第28話 作戦変更~賢吾~

 昼過ぎに自由時間が終了となり、神代が待ち合い室に賢吾を呼びにきた。

 結局彼は昼食も摂らずに『ポンコツらーめん』こと伊吹の小説を読み続けていた。


 改行や台詞が多いのでページ数の割に楽に読み進められた。

 バスの移動時間も読んでいたから代表作の『オスメスヒヨコ』は三巻まで読み進めていた。

 もちろん伊吹の『願いごと』に繋がるヒントがないか確認するためだ。


 ご都合主義が目立つ小説の内容から読み取れたのは──

 苦労せず女にモテたい。

 侮っていた相手を見返してやりたい。

 圧倒的な力で苦戦せずに強敵を倒したい。

 そんな幼稚な願望だけだった。


 これらが伊吹の『願いごと』なのだろうか?

 まさか本当に動物のオスかメスかを判別する能力が欲しいということもないだろう。

 手がかりがつかめず、賢吾は首を捻る。


 翔になにか情報を得てないか確認したところで恐らく無駄だろうと踏んでいた。

 既に翔は賢吾より伊吹の方に信頼を置いている。

 自ら伊吹に揺さぶりを加えて探りを入れるしかなさそうだ。


 狙いをつけているもう一人、怜奈の方は少しだけ読めてきた。

 怜奈は明るく振る舞っているが、時おり怯えた顔や物怖じするところがある。

 話す言葉もどこかぎこちなく、時おり言葉も詰まらせていた。


 恐らく怜奈は無理にキャラを作って旅に参加している。

 きっと『変わりたい』と願っている姿を演じているのだろう。

 その辺りを考えていけばすぐに願いは読み解けるはずだ。


「……問題は回答回数だな」


 今日を含め賢吾の回答権はあと二回だ。

 正解が分かっていたところでそれを答えることが出来なければ意味がない。

 自分の導き出した答えを代わりに発言してくれる仲間が必要だった。


「誰を仲間にするかだな」


 思考回路は読めないが浅はかで単純そうな阿里沙と、暗くて謎を抱えていそうだが常識のありそうな悠馬。

 どちらがいいだろうと考えながらバスへと戻った。


 既に賢吾以外の参加者は戻っており、それぞれの席に座っている。

 相変わらず会話もなく、誰もが興味のなさそうな目をして窓の外を眺めていた。


 意外なことに今朝は隣同士に座っていた翔と伊吹も別々に座っていた。

 しかも二人とも機嫌が悪そうだ。

 恐らくまた翔が癇癪を起こし、仲違いしたのだろう。

 これならまた翔を利用できるかもしれない。

 内心ほくそ笑みながら賢吾は一番後ろの席に座る。

 ここなら全員の動きが見えるので便利だ。


 伊吹と翔だけに限らず、他のメンバーも今朝は少し緊張が緩んできた感じが見受けられたが、また車内の空気は重苦しいものになっている。

 参加者がいがみ合い分断している方がやりやすいので歓迎すべき展開だった。


「皆さん、遊覧船はいかがでしたでしょうか? 雄大で荒々しい景色でしたよね」


 神代は安物のバスガイドみたいなことを口にして愛想笑いを浮かべる。


「さてこれから皆様にはキャンプをしていただきます。今夜はテント泊となります」

「えー⁉ 最悪! 虫に刺されるし、お風呂とかどうするの!」


 真っ先に不満の声を上げたのはもちろん阿里沙だ。


「一日くらいお風呂に入らなくても死にません。川があるので汗はそこで流してください」

「なにそれ。水着とかかないんですけど。まさか裸⁉」

「ちゃんと水着はこちらで用意させて貰ってます。もちろん虫刺されスプレーも」

「あー、テンション下がる」


 阿里沙はうんざりした様子で背中をシートに押し付けて反り返っていた。


 バスはどこでキャンプをするのかも告げぬまま、海沿いの国道を左折して細い山道へと進んでいった。

 山間の道を進むにつれ、建物はおろか信号もほとんどなくなっていく。

 乗り物酔いをしたのか伊吹は額を窓に当てて具合の悪そうな顔をしている。

 意外にも怜奈がその様子をチラチラと横目で心配そうに伺っていた。


 阿里沙はよほどアウトドアが嫌いなのか、神代の隣に移動してなにやら話をしている。

 残念ながら最後列に座る賢吾にはその内容までは聞こえない。


「えー? マジで? ウケる!」


 日常会話でもしているのだろうか?

 時おり笑い声も聞こえる。

 主催者の神代の情報など得てもゲームに勝つことは出来ないというのに、相変わらず能天気で無計画な奴だ。


 一時間半ほど山道を走ると、トイレ休憩で道の駅に停車した。

 スマホで位置を確認したが辺りが山であるということ以外はなんの特徴もない場所だった。


 翔が席を立つのを確認して、賢吾もそのあとを追った。


「こんな辺鄙なところに連れてこられるなんてね。まさか集団誘拐だったりして」


 気だるそうな背中に声をかけると翔が振り返った。

 しかしその顔にはいつもの挑発的な気配が感じられない。


「なにか分かった?」


 周りに誰もいないことを確認した上で小声で訊ねる。


「いや」

「伊吹さんのペンネームとか聞き出せなかった?」


 分かっていることを敢えて訊いたのはもちろん翔を試すためだ。

 素直に言うか、シラを切るか、もしくは全く違うペンネームを挙げて騙してくるか。

 それによって今後の対応も変わる。


「人から情報吸い上げようとばかりしないで賢吾から言えよ。怜奈の変わりたいとかいう変身願望は掴んだのかよ?」

「まだ断定は出来ないけど怜奈さんと話して幾つか分かったことはある。彼氏がいないこと、友達はあまり多くないこと、運動不足で体力がないこと。逆にお金に困った様子はあまり──」

「なんだよそれ。そんなもん、見たら大体分かる話だろ」


 報告を遮るように翔はせせら笑った。


「そんな誰でも分かるようなことを重要なことみたいに語るんじゃねぇよ。回りくどいな。結局分かったのか、分からなかったのか、それを先に言えよ」


 その口ぶり、言葉遣いが会社の上司にそっくりで、賢吾は珍しくカッとなってしまった。


「なんだ、その口の聞き方はっ!」


 大きな声を出してしまったことで近くを歩いていた阿里沙の注意を引いてしまう。

 彼女は怪訝そうな顔をして近付いてきて、入れ違うように翔は立ち去っていった。

 翔から情報を引き出すことも、再び仲間に率いれることも失敗だ。

 ならば阿里沙を仲間にしよう。

 瞬時に賢吾は作戦を変更する。

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