第1話 廃部の危機は突然に

「い、いきなりどうしたんですか部長。とりあえず落ち着いて下さい」


「あら、説明が足りなかったわね」


 艶やかな長い黒髪を揺らしながら、部長が息を整える。端正な顔はには眉間にシワが寄り、少し乱れていた。それでもこの美人ぶり。


「それで廃部って……?」


「そのまんまの意味」


「でも最低部員数の五人は満たして……、あ」


「そう。良太先輩が一週間前ぐらいに転校しちゃったでしょう? 今の部員数は四人だからね。そんで私が生徒会に呼び出されてこのままだと廃部になるって。一週間以内に新たな部員を見つけないといけないらしいわ」


「そんなご無体な……」


 良太先輩は三年生で部長の一つ、僕の二つ学年が上の先輩だ。センシティブで少し先の未来が見えるらしい。今はもういないけど。


「だから早くセンシティブの人を探さないと。広瀬のその能力でパパッと探せない? 『あなたはセンシティブですか?』とか質問したら、嘘か本当か分かるでしょう?」


「人を嘘発見器の如く使うの止めて下さいよ。一応この部活、表向きは『文芸部』ですし、一般人でも良いのでは?」


「だめよ。センシティブを探さないと。ここは良太先輩の一つ上の代が立ち上げた、由緒正しい『センシティ部』なんだから」


「由緒正しいならその俗な部活名を名乗るの止めましょうよ……」


 部長は僕がセンシティブであることを知っている数少ない一人だ。というか、部長

もセンシティブなのだが。


 城山しろやまここみ先輩。それが部長の本名だ。『触れたモノの感情が分かる』という能力をもったセンシティブ。クールな外見とは違って名前は可愛らしいが、そんなことを本人に言うと口撃こうげきされかれないので勿論黙っておく。


 そして文芸部、またの名をセンシティ部。それが僕の所属する部活だ。この変な名前の通り、部員が全員センシティブという奇妙な部活だ。なぜ表向きは文芸部かというと、自分たちがセンシティブであることを知られたくないため。


 僕と同年代だとセンシティブの割合は一パーセントほど。学年に三人居れば良い方だろう。超少数派だ。だから僕たちはセンシティブであることを隠す。知られれば気味悪がられるだろうから。


 まあ、自分がセンシティブであることを隠さないという例外も居るが。


不穏ふおんな会話が聞こえたから来たよ」


「不幸な匂いがしたので来ました」


 閉ざされていた部室のドアが開き、女子と男子が入ってくる。勿論ドアは閉め切っていたから、声が外に漏れることも、ましてや匂いが漏れることもないだろう。なんでこの二人がタイミング良く入って来たかというと、二人ともセンシティブだから。


 福原花恵ふくはらはなえ、僕と同じ学年の一年生女子。『幸福度が匂いで分かる』とかいう能力を持っているらしい。肩までの茶髪を緩くサイドーテールにした髪型。

 ふわふわした雰囲気で顔も可愛いがどこかバカっぽい。それもこれも、福原の口癖が『みんな幸せが一番』だからだろう。コミュ力高いお花畑で、自分がセンシティブであることを公言している不思議な女子だ。

 実は中学が一緒でその時から有名人だった。話すようになったのは高校からだが。


 もう一人は、黒川くろかわ察斗あきと先輩。部長と同じ学年で副部長。能力は『地獄耳』だそうで、小さな会話も聞き逃さない。陰口なども聞こえてしまうようだが、本人的にはご褒美らしい。要するにドMの変態。

 茶髪で見た目はでイケメンそのものなのに、残念な人だ。自分がセンシティブであることを楽しめる、そのメンタリティだけは見習いたい。


「ねえねえ、ここみちゃん。廃部ってどういうこと?」


「名前で呼ぶな、クロ」


「ここみ様! もっと犬っぽく呼んで!」


「ええっ! 廃部ってどういうことですか⁉ ここみ先輩!」


 この二人が来るとあっという間に騒がしくなるな。クロ先輩は相変わらず良いジャブを放ってくる。この発言が嘘だったら良いのだが、残念ながら本音らしい。ただの変態である。


「そのまんまの意味ね。広瀬にはさっき説明したけど、良太先輩が転校したから部員が減ったでしょ。一週間以内に新たな部員を見つけないと廃部にするって、生徒会長に言われたわ」


「いきなりだね……。俺的には理不尽な良いプレイだと思うよ」


「ややこしくなるんで、クロ先輩は黙ってもらっていいですか?」


「いいね。奏多かなた君のその蔑んだ目。最高だよ」


 本当に黙って欲しい。この人なんなん? 話しかけても喜ぶし、無視をしてもそれはそれで喜びそう。ドMって恐ろしい生き物なんだなと改めて思うわ……。


「でも部長、センシティブを見つけるのってツチノコを見つけるより難しくないですか?」


「それはどうにもならないから各自の能力でなんとかして」


「結構厳しいと思いますけどね……」


 センシティブは自分の存在をひた隠しにする。バレたところで解剖されるわけでもないが、確実に周囲の目は変わる。

 福原のような能力ならバレてもそこまでは問題はないだろう。しかし、俺含む三人の能力は人の感情や会話を覗き見るような能力だ。誰だって知られたくないことや聞かれたくないことはある。それを暴かれるのなんて誰でも嫌に決まっている。

 周囲の人間は僕らの能力を知ったら、間違いなく僕らを排除したがるだろう。


 だから僕たちは周りに悟られないようにヒッソリと生きていくしか無いのだ。そう、ダンゴムシのように。ダンゴムシってなんか可愛くない? 決してワラジムシでは無い。


「奏多君、大丈夫だよ。俺頑張るから」


「クロ先輩が頑張るって言うと、犯罪臭しかしないんですが」


 クロ先輩の能力も能力だからな……。やっていることは盗聴そのもの。プライバシー保護なんてあったもんじゃない。お巡りさんこっちです。


「あたしも頑張るから! ヒロ君も一緒に頑張ろ!」


「福原の能力は人探しには向かないと思うぞ」


「そこはまあ……、なんとかなるよ!」


「ハッピーだな」


「なんかバカにしてない⁉」


 恐ろしいほどにポジティブな子。それが福原。能力には期待してないけど、コミュ力は高いのでそっちには期待できるかもしれない。唯一センシティブであることを公言している奴だから、センシティブを探していてもなんら不思議じゃ無いし。

 

 ただ問題なのは、こちらが探していることを勘づかれると相手はより隠れようとするところだろう。そもそもこの学校にセンシティブがまだいるのかすら分からないのだが。


「じゃあ、これから一週間の活動内容はセンシティブ探しっていうことで。解散!」


 部長が締めくくって話が終わる。僕は慌てて弁当の蓋を閉めて、部室を出た。果たして人探しは上手く行くのだろうか。期限までは後七日。


 












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