第3話 神様がいたらネタになる~伊吹~

 もし神様がいたら小説のネタになる。


 伊吹いぶきじゅんはそんな軽い気持ちで旅の参加を決めた。


 もちろん本物の神様なんて期待していない。

 そんなものは空想の中だけで十分だ。


 神様を名乗る謎の人物が何者で、どんな目的があるのか、それが伊吹の関心事だった。


 彼は大学生の頃に公募の新人賞を受賞してデビューし、今年で八年目となるライトノベル作家だ。

 デビュー二作目の『異世界に転生したのにスキルが「ヒヨコの雌雄判別」ってどういうことでしょうか?~雌雄判別スキルは実は最強のチートでした~』という長ったらしいタイトルの作品がヒットし、『オスメスヒヨコ』という愛称で親しまれてアニメ化までされた。

 ちなみにコメディではなくわりとシリアスな物語だ。


 残念ながらアニメの方はさほどヒットせず、書籍も八巻で完結させていた。

 でもそのことに伊吹はさほど悲観していなかった。

 もともと「オスメスヒヨコ」は書きたくて書いたものではない。

 編集者と冗談を言い合っているうちに思い付いたネタで、正直書籍になるとさえ思っていなかった。


 そんな始まり方だったから最後の方は絞り出すようにネタを出していた。

 おかげで伊吹の家は小学生の子どもがいるかのように生物図鑑だらけになってしまっていた。

雄性先熟ゆうせいせんじゅく』というオスで生殖した後にメスに性転換して繁殖をするという変わった魚を見つけたとき編集者と歓喜したのも、今ではいい思い出だ。

『俺がママになるんだよ!』はネットスラングでちょっとした流行語となった。


『オスメスヒヨコ』が完結したことでようやく好きなものが書ける。

 むしろ晴れ晴れとした気持ちでいくつか新作を始めたが、それらの売れ行きはいまひとつだった。


 アニメ化までした作家でも新作が売れないということは珍しいことではない。

 でも一度人気や名声を得てしまった伊吹は、その成功体験が忘れられず焦っていた。


「やはり先生は動物ネタとかの方が人気が出るかもしれませんね」


 担当編集者はきっと励ますつもりでそう言ったのだろう。

 しかし伊吹には呪いの言葉にしか聞こえなかった。


 書きたいものを書きたいように書く。

 プロはそれでは駄目だと知りつつも、そんな願望を捨てることは出来なかった。

 少なくとも、もう二度と動物ものだけは書きたくなかった。


 次第に酒の量が増え、自暴自棄になり、ツイッターで悪態をついては酔いがさめた翌朝に削除するということが習慣となってしまった。


 そんな悶々とした日々の中、なんでも一つだけ願いを叶えてくれるという『かみさま』を名乗るものから今回の招待状DMがツイッターに届いた。


 馬鹿馬鹿しい。

 きっとよくある金持ちの『フォロー&拡散で現金プレゼント』の類いだろう。


 そう嘲笑ったが、願いを叶えるための条件というのを見て興味を惹かれた。


『願いごとを叶えたい者は二泊三日の旅に参加しなければならない』


 普通こういったプレゼント企画は主催者と直接会うことはない。

 ましてや二泊三日も旅行に行くなんて異常なことだ。


 これは小説のネタになる。

 作家の嗅覚がそう訴えた。

 ふざけて提案したプロットの作品がヒットをし、真剣に練った作品は鳴かず飛ばずという鼻づまりの嗅覚だが。



 指定された待ち合わせ場所に到着すると既にスーツを着た男が到着していた。

 見た目からしてサラリーマンなのだろう。

 正直こんな集まりに普通の社会人が参加しているとは思っていなかったのでやや面食らった。


「やあ。もしかして君も旅行の参加者かな?」

「え? あ、はい」


 サラリーマンは表情を変えずに頷き、まじまじと伊吹のことを見た。

 観察するような目つきがやや気になったが、真面目そうだし悪い人間ではなさそうだ。


「おかしな話だよね。願いを叶えるために旅に出るなんて」

「ええ、まあ」

「でもまあ、旅行なんて久し振りだし、少し楽しみだな。どこに行くんだろうね」

「さあ」


 人見知りなのだろうか?

鈍い反応しか返ってこない。

 これから二泊三日も旅を共にするのだからもっと打ち解けていきたい。

 社交的な伊吹はそんなことを考えていた。


 なにか盛り上がる話はないかと考えているうちに背後から大学生らしき長身の男がやって来た。

 こちらは目付きからして負のオーラを纏っており、話し掛けてくるなという無言の圧力を感じる。


 二泊三日の旅行はかなり息苦しいものになりそうだ。

 伊吹は心の中で小さくため息を漏らしていた。

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