16.悪魔と小悪魔後輩


  


 それが起こったのは紅葉がブティック内にて、実樹を試着室に連れ込んだ瞬間だった。

 

 遠くからそのことを確認していたさくらと百合が、目の色を変えて立ち上がる。


「うーん、もう潮時かな。行きましょっか、百合ゆり先輩。早くしないとあの二人がくっついちゃいますよ」


「……うん」


 さくらが悪戯いたずらをたくらむ子供のように笑って、うつろな瞳をしている花咲百合を誘う。

 

 

 そんな二人の少女を遠くから見ていた勇者リヒトと、天使セリス。異変にいち早く気づいたのは、セリスだった。セリスがその気だるげな表情を真剣なものに引き締めて、バッと天井を見上げる。


「リヒト……っ! 悪魔が居る」


「っ!?」


 セリスの声にリヒトもまた臨戦態勢に入り、腰に聖剣を呼び寄せ、いつでも抜けるように構える。



「――アモデウス、お願い。予定通りにね♪」


 さくらが誰も居ない虚空を見上げ、誰かに呼びかけるようにそう呟いた。


 

 それを合図に、ショッピングモール内の雰囲気がガラリと変わる。


「チッ――」


 セリスが舌打ちをして、背中に翼を生やし辺りを警戒し、リヒトは床を蹴って、離れた距離で怪しい動きをしているさくらたちの元へ接近しようとする。


 だが、リヒトがさくらの元へたどり着く前に、ガタンと大きな音が響いて、ショッピングモール内の照明が一斉に消えた。


「っ!」


 むせ返るような甘ったるい香りがその空間に充満し始めて、周りにいた人が次々に意識を失って倒れていく。


「な、なんだ――っ!?」


 リヒトがすぐ隣で倒れた女性を抱き上げて、「大丈夫か!?」と呼びかける。

 しかしその女性は気を失ったまま起きる気配はない。呼吸はしっかりとしていたので、命に別状はなさそうではある。

 だが明らかに異常事態だ。


「悪魔の仕業だな……! 隠れていないで出てこい!」


 リヒトは聖剣を抜いて、天井をにらみ上げながら、怒りを孕んだ声でそう叫んだ。

 

 そんなリヒトの呼びかけに答えるように、ショッピングモールの天井に大穴が空いた。唐突な爆発音が大気をビリビリ震わせて、風圧が吹き荒れ、あちこちに瓦礫が飛び散る。その鋭い破片たちは、周囲で意識を失っている人たちに今にも襲い掛からんとしていた。

 

「――セリス!」


 リヒトがセリスの名前を叫ぶ。するとセリスが背中の翼を広げ羽ばたき、宙を舞った。宙に浮くセリスは、周囲に飛び散っている瓦礫を煩わしそうに見渡すと、目をつむって静かに唱えた。


「――《止まれ》」


 ソレはこの空間において特異の存在であるセリスという天使が、理を支配して、場に命令を下すための『言霊まほう』だった。

 セリスに命じられた瓦礫は、倒れている人たちにぶつかる前にピタリと停止し、誰も居ない床に静かに落ちる。

 それを見てリヒトが安心した次の瞬間、穴の開いた天井から、蝙蝠のような二対の羽を羽ばたかせて、桃色のツノが生えた少女が降りてきた。先がとがった長い尻尾も窺える。


「キャハッ、キャハハハハッ!! フフッ、フフッ、フフッ、ウフフフ! キャハハッ! 勇者ァ! それに天使ちゃんもいるネ! キャハハッ! うんうん、相手としては申し分ないかナぁ! ワタシやられちゃウかなぁっ! キャハハハハッ!!」


 耳障りな甲高い笑い声がその場に響き渡った。リヒトがこの世界に降り立った翌日、実樹に襲い掛かった正体不明悪魔の分身と、同じ口調だった。


「キャハハッ! 実際に会うのは初めてだよネぇ! 勇者ぁ! どうもコンニチワァ! ワタシはアモデウスって言うんダぁっ? 聞いたことくらいはあるんじゃナいっ? 六大欲魔セプテムクピディタースが一人『色欲』のアモデウスだヨぉ! フフッウフフフフっ! キャハハハッ!」


