30 華麗なる乱入者

 秋の風にきれいなロングヘアーがさらさらとなびく。


「会いたかったわよ……ひ・よ・り」


 抑揚をたっぷりとつけながら、安藤マリナはそう言った。


 俺はいきなりの奴の登場に呆然としながらも、震え出したひよりの肩にそっと手を置く。


「あらあら、こんな人前で堂々とお手々をつないじゃって……ラブラブなんだから~」


「お前……何でここに居るんだ?」


「だから、特別ゲストよ。この人気カリスマモデルの神月マリナ様が、直々に逆オファーをしてあげた訳」


「何のためにだ?」


 ツカ、ツカ、とヒールを鳴らしながら、安藤マリナは歩み寄って来る。


 そして、俺たちのすぐ目の前に来た。


 俺たちはしばし睨み合う。


 が、安藤マリナはふいにニコリと笑った。


「マイクをちょうだい」


「あ、はい!」


 すぐにスタッフが動いて、奴にマイクを手渡す。


 マイクを受け取った奴に、観客が期待を込める目を向けていた。


 あんな性悪女でも、さすがは人気モデルだ。


「コホン……えー、皆さんにご紹介します」


 安藤マリナはにこやかな笑顔で、すっと俺たちと指し示す。


「私の可愛い妹と、そして……私の彼氏です」


 一瞬、奴が何を言ったのか理解できなかった。


 会場のみんなも、ポカンとしている。


 そんな中で、安藤マリナだけが微笑んでいた。


「……こっ……これは何と言う大胆発言だー!」


 司会の女子が叫ぶと、観客も意識を取り戻したようにザワつき始める。


「え、色々とどういうこと?」


「ひよりちゃんが、マリナちゃんの妹?」


「てか、松尾くんって、ひよりちゃんと夫婦のはずじゃ……」


「もしかして、姉妹と同時進行で……とか?」


「あの松尾くんが?」


「いや、でも……」


 ザワつく声が俺と、そしてひよりの耳に届く。


 ひよりの体が揺らいだ。


「ひより、大丈夫か?」


 俺が支えてやると、ひよりは弱々しく笑う。


「は、はい」


「いま、あいつが言ったことは……」


「分かっていますよ、秀次さん」


 ひよりは弱々しくも微笑んで言う。


 一方、安藤マリナはどこまでもふてぶてしく笑っている。


「あれあれ~? おかしいな~? もしかして、秀次くんってば……二股? しかも、姉妹を相手に~? 超サイテーなんですけど~!」


 安藤マリナが言うと、観客のみんなも疑惑の目を俺に向ける。


 それはすぐにでも、嫌悪の表情へと変わりそうだ。


 最悪、俺は良い。


 でも、ひよりは……例え嘘だと分かっていても、また心に傷を……


「――そんなの嘘だ!」


 響く声に、みんなが視線を向ける。


「蛯名……」


 やって来た彼女の名前を口にする。


「そうだ、そうだぁ!」


「秀次はそんな性悪モデル女と付き合ってなんかないぞ~!」


 修也と伸和を始め、他の映研メンバーたちも駆けつけて来た。


「はぁ~? 超ウザいんですけど~」


 安藤マリナは露骨に顔を歪めて言う。


「嘘じゃないわよ、事実なの。この男は、姉である私と、妹であるひよりに対して、二股をかけていたのよ!」


 デタラメなことを叫ぶ安藤マリナ。


「それは違うぞ!」


 それを正そうとする映研のみんな。


「ど、どっちなんだ……?」


 そして、間に挟まれた巨大な集団は、困惑していた。


「みんな~? あんなどこの馬の骨とも知れない人たちのことを信じるの~? 私、神月マリナちゃんの言うことの方が、正しいと思わな~い?」


 奴はもう、その性悪っぷりを隠そうとしない。


 だから、完全に説得力がある訳じゃないけど……


 この場がひどく混乱状態にあることは事実だ。


 ひよりを見ると、顔色がどんどん悪くなっている。


 ダメだ、このままじゃ……




「――それはあり得ないよ」




 芯の込められた良く通る声が響き渡る。


 その場のみんなの視線を集めたのは、会場の入り口付近に立つ、一人の人物。


 帽子を目深にかぶっていた。


「はぁ~? ていうか、あんた誰よ?」


 安藤マリナはマイクをもちながら、嫌味たっぷりな口調で問い質す。


「う~ん、そうだなぁ~……まあ、良いか」


 そう言って、現れた人物は目深にかぶった帽子を、空に目がけて高く放った。


 その顔を見た瞬間、沈黙が生じる。


 しかし――すぐ。


「「「きゃああああああああああああああああああああああああああああぁ!?」」」


 割れんばかりの女子の歓声が響いた。


 それは、帽子を取った彼の顔が、端正な顔立ちだったというだけでなく……


「えっ!?」


「あれって、まさか……高杉光たかすぎひかる!?」


「プロ入団2年目にして、チームのエースを担っている!?」


 男たちも興奮の声を上げていた。


「あっはは~、みんな俺のこと知ってくれているんだ」


 彼は笑って言う。


 だから、


「当たり前だろうが」


 俺は呆れたように言う。


「「「えっ?」」」


 みんなの視線が俺に向く。


「よ~う、秀次ぅ~。お前にしては珍しく、目立ちたがり屋じゃん?」


「無理やり上げさせられたんだよ」


「へぇ~?」


 そんな風に俺たちが会話をしていると、


「ちょ、ちょっと? あ、あんた、高杉選手と知り合いなの?」


 安藤マリナが慌てたように言う。


「えっ? いや、知り合いと言うか……」


 俺が答えようとした時、


「――2年前の夏の甲子園。準優勝高校、光聖こうせい学園。俺と秀次は、バッテリーを組んでいたんだ」


 その場がどよめいた。


「う、嘘でしょ……?」


 安藤マリナが目を丸くして、口をパクパクしている。


「……おい、光。そのこと、大学の連中には秘密にしていたんだけど」


「あれ、そうなの? さすが、秀次は謙虚だね~」


 笑う光を見て、この野郎と思った。


「ん? ていうか、さっきから手を繋いでいるその子って、秀次の彼女?」


 光はひよりを指差して言う。


「ああ、そうだよ。ていうか……嫁だ」


 俺は不思議と恥じらいもなくそう言えた。


 光が噴き出す。


「秀次……お前、すごいな」


「うるせえよ」


 光は腹を抱えて笑っている。


「けどまあ……よく似合っているよ、お前ら」


「サンキュー」


 そう言うと、俺たちは笑い合った。


「……え、えーと」


 司会の女子が少し困ったように声を出す。


「ああ、ごめんなさい。せっかくのイベントを邪魔しちゃって」


 光は言う。


「そのお詫びと言っちゃなんだけど……秀次」


「ん?」


「久しぶりに、俺の球を受けてくれよ」


 光が言うと、会場がザワつく。


「え、それって……」


 俺が言いかけると、光はニヤリと笑う。


「黄金バッテリーの復活と行こうぜ」







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