六話

 真っ暗な山道を俺たちの車は進んでいく。

 この山道は〈秋桜〉の本部へ向かう道である。本部もまた、山中の目立たないところにあった。

 建物が見え、車はスピードを落とした。看板には「フカザワ製薬 研究所」と書かれている。〈秋桜〉の資金源である。

 施設のゲートに、警備員らしき人物が立っている。ウルフが窓を開けて、その警備員と何か話した。一瞬俺の名前が聞こえた。それから何枚かのカードを警備員に見せると、ゲートが開いた。

 「そのカード、一人一人にあるのか?」

 後ろから覗き込むと、カードにはそれぞれの顔写真が貼ってあり、身分証明書のようなものだとわかった。

「うん、会員証明書だよ。イツキくんも今日作ってもらえると思うよ」

 助手席の隊長が答えた。ウルフがその隊長にカードを全て渡した。

 車は地下に潜っていった。地下駐車場にはすでに色々な車が停まっていた。俺たちは車を停め、さらに下に続く細い階段を下りていった。すると、集まった人間でいっぱいの広間が現れた。

「おお……! これ全員、〈秋桜〉の会員なのか?」

「そうだよ~」

「変なやつばっかだぞ」

 黒狐がニヤリと笑う。言われなくても十五番隊ですでに変なやつ揃いだ。俺が広間を見渡していると、女の子がこちらに走ってくるのを見つけた。

「ふーーーまーーーー!」

「あ、アヤメちゃん。久しぶりぃ」

 アヤメは隊長にジャンピングハグ。俺はそのショートカットの元気な女性に釘付けになった。

「あれ? この人は?」

 アヤメが俺に気づいた。俺はその明るい目に見つめられてどきりとした。

「イツキくんだよ。この前に新しく隊員になったの」

「そーなんだ! 私アヤメって言うの! 十四番隊の隊員だよ! よろしくね!」

 アヤメは俺の手を掴んで上下にぶんぶん振り回す。俺はしばらくの間石のように固まって、そのあと重い口を開いてやっと「よ、よろしく」と言った。アヤメは「あ、フーマ、この前言ってたやつ持ってきたよ」と隊長に袋を渡して、「他にも用事あるからまた後でねー!」と去っていった。まるで嵐のようだった。

「僕らは十四番隊と仲良いの。お互い遊びに行ったりしてるよ。……だから心配しなくてもたくさん会えるよ」

 隊長は横目で俺を見てニヤッとする。

「……はっ!? な、なんの話だ!」

 音を立てて心臓が跳ねる。顔が熱い。話題を逸らそうとして俺はさっきから気になっていることを訊いた。

「お前、フーマって名前なのか?」

 隊長は渋るようにゆっくりとうなずいた。

「まぁ、ね。自分の名前嫌いだから、十五番隊のみんなには隊長って呼んでもらってるけど」

 なんだか新鮮な感じがした。よく考えれば、十五番隊はほとんどみんなコードネームで呼びあっているから、本当の名前が何なのかわからないメンバーがいる。みんな本名より、コードネームのほうが気に入っているのかもしれない。