 幼い見た目のその少女は、ニッタリといやらしい笑みを口元に深く刻みながら、空中で両手を開いた。


「まぁでも、何だっていいかなァ!! キャハハハハっ! 『絶対的因果』さえ『確定』してしまえば、こっちのものだもン! その邪魔だけはサせないよォ!」





食事中、俺はふと気になったことをリヒト達に聞いた。


「なぁ、仮にその魔王の前世を見つけたとして、具体的にどうやってお前らの言うように予言を外すんだ?」


「おぉ、そういえば主には言っていなかったな。ふむ、一体何から説明したものか」


「リヒト、こんな奴に説明するだけ時間の無駄」


「何をいうかセリス。こんなにも協力してくれている主だぞ。ボクたちには話す義務がある」


 セリスは不満そうな表情をしていたが、リヒトのその言葉を聞いて俺の方を見る。


「……ふん、おいミツキ。お前は『因果』というものを知っているか」


「そりゃ、言葉の意味くらいは分かるけど。原因と結果のことだろ?」


「そう、原因と結果。この前ミツキには《流れ》の説明をしたが、この《流れ》と言うのは主に『原因』と『結果』の二つの要素で構成されてる。原因が結果を生み、その結果が原因となり、次の結果を生む。そんな風に、この世界は出来ている」


「まぁ、何となく言っていることは分かるけど」


「そして、《流れ》にちょっかいを掛けると、《流れ》は変わり、予言とは違う結果を導くことが出来る。これが『予言を外す』という行為。今、その為に魔王の前世を探している」


「いやそれは分かってるんだが、具体的にどうやったら予言を外したことになるんだよ」


「……今から説明するから黙ってろ早漏」


「お前のその口の悪さはどうにかならんのか?」


 そんな俺の苦言を無視してセリス説明を続ける。


「ただ、《流れ》には勢いがある。リヒトは慎重になりすぎている節があるけど、そうそう運命なんてものは簡単に変わらない。ちょっとくらいの変化なら、《流れ》の勢いにかき消される。……けれど、『絶対的因果の確定』というものがある」


「なんだそりゃ」


「とても簡単に述べると、一度確定してしまえば、後から何をやっても変えることの出来ない運命のこと。つまり、ある『原因となる何か』が起こってしまえば、『それを起因とする結果』が必ず起こる。どんな風に《流れ》を変えようとしても、《流れ》が自発的にその確定した結果を導く方向に世界を動かす。……それが『絶対的因果の確定』」


 つまり……、何をしても変えることの出来ない未来ってことか?


「予言によれば、後に『ボクたちの世界が魔王に滅ぼされるという事象』は、前世と密接に繋がっている。その『繋がり』を成しているのが、六芒星のあざだという。その痣を消してしまうことが、いわゆる『絶対的因果の確定』に当たる。そうすれば、『ボクたちの世界が魔王に滅ぼされるという事象』が『起こらない未来』が確定する」


「えーっと、だからつまり……?」


「つまりだな主。ボクたちは魔王の前世を見つけて、その痣を消そうとしているのだ」


「え、ソイツを殺すってことか……?」


「逆だ。決して痣を持ったまま死なせてはならない。健康に生きてもらったまま、痣だけを綺麗に消す。そのつもりだ」


「そんなことできんの?」


「ボクかセリスの魔法を使えば容易いことだぞ、主」


「あぁ……そういえばお前らファンタジー世界の魔法使いでしたね……」




 昨日の夜、リヒトとセリスと、そんな会話をしたことを俺は失った意識の底で思い返していた。

 しかし、徐々に俺の意識は現実へと引っ張り上げられ――――



「――……っ?」


 そして、自分の上に誰かが乗っている感覚で俺は目を覚ました。だが、目の前の光景を見て、あぁ、俺はまだは夢の中にいるのだと思った。



「あ、先輩もう起きちゃいました?」



 そこには生まれたままの姿のさくらが居て、俺にニコっと笑いかけていた。そんな裸になったさくらの胸に視線を吸い寄せられる。

さくらは着やせするタイプなのか、思っていた以上にふくよかな双丘を持っていた。視界がチカチカして、脳がくらくらする。


だが、そんなたわわに揺れる胸の丁度間、体の真ん中あたりにあるソレを見て、俺は昨夜に自分の背中に見つかった痣のことを思い出した。


『逆三角形』のあざが、そこにはあった。

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