第15話 祈りの刻~翔~

「トランプを引いて頂き、数字が小さい人から順に回答してもらっていきます。もし言い当てられた場合は素直に正解だと自己申告してください。もし当てられたのに当たっていないと嘘をつかれた場合は優勝しても失格となり、『笑者』の資格も失います」

「自己申告……」


 その言葉に引っ掛かりを覚える。

『笑者』の条件といい、ルールにあいまいな点が多すぎる。

 そこに何らかの意思がある気がしてならなかった。


「質問なんですが」と真っ先に手を上げたのは案の定賢吾だった。


「もし『願いごと』を『一億円欲しい』というものにしていた時、『お金が欲しい』ということが言い当てられても金額が違っていたらセーフなんでしょうか?」

「それは自己申告です。結果の判断は私がします」


 神代は意図が読めない笑顔を浮かべ、回答にならない回答をした。

 動画を撮影しているのは、証拠を残すためなのだろう。

 言い当てられていたのに誤魔化そうとしても動画があるのだから言い逃れが出来ない。

自己申告でいいと言いつつ証拠を残す。

 


「お金だけじゃなくて車とか、不動産とか、そういう場合だってある。場所やら車種は違ってても言い当てられたってことになるの?」


 焦れったそうに伊吹も訊ねる。


「自己申告です」


 神代は性能の低いBotのように同じことを繰り返した。

 参加者たちのうろたえる姿を見て翔は愉快になりケタケタと笑い声をあげる。

 その様子も記録する価値があると思ったのか、単に反射的な動きなのか、ビデオカメラのレンズが翔に向けられた。


 順番にトランプを引き、翔はハートの十を引いた。順番は五番目だ。


「では最初はダイアの三を引いた阿里沙さんです」

「えー、あたし? 賢吾も三じゃん」

「賢吾さんはスペードでした。スペード、クローバー、ダイア、ハートの順で強いというルールです」

「最初は嫌なんだけどなぁ」


 不服そうに唇を尖らせ、視線を伊吹に向けた。

 しかし思い直したのか、一人離れたところに立つ翔を見てきた。

 先ほどのいざこざの仕返しのつもりなのだろう。


「じゃあ翔の『願いごと』を当てる」

「どうぞ。当てられるものならな」


 翔は以前観たアクション映画の悪役を気取って両手のひらを広げて挑発した。


「あんたの願いは『お金が欲しい』」


 全員の視線が翔に向けられる。

 再び緊張が張り詰めた宴会場は静まり返った。


「当たってますか、翔さん」


 声色から神代も少し緊張しているのが感じ取れた。

 微かでも神代が感情を露にするのははじめてのことだ。

 場の緊張感を味わうように翔はたっぷりと沈黙の間を作る。


「ぷっ……ははは! そんなわけないだろ。大ハズレだよ」


 前屈みになり、文字通り腹を抱えて『く』の字になって笑った。


「金が欲しい? あーおかしい。誰がそんな俗にまみれたことを願うか。見た目どおり馬鹿な奴だな、阿里沙」


 もちろん翔の他に笑うものはいなかった。

 その寒々しい空気感も、翔には堪らなかった。


「教えてやるよ。俺の願いは『世界平和』だ。俺を排除したい奴は当てていいからな」

「そういう嘘をつく陽動作戦は反則じゃないのか?」


 悠馬が眉を顰めて訊ねるが、相変わらず神代は表情を変えず無言を貫いていた。

 お咎めがないということは反則ではないのだろう。


「では次。賢吾さんお願いします」

「そうですね……じゃあ」と言って遠慮がちに伊吹を見る。


「すいません。伊吹さんで」


 申し訳なさそうに両手を合わせているが、あれは演技だ。

 共闘している翔にはそれが分かった。

 賢吾はそんなしおらしい性格ではない。


「うわぁ、やっぱ俺か。いいよー」


 困った表情を浮かべているが、焦りは感じられない。

 覚悟をしていたのか、もしくは失格してもエンジョイ勢としての『笑者』になる逆転を狙っているのだろう。


「伊吹さんの願いごとは、ベストセラー作家になること。違いますか?」


 みんなの視線から逃れるように伊吹は俯いていた。

 そして次の瞬間──


「残念でした。ハズレです」


 顔を上げてにんまりとした表情を見せた。

 みんなの視線がまだ伊吹に向いている中、翔は賢吾の顔を見る。

 彼は悔しそうに口の端をヒクヒクと震えさせて笑っていた。


 ちなみに翔は宴会の前にこっそりと短い打ち合わせをしていたから賢吾の回答は知っていた。

 そして賢吾の回答が当たった場合とハズレた場合の二通りの翔の回答も賢吾が決めて伝えてきていた。


「じゃあ次はハートの五を引いた俺の回答だね」


 そのままの流れで伊吹がそう言った。


「じゃあ俺もお返しで、悪いけど賢吾さん」

「僕ですか? うわぁ怖いな」


 翔から見ても本気で賢吾は怖がっているように見えた。

 演技なのか、意外と撃たれ弱い小心者なのかは分からない。


「賢吾さんの願いごとはずばり」と言って一度言葉を止める。

 ちっともずばりじゃないなと翔は笑ってしまった。


「有名女優と結婚する、じゃないですか?」

「おおー……いえ、違います。すいません」


 賢吾は焦った演技をしてから首を振った。

 かなり自信ありげだった伊吹は「ほんとに?」と未練がましく念を押している。


 恐らく伊吹は賢吾に偽の情報を掴まされたのだろう。

 一緒に温泉に行き、そのとき何かのポスターに写っている女優の大ファンだとか結婚したいとか適当な嘘を吹き込まれたに違いない。

 まんまと伊吹は騙されたわけだ。


 しかし賢吾の賢いところはその策をひけらかさないところだ、と翔は感心した。

 まるでギリギリまで悩んでいた『願いごと』のひとつを言い当てられたという演技が見事だった。

 そうすることでもう一度騙せる可能性があるし、騙されたと気付かれて恨まれることも避けられる。

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