相手になりたい 第8話

「最初に叫ぶことで、居場所を知られる代わりに力を得られるかどうか選べるんだけど、解放されてる力がないから選ばないでおくね」

「それってどうやったら解放されるの?ちょっと怖いんだけど」


 怖いのはハコオンナの能力なのか、それともチヒロの嬉しそうな笑みなのか、どちらなのか問いかけているハル自身もわかっていないのだろう。


「力の解放はみんながめくったチップに書かれてるよー。始める前に選んだのだけは使えるんだけど、使うためにはこれをセットしないと使えないの。なのでここでハコオンナの力をセットします」


 そう言ってチヒロはハコオンナが書かれた大きなチップの左にカードを伏せておいた。そして反対側右の方にも置ける場所があることに気がつく。


「もしかして、反対側にもハコオンナの力をセットできるんですか?」

「そう!小室さんの言う通り力はふたつセットできます。まあ、この時間はひとつだけだけどね。さてと最初だから読むね」


 そう言ってチヒロは説明書を手に取るとまた、低い声で読み始めたんだ。


「館のどこからか聞こえた、何かを引きずるような音に、君たちは息を飲んだ。その刹那、闇が周囲を包む……さあ、目を閉じてください」


 言葉を発する事自体に抵抗を覚え、素直に目を閉じてしまう。そこにあるのは真っ暗な世界。ここがセカンドダイスであることを度々忘れさせるこのチヒロの進行はすごいのかもしれない。


 ガサゴソと誰かが動いている気配だけを感じる。間違いなくチヒロなのだけれど、本物のハコオンナが想像できしまって、鳥肌が立つ。


「えっ。ちょっとまってよ。チヒロ何してるの」


 不安そうなハルの声がその証拠だ。ボードゲームをしているとは思えない声の出し方だ。


「ハコオンナが動いてるんだよ。怖いからって目を開けちゃだめだからね」


 言われなくても開けられない。恐怖が勝っている。こんな昼間っからこんな気持ちにさせられるなんて思いもよらなかった。


「はい。開けていいよー」


 しばらくしてからチヒロの合図とともに目を開くと、真っ先にチップが動いているかどうか確認するがパッと見ではわからない。当然のようにいくつかチップを触った後があって全部カモフラージュかもしれなかった。


「えー。最初に赤い部屋にいたなら隣かもしれないってこと?」


 ミツルが確認するようにチヒロに問いかける。チヒロと敬子がいる居間は浴室を挟んで赤い部屋と繋がっている。チヒロが浴室にハコオンナを移動させたとしたらもうすぐそこまで迫っていることになる。


「さて、どうでしょう。物音チェックを最初から始めるよ。ハルが失敗したから今度はミツルからだね」

「えっと、力がセットされたままだから使ってない。使ってたらこの部屋にいてもおかしくないんだよね。確かそういう効果があった気がする」

「うん。あるね。でも今回は使ってないからそこにはいないはずだよ」


 余裕そうなチヒロと必死なミツル。もともとハコオンナが有利そうなのだが、それにしてもこの構図は本当にホラー体験をしているみたいだ。


「と、とりあえずはディスクを積まないとね。最初だから簡単だよね」


 そう言ってディスクを持つミツルの手は震えている。


「大丈夫ですよ。勢いが大事です」


 だから自然と励ましの言葉が出た。


「小室さん。ありがとうございます」


 ミツルは深呼吸すると思い切ってディスクを物音チップの上に置いた。


「よしっ」


 小さくガッツポーズをしたミツルはその勢いのまま居間にある物陰をじっと選んでいる。居間にあるのは3人がけのソファの下。高そうな花瓶の中。蓄音機の中。の3箇所だ。まったくもってどれもこれも怖い印象を受ける言葉ばかりだ。


「物陰を覗きます。蓄音機の中で」


 そう言ってミツルがチップを反転させる。


「イツワリノコエのチップだね。これでハコオンナの力がひとつ解放されたよ。アイテムを使ったときの質問が正しく帰ってこないことがあるって効果だね。例えばだと小室さんのポックリさんの質問の答えが違うこともあるってこと」


