第4話 誤解を解くには時間がかかる

「で、なんのプレイかしら?」


「誤解です。訂正させて下さい」


「でも変な声出してたじゃない。カチカチとか、我慢できないとか、気持ち良いとか……。椅子もギシギシさせてたし」


「いや、それは……、ってか、元はと言えば部長がクロ先輩を椅子に縛り付けたからこんなことになってるんじゃないですかっ!」


 そもそも部長がそんなことをしなければ、僕が変に誤解をされることは無かったはずだ。

 福原とか僕を超冷ややかな目で見ているし。ゴキブリを見るときですら、そんな視線で見ないはずだが。僕はゴキブリ未満なの? ドMじゃないので止めてくれませんかね。


「仕方無いじゃない。クロが聴覚に集中したいっていうから」


「縛る必要は無かったのでは?」


「目には目隠し、口にはガムテープをした変態が校舎をうろついていたら、問題になるじゃない」


「その配慮はもっと別の方向に生かして下さいよ!」


 語気が強くなってしまう。そもそも部長がクロ先輩を見張っておけば、縛る必要は無かったはずだ。というか、もっと別の方法は無かったのだろうか。

 この部長、もしかするとポンコツなのかもしれない。だってクロ先輩はこんなに喜んでいるし。


「やめてっ! 俺のために争わないでっ!」


「「あんたは黙ってなさい(下さい)」」


 調子に乗ったクロ先輩がどこかのヒロインみたいな事を言い出す。僕と部長の反応を見ると、恍惚こうこつの表情を浮かべている。

 本当に窓から放り投げてやろうか。ダメだな。この変態はそれでも喜びそうだし。


「あ、あの……、私はどうすれば……」


「俺をぶって」


 困っている新入部員(になるかもしれない)の質問に答えるイケメンの先輩の図。

 あんたのそれは自分の欲望を言っているだけだろ。


「私が好きなだけぶってあげるわよ」


「あっ……、痛っ……! ここみちゃん、ビンタは上履きでするものじゃ……っ。いや、でもこれはこれで……」


 未だに椅子に縛り付けられたままのクロ先輩が部長にぶたれていた。上履きで叩くとあんないい音するんだな……。扉の方を見ると、福原が藤宮さんの目を手で覆っていた。良い判断だ。


「部長。それぐらいで……、藤宮さんもいますし……」


「それもそうね」


 部長はそう言うと、持っていたビニール袋をクロ先輩の頭にスッポリとかぶせた。えっ……? 死なない?


「ここみ先輩、それ大丈夫ですか?」


「大丈夫よ。空気穴は開けてあるから」


「なら大丈夫ですね」


 ちっとも大丈夫じゃ無い気がするんだが。福原も結構染まってきているな。

 というか、絵面えづらがヤバすぎる。紐で椅子に縛りつけられ、頭にはビニール袋。犯罪臭しかしない。


「え、えっと……、私は何で目隠しされてるんですか?」


「秋波ちゃんには刺激が強すぎるから」


「どういうことなの、福原さん……?」


「説明も面倒だから、藤宮さんにはそのままで話を聞いてもらうわね」


「えぇ……?」


 部長が藤宮さんの目を隠したまま説明を始めようとする。当然、藤宮さんは困惑しているが、この際仕方無い。クロ先輩(※十八禁)を視界に入れるわけにもいけないので、このまま押し切ってしまおう。


「この部活の名称はセンシティ部。表向きは文芸部を名乗っているわ。まあ、名前の通りセンシティブが集まっている部活よ。部員全員がセンシティブね」


「セ、センシティブ……? どんな部活名ですか?」


「センシティブのブを部活の部に変えただけよ」


「え……? あ、安直……。もっと良い部活名は無いんですか……?」


 それには僕も同感だ。どうでもいいけど、目隠しされたまま話を聞いている藤宮さんも中々の逸材な気がする。

 

 手で目隠しをする美少女と、目隠しをされる美少女、そしてその構図を見ながら淡々と話をする美少女。部長は少女って感じでは無いな。普通に美人。とにかく、こっちの景色も危険な匂いがする。むしろそれが良い。素晴らしい風景だ。

 

「うわー……、ヒロ君から幸せの匂いがしてくる……。気持ち悪っ……」


「あら広瀬はそっちの趣味もあるのね。BLだけじゃなくて」


「待って下さい。今聞き捨てならない言葉が聞こえたんですが」

 

 部長がとんでもないことを言い出す。なんでホモキャラにされてるの? あの、福原さんもシンプルな罵倒ばとうやめてくれませんかね? 

 僕は別に百合ゆりが好きってわけじゃ無いんですよ?

 隣に居るビニール袋を被ったイケメン(※緊縛プレイ中)を見るよりはよっぽど有意義だから、あなた達を見ているってだけなんですよ?

 嘘です百合は普通に好きです。尊いです。


「あ、あの……、それで話の続きは……?」


「あら、ごめんなさい。それでさっきも言ったのだけれど、藤宮さん、あなたにはこの部活に入って欲しいわ。というか、お願いします」


「それは良いんですけど……、この部活は何をする部活なんですか?」


 何 を す る 部 活 な ん で す か ?


