三日目
第39話 悪事の発覚~阿里沙~
あまり眠れないまま、朝を迎えてしまった。
隣で眠る怜奈を起こさないように起き上がると背中が痛かった。
時計を見ると午前五時半。今から寝れば中途半端になってしまう。
顔が洗いたくてテントを出る。
この時間ならまだ誰も起きてないだろうと思っていたが、川辺には悠馬の後ろ姿があった。
すっぴんを見られるのが嫌だから立ち去ろうとしたが、思い直して近付いていく。
昨夜の『祈りの刻』が終わって悠馬と話がしたかったが、彼はすぐにテントに入ってしまいそれっきり出てこなかったので話が出来ていない。
「おはよ」と声をかけると、悠馬は濡れた顔をタオルで拭きながら振り返る。
「おはよう」
「昨日は、なんかごめん。でも私は賢吾になんにも言ってないからね」
「分かってるよ。賢吾は鋭いし、色々推理してるみたいだから分かったんだろう」
怒った様子はないようなのでひとまずほっとする。
「失格になっちゃったけど旅は続けて神代ちゃんのことを調べるんでしょ?」
悠馬の隣に座り、川の水を掬って顔を洗う。
思ったより水が冷たくて少しぼんやりしていた意識が引き締まった。
「まぁね」
「あたしも引き続き手伝うから」
「ありがとう。悪いね、付き合わせちゃって」
「まあ成り行き的に仕方ないっしょ」
なんだか照れ臭くてぞんざいに答える。
そんな阿里沙を悠馬は微笑みながら見詰めてきた。
「あんま見ないでよ。すっぴんなんだから」
「その方が自然でいいと思うよ」
「意外。悠馬もそんなこと言うんだ?」
「素直にそう思っただけだ。気に障ってたらごめん」
「別に怒ってはないけどさ」
本当は『彼女の死は悠馬のせいじゃない』とか、『自分を責めても彼女が悲しむだけだ』とか、そんな言葉を掛けたかった。
だけどなんだか取って付けた言葉みたいで、口には出せなかった。
本当に相手のことを思うならどんな言葉を掛ければいいのか、阿里沙はまだ知らなかった。
こんなとき祖母ならどんな言葉を掛けるだろうと問い掛けるように空を見上げた。
「今日も暑くなりそうだね」
「ああ。夏だからね」
夏の虫たちの大合唱を聞きながら、そんな意味のない言葉を交わしていた。
朝食の準備は六時前から始まった。
夕食と同じように怜奈と運転手が主体となり、他のものたちは水を組んだり後片付けを始めたりする。
朝食は飯盒で炊いたご飯と目玉焼きとベーコンを焼いたもの、カップの味噌汁というシンプルなものだった。
しかしそれが驚くほど美味しくて阿里沙はおかわりまでしてしまった。
「今日の予定をお伝えします」
朝食のあとの休憩時に神代がみんなに伝える。
「バスで移動し、まずは牧場に行きます。乳搾り体験などをしてもらったあと、渦ヶ崎町というところで夏祭りに参加して街に戻る予定となっております」
「ウズガサキチョウ? どこそれ?」
これまで目的地の地名を伝えてこなかった神代が、聞いたことない田舎町の名前だけははっきりと伝えてきたことに違和感を覚える。
「怜奈、知ってる?」と訊ねて、阿里沙は驚いた。
先ほどまで普通にしていた怜奈が急に顔を青ざめさせ、震えていたからだ。
「ちょ⁉ 大丈夫?」
「……うん。大丈夫だよ」
怜奈は怯えたように立ち上がり、川の方へふらふらと行ってしまう。
(確実にウズガサキチョウって地名聞いてから様子が変わったよね? なにか知ってるのかな?)
