。


 ちなみに僕も何も着ていない。


 なにこれ……。


 どういう状況?


 しばらく、混乱していた僕だったが、状況を理解するのに、そんなに時間が掛からなかった。


 見知らぬ天井ではなかった。


 ここは、学園の処置室。


 そして、まだ動かす事のできない身体。




 僕は魔力切れを起こしていたのだ。


 魔法師は完全に魔力が切れると、身体を動かせなくなる。


 ユイナとニナは僕に魔力を分け与えてくれているのだ。


 同じ属性の魔法師同士が肌を触れ合わせる事で、魔力を分け与えることができる回復魔法が存在すると聞いたことがある。


 肌が密着する面積が大きければ大きいほど、その効率があがるとも……。


 ユイナとニナから僕に魔力が流れ込んでくるのが分かる。


 こんな……こんな夢みたいな状況なのに、少し目開けて首を動かすことしかできないなんて……一生の不覚だ!


 そんなことを考えながらも僕は、また直ぐに意識を失ってしまった。


 聖魔法だけでは足りない。


 火魔法、水魔法、風魔法……そして闇魔法。


 これが僕の属性だ。



 

 次に目覚めた時に隣にいたのは、火属性のカレン先輩と水属性のジーンだった。


 火属性がコッツェンでなくて良かったと、心の底から思った。


 そして風属性のセリカと闇属性のユア。


 次々と裸の美女に抱きしめられながらも、動かない身体。


 リミットブレイク。


 リミットブレイクを使っていなければ、こういう状況になっていなかったかもしれないが、リミットブレイクの影響で身体が動かない。


 本当に大きな代償だ。


 それでもまだ、僕の身体は動かなかった。


 


 次に気がついた時に隣にいたのは、ユイナひとりだけだった。


 そして、やっと……ほんの少しだけ身体を動かすことができた。


「ユ……ユイ……ナ」


 僕はまだ、うまく言葉を発することができなかった。


「ウィル!」


 涙ながらに抱きついてくるユイナ。


 でも、僕に抱き返す力はなかった。


「ユイナ……」


 ユイナの温もりが伝わってくる。


「本当に……本当に心配したのですよ!」


「ごめん……」


 言い訳なんてできない。僕ができるのは謝ることだけだった。


 ユイナはせきを切ったように、声を上げて泣きだした。


 ……ユイナ……こんなにも、僕のことを想ってくれていたのに、僕はエッチなことばっかり考えて……本当にダメなやつだ。


「ウィル……私、強くなります。強くなって、あなたの側でずっとあなたを支えます」


「……ユイナ」


 胸が熱くなった。


 なんだろうこの気持ち……こらえても、こらえても自然と涙が溢れた。


 声を上げたくても、声にならなかった。


 ユイナの悲痛な想いが、胸にズンズン響いた。


 そして心が痛かった。


 僕はユイナに。こんなことを言わせるところまで追い詰めたってことだ。


 もう、こんな痛みは味わいたくないし、味合わせたくないと思った。


 僕たちはしばらく、そのまま抱き合った。


 今の僕たちに言葉は必要なかった。


 もし、体が自由に動いていたなら、ユイナを求めて一線を超えていただろう。


 でも、欲望的なことではない、もっと綺麗な想い。




 ……ユイナが好きだからだ。




 聖魔法を一番消耗していたせいか、ユイナと抱き合っていると、少し頭がすっきりし、話す分には問題ないぐらいに回復した。


「ユイナ、僕はどれぐらい眠っていたの?」


 口を尖らせながらユイナは教えてくれた。


「まる2日ですよ、本当に心配したんだから」


 まる2日も……そりゃ、心配になるわな。


 今回の件は本当に反省だ。


「……ごめんユイナ、今回の件は海より深く反省しております」


 ユイナは優しく微笑み返してくれた。許してくれたのかな?


「……学園の皆んなは、無事だった?」


「ウィル以外は皆んな無事でしたよ」


「そっか……良かった「良くないです」」


 ユイナは厳しい口調で即答した……なんでだ?