 この質問に全員が黙り込む。勿論僕も含めて。


 そういえば、そうだわ。何をする部活なんだろう? 考えたことも無かった。今まで何してたっけ? 

 放課後部室に集まって、部長がクロ先輩をいじめて、クロ先輩が喜んで、あとは雑談ぐらいか。

 うん、何もしてねえわ。何だこの部活。


 そもそも僕がこの部活に入ったのは、今は亡き良太先輩(転校しただけ)に声をかけられたからなんだよな。良太先輩に会わなければ、この部活を見つけることすら無かったかもしれない。


「表向きは文芸部なんですよね……? なんか本の感想言い合ったりとか、書いたりとかするんですか……?」


 至極もっともな意見に部長が目を泳がせていた。この部活はどうやって存続してきていたの? てか、こっちに助けを求めないで欲しい。そんな目で見られても、何も言い返せないから。


「あ、あたし達がこの部活にいるということが、部活動なんだよ!」


 福原が薄い胸を張ってそんなことを言う。ドヤ顔で言うことじゃないだろ、それ。というかバカっぽい。


「そ、そうよ! 私たちがここにいること、それ自体が活動なのよ!」


 福原の発言に便乗するように部長も続く。あんた、先輩だろ。後輩にフォローされてどうすんだか。


「えっと……、つまりは何もしてないんですよね?」


「そ、それは、その……」


 部長は完全に言い淀んでしまった。チーム『慎ましやか』がゴリ押そうとするも、藤宮さんには勝てなかったようだ。勝敗は胸囲で決まる。世の中の不条理さをよく表わしている。

 藤宮さんもそこまで大きくは無いけど、質量を感じるというか、良い大きさだ。


「と、とにかくっ、活動実績が無ければ作れば良いのよ! だから、あの、藤宮さん……、入部してくれないかしら……?」


 いつもの毅然きぜんとした態度とは裏腹に、部長は歯切れが悪かった。なかなかのポンコツぶり。いつもこれぐらいなら可愛いのに……。いや、すごい美人ではあるんだけど。


「良いよ、ここみちゃん。世界で一番可愛いよ。ハァハァ……」


「僕も今だけはクロ先輩に同感ですね。って、え……?」


 ビニール袋を被せられている割にはやけにハッキリとした声だった。よく見ると、クロ先輩の口当たりにある部分のビニール袋は食い破られていた。この人、本当になんなん? 


「いやー、だよね。いつもツンツンしてるここみちゃんの戸惑うとことか可愛くて可愛くて……」


「いや、クロ先輩器用すぎません? どうやったんですかそれ?」


「ふっふっふ。俺には百八のテクニックがあってだね……。昔は口テクのヤバい奴と言われたこともあったよ……」


「昔から変態じゃないですか」


「そんなこと言って良いのかな? 知りたくないのかい? 相手を昇天させる口の使い方の方法を……」


「そ、それは僕も知りたいですけど……」


「じゃあまずはレロレロレロレ――あ、後ろ」


「へ? 後ろがなんです――へぶぅっ!? 痛い!?」


 突如、後頭部に強烈な衝撃を受ける。一瞬何が起きたのか分からなかったが、その後にくる鈍痛、そしてぐらつく視界。自分は今殴られたのだなと理解する。

 そして体が言うことを聞かずに前方へと倒れていく。そして床へとぶつかっていき、鈍い痛みが全身に回る。


「花ちゃん、広瀬を縛りなさい」


「分かりました」


 え? 分かっちゃダメでしょ、そこ。中学も一緒で同じ部活の仲間だよね? 優しい福原はそんなことはできな――ああ、これしっかり縛られてるわ。


 僕は手を後ろにされたまま縛られてしまった。なお、至近距離にいるクロ先輩は上履きによる往復ビンタを受けている模様。縛られる方がマシだなんていう状況は今後経験したくないものだ。。

 もちろん、福原による藤宮さんの目隠しも解除されてしまったため、この場面はしっかり見られている。これで僕は明日から口を聞いて貰えなくなるんだろうな。

 そもそも藤宮さんが部活に入るかも謎なんだけど。


「じゃあ、私たちは帰るわね。お疲れ」


「じゃあねー」


「えと……、その、さようなら……」


 折檻を終えた部長は、女子達を連れて部室を出て行ってしまった。ご丁寧に鍵まで閉めて。どうやって出れば良いんでしょうか?


 後ろ手に縛られて地面に転がされた僕と、椅子に縛り付けられたクロ先輩と二人っきりになる。この場面、どっからどう見ても事件現場。


「奏多君」


「なんですか?」


「二人っきり、だね……」


「最低だ!」


 こんな台詞せりふ、一度でも良いから女子に言われたいだけの人生だった。


 結局、一時間経っても助けが来ることは無かったので、縄飛び用の紐をロープ代わりにして、窓から外階段へと降りて脱出した。


 部室の立地にこれほど感謝したことは無いだろう。四階で校舎の一番端だったのを今まで不満に思っていたが、まさか外階段が近くにあるとは……。

 さらに、もう一つ。縄飛び用の紐は意外に丈夫なんだなということも実感した。もう二度と使いたくない。


 









 



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