気になるが出発まで時間がないので阿里沙は片づけを手伝いに向かった。
テントをしまい、ゴミをまとめて、それらをバスへと乗せる。
まだ虚ろげな怜奈が戻ってきて自らの荷物を手に取っていた。
その背後に賢吾が近付いていく。
賢吾も怜奈の様子がおかしいことに気付いたのか、なにやら心配そうに声をかけていた。
怜奈が手を振って固辞するにもかかわらず、賢吾は彼女の手荷物を持った。
大きなキャリーバッグならいざ知らず、あんな小さな鞄を代わりに運ぶ意味が分からない。
阿里沙がそう訝しんだ次の瞬間──
賢吾はこっそりと怜奈の鞄のなかになにかを隠すように入れた。
「ちょっと待ちなよっ!」
阿里沙は慌てて駆け寄り、素早く賢吾の手首を掴んで捻り上げた。
「うわっ⁉ 痛たたっ! なにするんだ! 離せよ!」
「なにするんだはこっちのセリフ! 今なにを怜奈の鞄に入れたの!」
「なにも入れてない!」
「嘘つくな! あたしは見てたからね!」
暴れて拘束を振りほどこうとしてくるので更に手首を捻り、肘も固める。
騒ぎを聞き付けた他のメンバーもすぐに集まってきた。
「賢吾が持ってる鞄、奪って! これは怜奈の鞄なの!」
「え⁉」
「早く!」
「お、おう」
「やめろっ!」
伊吹が鞄を取り返し、怜奈に渡す。
「怜奈、なにか覚えのないものが入ってないか確認して」
「はい」
怜奈が鞄を開けて中身を確認すると急に賢吾は大人しくなった。
しかし油断させるためかも知らないので阿里沙は拘束を緩めなかった。
「あっ……これ」と言って取り出したのはボールペンだった。
百円で買えるような安物ではなく、金属製のしっかりとしたものだ。
「これは私のじゃありません」
「賢吾、あんたが入れたんだな」
「痛たたっ! 暴力はやめろ!」
賢吾は肯定も否定もせず大袈裟に痛がる振りをしていた。
「ん? それ、ちょっと見せて」
翔が興味を示し、ボールペンを怜奈から受け取る。
「やっぱり。これは盗聴器付きのボールペンだ。前に通販サイトで見たことある。ほらここに集音マイクがついているんだ」
「盗聴器っ⁉ あんた、まさかこれをあたしにもっ……」
突然悠馬の『願いごと』を当てたのは、これを使ったからだ。
阿里沙は瞬時に理解した。
「違う。それは今日はじめて使ったんだ!」
「初犯だろうが前科何犯だろうが関係ねぇよ。この盗聴野郎が!」
翔は怒鳴りながらペンを地面に叩きつける。
カンっと音を立て、ペンが壊れて中からなにやら電子部品が飛び出した。
「ルール違反じゃない。盗聴器やその他電子機器を使ってはいけないという規則はなかったはずだ! そうだろ、神代さん!」
彼の強気の発言に、しかし神代が反応することはなかった。
「あっそ。じゃああたしはこのまま賢吾の肘の間接を逆に折って、そのあと肩の間接を外すね。ルールには相手の間接を逆に曲げてはいけないってのはないんだから。いいでしょ、神代ちゃん」
「確かにそういうルールはなかったと存じます」
神代が澄ました顔で答えると、賢吾の表情が恐怖で歪んだ。
「ちょっ……ちょっと待て! 待ってくれ!」
「盗撮だなんて……やっていいことと悪いことの区別くらい出来ないのか?」
伊吹も冷たく言い放ち、見下した目を賢吾に向けた。
「ダメ! そんなことしたらダメだよ!」
唖然として固まっていた怜奈が慌てて止めに入った。
「こいつはみんなの信用を裏切って盗み聞きしてたんだよ! これくらいされて当然だし!」
「怪我させるなんてダメだよ!」
「怜奈さんの言う通りだ。やめておいた方がいい」
冷静に怜奈に賛同したのは悠馬だった。
「もしそんなことしたら帰ったときに訴えられるかもしれない」
感情論ではない彼の指摘はリアリティーを伴う説得力があり、阿里沙は渋々賢吾の腕を離した。
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