「誰かの犠牲で誰かが助かる……そんなのはただの美談でしかありませんよ?」


 ……そうだな、逆の立場なら、とてもじゃないけど、良かったなんて言葉は出てこない。むしろユイナを犠牲にして成り立つ世界なんて僕は愛せない。


 今反省したばかりなのに、また反省だ。


「……そうだったね、ごめん」


「英雄が謝ってばかりじゃ、様になりませんよ」


 英雄か……僕はそんな大したもんじゃない。


 ん……そういえば……。


「学園の皆んなに僕の正体ってバレちゃった?」


「あの場に『王国の至宝』が現れた事は皆んな知っていますが、それがウィルとは皆んな思ってないですよ」


 そうか……ってことはセリカもジーンもコッツェンも黙ってくれているんだな。


「多分言っても皆んな信じませんよ、ウィルですもん」


「え」


 それは普段の僕がそれだけ頼りないって事か……。


 まあ、ドラゴンにアンデットに魔族。


 犠牲者が出ていても不思議ではない状況だった。


 とにかく大事に至らなくてよかった。


 


 なんて思えたのは、傷が癒えるまでだった。


 傷が癒えたあと、僕はユア、ニナ、セリカ、ジーン、カレン先輩、一人一人から長時間の説教を受け……。


 泣かれた。


 説教中ずっと正座だったが、皆んなに泣かれた事は、そんな事よりも全然キツかった。


 ちなみにコッツェンも何か言いたそうだったけど、勘弁してくれた。


 男の友情が芽生えそうな予感だ。




 禁呪中の禁呪リミットブレイク。


 使用後の影響は計り知れなかった。


 禁呪中の禁呪である意味を、身をもって知った。




 ——因みにウェイニーが捕らえた魔族の男だが、解凍した瞬間に自害して果てたそうだ。


 王国の弱体化を狙っていたのは、隣国ではなく、魔族だと分かったが、魔族の目的までは分からなかった。




 ——そして学園復帰初日、僕は早速、学園長から呼び出しをくらった。僕も話をしたかったから丁度いい。


「よう、ウィル坊、すっかり健勝かえ?」


「まあ、おかげさまで」


 学園長室にはカレン先輩もいた……って事は特務隊の任務?


「まあ、任務っちゃ任務だが」


 ……また心を読まれた。


「学園長、あんまり心を読まないでください……」


「ウィル坊も、特務隊なら心ぐらい読まれんようにせんとな」


「くっ……」


 正論過ぎて言い返せなかった。


「サラフィーナ、ウィルで遊ぶのは後でボクがたっぷりするから、早く用件を話して」


 僕で遊ぶ……しばらくカレン先輩の技の実験台になっていない。なんか反動が怖い。


「せっかちじゃのう、カレンは」


「違う、ウズウズしてるだけ」


 何にウズウズしてるのでしょうか……。


「ては、手っ取り早く話そうかのう」


 ダメ、そこは時間を稼いで! せめて始業の予鈴がなるぐらい!


「ウィル坊にカレン、来月の学内序列トーナメント、2人とも上位を目指すのじゃ」


 上位を……情報統制が解除されたから?


「具体的にはのう、8位までを目指すのじゃ」


「余裕」


 確かにカレン先輩の言う通り、8位までなら余裕だ。


「まあ、お主らが本気を出せば、決勝は2人で争う事になるじゃろう」


「当然」


 なんかこの言い方気になるな……。


 学園長が僕を見て、ニヤリと笑った。また心を読まれたようだ。


 そして……嫌な予感も……。


「ウィル坊は闇魔法のみで、カレンは火魔法を使ってはならん」


 ……やっぱり。


「余裕」


 カレン先輩は火魔法が1番得意だけど、地魔法もえげつない。


「理由を聞かせてもらっても良いですか?」


 学園長は鼻で笑った。


「実力を隠す以外に何があるのじゃ?」


 まあ、そりゃそうなんだろうけど、その先の理由を知りたい。


「今は、秘密じゃ。この件は陛下よりの勅命じゃ、必ずベスト8に残るのじゃぞ」


 勅命……よほどの事情があるのかも知れない。


 が……陛下だからな。


「まあ、話はそれだけじゃ」


「「了解」」


 ……しかし、闇魔法か……実力を隠すなら、火や水や風の方がいいのに……。


 何故なら、実はギュスターヴ家は闇魔法士の名家なのだ。


 実は僕も闇魔法が1番得意だ。


 と言う事は、単純に実力を隠すだけでなく、何か必ず裏があるはずだ。


「後輩、早く行こう」


 あ……。


 結構な力でカレン先輩に肩を掴まれた。


 普段表情にあんまり変化のない先輩が、満面の笑みを浮かべてる。


「ウィル坊、カレン、お楽しみは程々にのう」


 いや、不安しかねーから!


「さ、行こう」


「え、待ってください、ちょっと心の準備が」


「行こう」


 この後……僕がカレン先輩の新技の実験台になったのは言うまでもない。


 でも、太腿に挟まれる感触は悪くなかった。

 

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