 ポックリさんの効果は部屋を指定してハコオンナがその部屋にいるかどうかを質問できるというものだ。ただし、おんなじ部屋に誰かがいないと行えず、ハコオンナがいた場合は死んでしまうというもの。この部屋にいないのがわかっているうちに使ってしまいたい衝動に駆られてくる。


「じゃあ次、小室さんの手番ですね」


 ミツルが物音チェックをしろと言わんばかりにディスクを手渡してくれる。それが重圧に感じる。


 積むこと自体は苦手ではないみたいで今回もなんなくこなすことができた。


「ポックリさん使いたいです。これ何度でも使えるんですよね?」

「使えますよ。だれかと一緒にいるって条件さえ揃っていば大丈夫です。まあ、なのでその分リスクがあるんですが」


 リスクというのが同じ部屋にハコオンナがいたら死ぬということだろう。今はいないはずなので安心して使える。解放された力もカードとしてセットされてないと使えないと言っていたし、早めに一度使っておきたくなったのだ。


「じゃあ、浴室にハコオンナはいますか?」


 一番いて欲しくない場所を指定する。ここでいなかったらこのまま捜索を続けるし、いるようなら次に動いたときに逃げようと思ってのことだ。


 じっとチヒロの反応を待つ。その僅かな時間の間ですら、緊張感が漂う。そしてチヒロはゆっくりと頷いたのだ。


「えっ。こわっ」


 ミツルが隣の浴室にある物陰をまじまじと見つめている。いや、ミツルだけではないハルや敬子もだ。浴室の物陰はふたつしかない。水の張った浴槽と古い洗濯機の洗濯槽だ。そのどちらかにいるという。


「怖いですね」


 想像するだけで怖くなってしまった。できればあの部屋に入りたくないと思ってしまう。


「さ、次はハルだね」


 ハルは難なく物音チェックをこなすと1Fホールから食堂へと移動。続くミツルも無事に行動。居間にある高そうな花瓶の中を覗き込み弱点かもしれないアイテムのひとつ錆びた鎖を手に入れた。


「じゃあ、次は小室さんですね。物音チェックは5つまで。失敗したらもちろんだけど、成功してもハコオンナの行動になります」

「ええ。じゃあ無理に頑張らなくてもいいってことですか」


 敬子がそう言った瞬間、なんだか妙な空気が流れた気がしてよくわからないまま慌ててしまう。


「ええと、そんなことはなくて。失敗すると行動できなくなっちゃうので、頑張って最後の1個積んでくださいね」

「ああ。そうですよね。失敗したら手番がパスされちゃうんでした。頑張りますね」


 ディスクを受け取る。赤いディスクの突起は先程とは違って土台に付いている突起とは反対側に置かれていて、なんならディスク自体は今、水平に見える。

 これなら大丈夫そう。そう覚悟を決めてゆっくりと黒いディスクを置いた。


「おー」


 ふたりの感嘆の声に緊張がほぐれる。この瞬間がたまらなくなってきているのがわかる。

 さて、どうしたものかと思考を巡らせる。となりの浴槽までハコオンナは近づいてきている。今いる居間のめくっていないチップは3人がけのソファだけだ。ハコオンナはまだ動けていないので覗いてしまってもよさそうに思える。でも、ここから一刻も早く離れたい気持ちもある。


「の、残りのひとつを覗き込みます」


 言った、勇気を出して言ってやった。


「じゃあ、めくってください。おっと、さっきの錆びた鎖の弱点チップですね。これで錆びた鎖が弱点でないことが確定しました」

「えー。じゃあさっき手に入れた鎖は無駄ってこと?」

「そうだね。弱点チップはこっちに隠し持っているやつなので、めくったときに出てこないやつってこと」


 つまりは拾ってあるガソリンはまだ弱点である可能性があるってことだ。こうやって、順番にハコオンナだけが隠し持っている情報を公開していくのが大事なのか。

 ようやくやるべきことがわかってきた気がして、少しだけワクワクし始めていた。

 

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