「隊長」

 後ろからウルフが声をかける。こいつも本名不明者のうちの一人だ。腕時計をトントンと叩いていた。

「会議の時間だが」

 隊長は「あー」と気の抜けた返事をした。

「僕らこれから会議に出るから、イツキくんはその辺でぶらぶらしててね。半時間かかる予定だよ」

 それじゃ、と隊長はスキップで行ってしまった。

「ぶらぶらって、俺ら来た意味あんのか……?」

 横にいる黒狐に話しかけたつもりだが、周りには誰もいなかった。首をかしげ、キョロキョロと周りを見渡すと、黒狐は遠くで別の隊の女性に絡んでいた。

 俺はひとりポツンと残されて、手持ちぶさたであった。すると後ろから声をかけられた。

「おい、アヤメどこにいるか知らねぇか」

 振り返って、視線が空中を素通りしたので驚いた。車イスに乗った男がいた。

「なんだお前。初めて見る顔だな。新入りか?」

 男は舐め回すように俺を見る。

「どこの隊だ?」

「はぁ。十五番隊です」

 すると男が細い目をちょっと見開く。

「十五番隊? 珍しいな。……いや、フーマに無理やり連れて来られたんだな。そうだろ?」

「まぁ……そんなところかな……」

 俺は言葉を濁した。

「アイツは無茶なことするからな。あ、言い遅れた。俺はヤナギだ。ヤナギっていうコードネームだ。十四番隊の副隊長をやってる」

 ヤナギは俺にうなずく。

「俺はイツキ」

「コードネームは?」

 そういえば、まだ決まってなかった。俺は首を振る。

「まぁ今日決めるんだろうな。フーマのネーミングセンスは……なんというか、アテにしない方がいい」

 ヤナギは苦笑する。俺もつられて苦笑いした。

「ところで、アヤメってわかるか? 俺んとこの隊員なんだが……」

「ああ、さっき隊長に何か渡してどっか行った」

「そうか。なら探しに行くか」

 ヤナギは腕で車輪を回す。予想以上に早くて、置いていかれそうになった。

 賑やかな広間の雑音を退けるように、大きな時計が鳴り出した。ヤナギがちらりと時計を見る。いつのまにか真夜をまわっていた。

「会議が始まったな」

「副隊長は行かなくて良いのか? ウルフは隊長と参加しに行ったけど」

「副隊長は、隊長が何かしらの事情で行けないときに行くもんだ。お前んとこの隊長は頭が弱くて心配だから、毎回副隊長が付いてるぞ。実際会議中に寝てるしな、フーマは」

 容易に想像できる。なんであの隊長が隊長をやってるんだろう……と何度思ったかわからない。

「あ、いた。アヤメ!」

 ヤナギが呼ぶと、アヤメが現れる。人混みに紛れていてわからなかった。

「あ、置いていってごめん。……あれ? イツキじゃん! ヤナギを連れてきたの? ありがとー!」

「あ、べ、別に連れてきたとかじゃなくて……その、ついてきただけなんだけど」

「本部に来るたびに調子に乗らないでくれるか? 探すのに苦労するんだぞ」

 ヤナギが厳しく言うと、アヤメがぺろりと舌を出す。ヤナギは呆れているが、俺はその仕草を食い入るように見つめていた。

「アヤメちゃん、何か用事なの?」

 それまでアヤメと話していたらしい人物が顔をのぞかせる。

「やや! これはこれはウワサの新人さんではないですかっ!」

 鳥人だ。背が低くて、雀っぽいかわいらしい顔をしている。

「イツキくんですな! 私はミツハと申します。十二番隊、コードネームは『フグ』です!」

 ミツハはピシリと敬礼。思わず俺は、

「雀なのに、なんでフグ?」

と訊いてしまった。アヤメが吹き出す。ヤナギが「答えてやれよ、おばはん」とニヤニヤ笑う。

「おばはんじゃないですー。十二番隊のコードネームはみんな魚で統一してるからなのです。十四番隊は植物、十五番隊は幅広いですが、動物ですな。例えばフーマはそのまま『龍』で、他にも鳥の名前のメンバーもいましたな」

 鳥の名前? 誰かいただろうか。

「十一番隊は『技術工作班』と言って、機械に詳しい人ばかり集めた隊で、コードネームが道具の名前に統一されていたり。そう言えば、隊と班の違いはわかるのかな?」

「いや、何も説明は聞いたことない」

「やっぱりですな。……『隊』はそれぞれの部隊のこと。『班』は部隊の特徴みたいなもんかな。『暗殺専門班』と言ったら暗殺しかしない部隊だよーってこと。実質それぞれの班に一つの隊しかないから、始めから『暗殺専門隊』とか言っちゃえばいいんだけどね。なぜかそんなややこしいことになってるのだよ」

 わかったようなわからないような。

「まあそのうちわかる。今はわからなくても」

 ヤナギがポンと背中を叩いてきた。アヤメがウンウンと首を縦に振る。

「もし他にわからないことがあったら、何でもきいてね! どうせ今みんな暇だし! いくらでも語るよ!」

 かくして俺は会議が終わるまでの時間を過ごした。〈秋桜〉には会員が約三百人いること、特別に開発した薬のこと、〈秋桜〉の会長がどんな人か、などいろいろな話をきいた。しかし、どうしてもわからなかったことがあった。

「フーマがなんでここに来たか? いやぁ、五年くらい前に〈秋桜〉に来たってことくらいしか知らねぇな」

「ウルフも同時だったよ。というか二人でここに来たらしいよ」

「それまで何をしていたのかは私も知らないですな。そういえば、噂も全く聞きませんね」

「そうか……」

「何故にそんなことを知りたいと思ったんだ?」

「いや、隊長ってなんか……ときどき含みのあること言うから気になって」

 それに、前に見せた、あの空虚な目が怖いのだ。その目には何か、嫌なものを隠している気がする。隊長が心の中に隠し持っている闇のような。

「アイツなー。意外と秘密主義だもんな」

「自分のことをあまり語らない人なんて、〈秋桜〉にはたくさんいるけど、自分から言わなくても割りと噂は聞くもんね。誰かがうっかり漏らしてしまうとかで。イツキのこともどっからか流れてきたもん」

