第5話 ボージャ将軍

 革命評議会の一員にして革命総軍本部作戦事務局次長のスーリム・ボージャ中将は自らの執務室で息子の戦死報告を受けていた。

 

「ユーリが死んだ?」


 息子と異なり、白髪交じりの茶髪と深い皺が走る顔面は見るものに年齢を重く感じさせる。

 小柄で、息子のユーリ・ボージャ中尉と血の繋がった親子であるとは誰も思わないだろう。

 それも当然で、スーリムとユーリの間に血の繋がりはない。

 ユーリはスーリムの妻の連れ子だったのだ。

 親子間の折り合いも悪く、ユーリは軍人として優秀とも言い難かった。

 それでも、息子である。スーリムは口の前で合わせた両手を固く握った。

 

「詳細を……教えてくれ」


 妻になんと告げるべきか。スーリムは悲嘆にくれる愛妻を思って気が重くなる。

 スーリムに報告する老人は表情の一つも動かさず、手元の書類を読み上げた。


「傍らで目撃しておりましたガイガル軍曹の発言によりますと、ボージャ中尉は作戦終了後、確保した通称『聖女』ニナを射殺しようとしたとのことです」


「バカな、生け捕りが任務のはずだぞ」


「あくまでガイガル軍曹の所感です。真実は不明でありますが、他に目撃者がおりませんので、こちらをお聞きください。ボージャ中尉は『聖女』の処刑を指示。しかし、これに特殊兵のアスロが反対したため、こちらも抗命の咎により処刑しようとしたとのことです」


 スーリムは顔をしかめる。

 各独立名誉小隊に組み込まれる特殊兵は部外秘の秘密兵士である。

 通常の規格に沿わない技能を持つ者たち。

 突然変異のように明らかに人類の枠からはみ出たような者から、一発芸の様な特技まで、程度は様々であるがいずれも特殊性を織り込んで独立名誉小隊の活動の根幹をなしている。

 スーリムはそのすべてのデータを脳内に納めていた。

 ユーリにつけていたのは『知恵ある虎』アスロだ。

 いかなる奇跡か、はるか極東の部族には極稀に虎の能力を持つ子供が生まれるのだという。その伝承を頼りに探し当てたアスロはまさに虎の子の兵士だった。

 幼少期からの思想洗浄により体制に従順な兵士として育てられ、戦闘能力も従順さも十分。だからこそ息子につけた。


「中尉はアスロに対し軍籍剥奪を宣言し、射殺しようとしたところ……」


 上司の憔悴を感じ取ったのか、老人はそこで口を閉じた。

 

「……大馬鹿者め。私はユーリに、アスロに対しては寛大に接しろと伝えた。そうすればあの虎人は命を懸けても息子を守ったはずだ」


 しかし、そうはならなかった。原因ははっきりしている。

 ユーリは義父の言うことなど聞きたくなかったのだ。

 そうして、スーリムも息子にいろいろなことを押し付けた。本人の希望を無視して前線から遠ざけたのもそうだ。そもそも軍学校に放り込んだものスーリムの独断によるものである。

 どれもこれも、せめて父としての責務を果たそう。そう思ったゆえの行動だった。しかし、それらがユーリの心をむしばんでいき、スーリムがなにかしようとすればするほど、親子間の亀裂は修復不能なものになっていった。

 

「作戦中の死亡ということで軍本部には報告をいたしますが、よろしいですね?」


 老人は確認するように聞き、スーリムは頷く。

 他にやりようがあるはずもない。


「アスロの追跡はどうなっている?」


「まだ、なにも。つい先ほど、報告を受けましたので」


 老人は片眉を吊り上げると、そうつぶやく。


「他の独立名誉小隊を差し向ける。第三小隊の現任務を凍結し、それに充てろ」


「了解しました」


 老人は恭しく頭を下げ、部屋を出ていき扉が閉められる。

 執務室に残されたスーリムは、二十年にわたって息子だった男の思い出に浸り、静かに泣いた。


 ※


「虎なのに狩りが出来ないんですね」


 ニナが二匹のウサギをさばきながら言った。

 剥がれていく皮と切り出される肉。それはニナが捕まえたものだった。 


「聖女なのに君は狩りが得意なんだな」


 薪を運んできたアスロは皮肉を返す。

 場所はとある山の中腹で、小川のほとりである。

 川沿いの小さな廃集落に身を隠して、五日が過ぎていた。

 国内では革命に際し、都市部以外の住民は大部分が大規模農場に送られており、この集落もその一つらしい。使い捨てられた鍋と、火打石、かまどのおかげで食事の準備が大いに助かった。

 それに朽ちかけているとはいえ、屋根と壁は雨風を防いでくれる。


「私たちは食料の配給なんてありませんからね。自分たちで調達しないと……」


 錆びた金属片を見つけてきて、自作した包丁でニナは調理をしている。

 傍らの空き缶に血を溜めているのは調味料代わりだろう。

 というよりも、小動物の捕獲から食べられる山野草の判別まですべてニナが行っており、アスロには薪を拾ってくるくらいしか出来ることがなかった。

 集団食堂での食事がアスロの脳裏に浮かぶ。

 三級市民とはいえ軍人である。味は良くないが、塩ゆでしたジャガイモは腹いっぱい食べることが出来た。

 作戦行動中はそれに砂糖も付く。アスロはジャガイモに砂糖を掛けてむさぼるのが好きだった。

 思い返すだけでよだれがわいてくる。

 人民は役割を全うし、社会を支えるのだ。そうすれば少なくとも飢えない。

 それがどうだ。無法の山野では腹いっぱい食えない。生活物資も不足している。

 腹が鳴り、みじめな音とともにアスロは座り込んだ。

 これが革命に反抗した者の末路だろうか。


「そんなに不満そうな顔をしないでくださいよ」


 ニナはそう言うのだけど、しかし空腹だけはいかんともしがたい。

 普段から大食を誇るアスロの空腹は痛いほどに身をさいなんでいた。

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