第7話 『かみさま』の登場~悠馬~

 六人目の参加者である高校生くらいの男子が到着すると、それを見計らったかのように長い髪の女性がこちらに向かって歩いてきた。

 その姿を見て悠馬の心臓がばくんと大きく震えた。


(結華っ……)


 それは一年前に車に跳ねられて命を落とした亡き恋人にそっくりな女性だった。

 悠馬は息をするのも忘れてその女性を見詰めていた。

 レースのついた襟のシャツも結華が好んで着ていたものによく似ている。


 思わず凝視してしまうと、その視線に気づいた女性も悠馬を見て微笑んだ。

 しかしそれは親愛の籠ったものではなく、見ず知らずの相手に向けたような、他人行儀な笑みだった。

 笑顔を向けられて胸が痛んだのははじめての経験だ。


「皆さんお揃いになりましたね」


 全員に視線を流した後、彼女は軽く会釈をする。


「本日はお集まりいただき、ありがとうございました。私が『かみさま』こと、神代かみしろ鞠子まりこです」

「えー? 嘘、マジで? 女の子だったんだ?」


 ギャルが驚いた声を上げると、神代と名乗った彼女が「はい」と笑顔で答える。

 だが笑い方は結華と違っていた。

 結華はもっと口を大きく開けて笑う。

 よく見れば似てるといっても化粧で変わるレベルかもしれない。

 背丈は結華より高いし、体つきも華奢だ。

 なにより声がまるで違う。


 悠馬は神代と元恋人の相違点を見つけては欠陥のように心の中であげつらっていた。


「これから皆さんで二泊三日の旅行に出発しますので、まずは皆さんで自己紹介をしましょう。簡単なもので結構です。この旅への意気込みとか、皆さんへのメッセージなどを付け加えてお願いします。あ、願いごとは言っちゃダメですよ。昔から願いごとは人に話すと叶わなくなると言いますから」


 冗談めかしてそう促され、先ほどから一人でしきりに参加者に話しかけていた小太りの男が真っ先に手を上げた。


「じゃあまずは俺から。名前は伊吹淳。小説家です。今は締め切りに追われてないので、気晴らしに参加してみました。作家って孤独な仕事だから八年もしていると世の中の動きに疎くなるんです。なのでちょっと人とずれてしまっているかもしれませんがよろしくです」

「へぇ。作家なんだ、ウケる。どんなの書いてるの?」


 ギャルはさして興味もなさそうに訊ねる。


「作品名とかペンネームは勘弁してください。身バレは嫌なので」

「とかいって、どうせ聞いても知らないマイナーな作品ばっかなんじゃないの?」


 悪意のある言い方ではなく冗談めかした口調だったが、伊吹は「失礼だな」と明らかに気分を害していた。

 しかし彼女は悪びれる様子もなく笑っている。


「じゃあ次はあたしね」とギャルが手を上げる。

「あたし」と「あーし」の中間くらいの、気だるいイントネーションだ。


「名前は鯉川阿里沙。アリサとかアーサって呼んでいいよ。仕事はフリーターで十九歳。願い事を叶えてもらいたくて参加しちゃいましたぁ」


 見た目通りの軽いノリの自己紹介だった。

 悠馬を含めた参加者たちのリアクションは薄く、麦わら帽子の女の子だけが微笑みながら阿里沙に会釈するだけだった。


 阿里沙の隣に立っていた高校生くらいの男の子が小馬鹿にしたように鼻を鳴らして参加者を見回して自己紹介を始める。


「俺は浅海翔。十五歳の高校一年。暇つぶしで参加した。慣れ合う気とか一切ないんで」


 翔はぶっきらぼうにそう言うと反応を窺うように視線を巡らせていた。

 しかし子供じみたその発言に反応するものはいなかった。

 見た目もさることながら中身もかなり幼そうだ。


「次は僕かな?」とサラリーマンが軽く手を上げる。

 みんなの視線が集まるまで二、三秒待ってから言葉を続けた。


「僕は志水賢吾。二十六歳のサラリーマン。旅を通して皆さんとも仲良くなれたらなと思ってます。よろしくお願いします」


 ゆっくりと聞こえやすい声で、一人ひとりを見ながら喋っていた。

 翔と対照的にコミュニケーション能力が高そうだ。


「ありがとうございます。では、次は」と言って神代は悠馬を見た。

 結華に似た瞳で見つめられると、他人だと分かっていても心臓を鷲掴みにされたような動悸に見舞われる。


 しばらく黙って神代を見ていると「どうぞ」と手のひらで促された。


「僕は掛札悠馬。二十歳の大学生」


 それ以上語るつもりはないので黙ってやり過ごす。

 続きを促すように神代は軽く首を傾げたが、悠馬は鋭い目で睨み返す。


 諦めたのか、どうでもいいのか、神代は「じゃあ最後はあなた」と麦わら帽子の女性を促した。

 先ほどすれ違いざまに荷物を持とうかと話しかけたあの女性だ。


「あのっ……わ、わたしは」


 言い淀んだあと、ぎゅっとワンピースのスカートを握った。

 先ほどまでの柔和な笑みは消え、傍目からも分かるほど緊張していた。


 夏だというのに長袖のカーディガンを羽織って真っ白な肌をした彼女は、一度目を瞑りゆっくりと開いて顔を上げた。

 その仕草がなんだか人形のように作りものめいて悠馬の目には映った。


「風合瀬怜奈です。年齢は二十歳で、料理の専門学校に通ってます」


 喋りだすと先ほどの焦った気配は消え、また柔和な微笑みが戻っている。

 自分と同じ二十歳らしいが少し幼く見える。

 年齢を誤魔化しているのかもしれないなと悠馬は感じていた。


「少し人見知りなところもありますけど、皆さんと仲良くなりたいと思ってます。よろしくお願いいたします」


 ぺこりと下げた怜奈に高校生の翔が嘲笑を浴びせる。


「だから俺は仲良くするつもりはないから。人の話、聞いてた?」

「す、すいません」


 五歳も年下の翔に絡まれ、怜奈は再び顔をひきつらせて謝っていた。

 注意すべきだろうかと悩んでいるうちに神代が微笑みながらパンッと手を打って不穏な空気を掻き消した。


「じゃあ自己紹介も終わったことですし」

「ちょ、待って。まだ作家センセーの年齢聞いてないんだけど?」


 阿里沙の指摘に伊吹が狼狽えた。


「ベ、別にいいだろ、そんなの」

「よくないし」

「君らよりは上だよ」

「はぁ? そんなの見たら分かるし」


 再び険悪な空気になりかけたとき──


「伊吹淳さんは二十八歳です」


 神代が代わりに答えた。事実だったらしく伊吹は驚いた顔をした。


「私は一応『かみさま』なので千里眼を使って皆さんの秘密を覗けます。嘘をついたり隠しごとをされても通用しませんので」


 神代は冗談めかして目を大きく見開いておどけたが、笑うものはいなかった。

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