「ま、マジかよ」

 別に知られたところでどうってこともないが……。

「〈秋桜〉内部じゃそれくらいガバカバ。会長がわざと流してるんじゃないかって言われるくらい。それでいて何もわからないって謎だよね」

「あ、辛うじてヨウイチは元々軍隊にいたっていうのは聞いたことある」

「ヨウイチ?」

「ウルフのことだよ。本名が『ヨウイチ』っていうらしい」

 これはなかなか面白い情報だ。今度わざとヨウイチって呼んでやろうか。そしたらどんな顔をするんだろう。

「そろそろ会議終わるんじゃないか? あ、誰か出てきた」

 ちょうど広間の時計がまた音を立てる。大会議室から、おそらく各隊の隊長であろう人たちがするする出てくる。その流れを押し退けるようにして、十五番隊の隊長が走ってきた。

「イツキくん! こっち来て!」

 腕を思いっきり引っ張られて大会議室のほうへ連れていかれる。「いてぇ!」と叫んでも、ちっとも力は緩まなかった。こっちを振り返る人がたくさんいたが、俺は構わずイタイイタイと叫び続けていた。


 丸い大きなテーブルの向かいに、大柄な男と猫人の女が俺たちを待ち受けていた。

「どうも初めまして。俺は〈秋桜〉の会長の深澤だ。こっちは秘書の安藤」

 猫人は細長い体躯を折り曲げてお辞儀をする。会長はごつい手で机の上の書類を拾い上げた。

「さっそくなのだが、ちょっとした書類を書いてほしい。会員証明書の発行に必要なのでな」

 会長はテーブルを回って書類を持ってきた。渡された書類には、フルネームや年齢、出身地を書く欄があった。隊長もこれを書いたんだろうか。そう思って隊長を見ると、さっきアヤメからもらった袋の中身を出していた。

「うわっ、いっぱいある! やった! みんなで食べれるよ!」

 どっかのお土産らしい。おそらく有名なやつだ。だけど俺の苦手なつぶあんが入っているようだ。

 書き終わった書類を渡すと、会長は一旦部屋から出ていこうとした。しかしドアの前でピタリと立ち止まる。

「お前のコードネームは?」

「決めてません」

「あ、忘れてたね」

 少し考えたが何も出てこない。動物縛りか。

「他の人と被ってなくてー、イツキくんに似合うやつ……」

 隊長はぽんと手を打つ。

「『狐』とかどう?」

「どこが似てんだよ」

「つり目」

「あのさぁ……。てか黒狐と若干被ってるし」

「あの人半分本名だからいいんじゃない?」

「理由になってねぇよ!」

「じゃあ『狐』でいいや。なんとなく剣士ぽいし」

 隊長は勝手に会長の持っている書類に書き足してしまった。

「では証明書を作ってくる」

 会長はさっさと部屋を出ていく。思わず「ぅおい!?」と引き止めようとしたが、会長は帰ってこなかった。

「いやぁ、あんなの適当でいいんだよ。適当。僕だって龍だよ? 『龍』。そのまんまでしょ。決めたの会長だけどさー、あまりにもヒネリがないよね」

「……そんなもんなのか?」

「こだわる人はいるけどね」

 できれば俺もこだわりたかった。どうせならもうちょっとかっこいい名前をつけたい。

「できたぞー」

 予想より早く会長が戻ってきた。新品で表面がツルツルのきれいなカードを渡される。

「写真は後で撮影したやつを貼っておいてくれ。任務時と、ここ、本部に来るときは必ず持ってこいよ」

 ライトの光を反射して、カードは白く光る。やっと正式に、〈秋桜〉の一員になれたことを祝うように。別に嬉しくはないが……。

「良かったね、イツキくん! 本部にいても敵と間違えられて殺されちゃうこともないよ!」

「なんて物騒な冗談なんだ」

「冗談じゃないよ? 一回あったらしいから。新人くんが殺されちゃったって」

「……うそだろ」

 背中を汗がつたう。このとき俺は初めて「ヤバイところに来てしまった」ことを実感したのだった。

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