10.小悪魔後輩からのお誘い




「はぁ……、どうしてこうなったんだろうな」


 昼休み、俺は食堂の裏にあるベンチに腰掛けて空を見上げる。

 片手にはベンチの側に設置されてある自動販売機で買ったカフェオレの缶を持っていた。


「どうして俺みたいな普通の高校生が、世界を救うために魔王を探すとか訳分からんことに巻き込まれてるんだ……」


 あのリヒトとかいうイケメン勇者の話では、あいつの来世が俺の息子だかららしいが。

 思えば、リヒトが俺の家に現れてからの日々が色々ありすぎた。

 幼馴染の紅葉が未来の嫁だとか未来の息子(勇者)から言われるし、

 その幼馴染とは微妙な空気になってるし、

 世界一かわいい美少女が転校してくるし、

 悪魔に襲われかけるし、

 男子たちの憧れの的である女の子が、実は同じ女の子である紅葉のことが昔から好きだったと発覚するし、

 異世界から天使(ど変態)が襲来してきたし……。


「はーっ、ホント訳分かんねぇ……」


 しかしここまで関わってしまった以上、俺がいつもの平穏な日々を取り戻すには、なんとしても最速で魔王の前世を発見せねば。


 魔王の前世は、俺と同じこの学校にいて、その背中には六芒星のあざがあるとのこと。

 たったこれだけの手がかりから、うまく標的を特定する方法なんてあるのだろうか。


 俺がちびちびカフェオレを口に運びながら思考にふけっていると、ギシっとベンチが音を立てた。

 誰かが隣に座ってきたらしい。

 

「やっほー、先輩。どうしたんですか? なんか悩んでるみたいですけど」


 後輩のさくらだった。


「なんださくらか」


 俺がそう言うと、彼女はムッとした表情をつくる。


「なんですかその反応はーっ! せっかくかわいい後輩ちゃんが来てあげたっていうのに」


 むーっと頰を膨らませるさくら。正直に言えば、たしかに可愛いと思う。でも多分こいつの場合、たぶん誰にでもこういうことを狙ってやってるので、どんなにドキドキさせられても騙されてはいけない。


「あっ、先輩いいもの持ってるじゃないですかっ」


 さくらが俺の持っているカフェオレの缶を見てパッと顔を輝かせる。そしてじーっと俺の目を見つめながら、チラッと側の自販機を見る。


「…………」


 チラッ……、チラチラッ。

 三度ほどさくらが自販機を見たあたりで、勝敗は決した。


 ギシッとベンチが揺れる。俺が立ち上がった音だ。


「何がいいんだ?」


「ふふ、先輩のおまかせで」


「じゃあ俺と同じヤツな」


 チャリンと小銭を入れる音が鳴り、ピッとボタンが押された音が鳴って、ガコンッとスチール缶が落下する音が鳴った。


「これくらい自分で買えるだろ」


 甘やかした俺が言うセリフではないが、ついついそうこぼしながらさくらにカフェオレの缶を手渡す。


「全く先輩はわかってませんねー。こういうのは奢ってもらうことに意味があるのです」


 そう言って心底嬉しそうな表情でプルタブに指をかけるさくら。

 俺はその隣に、先程よりもわずかに距離を置いて腰掛ける。


 コクコクと陶器のように白い喉を鳴らしてから、さくらはぷはぁと満足げな声を上げた。


「奢ってもらって飲むカフェオレは最高ですね」


「そうかい。そりゃよかった」

 

 「そういえばー」と、さくらは指でアゴをツンツンしながら思い出すように言った。


「先輩、あのあとって、どうなったんですか?」


 俺がさくらとこの前に会ったのは、昨日の放課後。『花咲さんと仲良くなろう大作戦』の途中だ。

 つまりさくらがいう『あのあと』とは、俺が花咲さんに迫られて、さくらが俺を見捨てたあのあとのことだろう。


「もしかしてあの女の人に告白されたりとかしちゃったんですか?」


「いや、別にそんなことはない。んー……、なんていうか、そうだな。結局、勘違いだったってことだな。要するに、さくらに話せるようなことは何もない」


 まさか花咲さんの胸の内をここでさらけ出す訳にはいかないし。


「ふーん。そうでしたか。残念でしたね。割と可愛いヒトだったのに」


「い、いや、別に? もともと好きとかじゃないから」


 僅かに動揺がでる。

 ぶっちゃけ告られるかもと思ったのは事実だった。でも勘違いだった。恥ずかしい。穴があったら入りたい。誰が殺して。


 そんな俺の様子を見てから、さくらは無邪気にこんな疑問をぶつけてきた。


「ていうか先輩。そもそも先輩って、わたし以外に仲の良い女の子っているんですか?」


「い、いるし。ば、バカにしないでもらおうか」


 具体的には俺ん家の隣に、昔から縁だけはある女の子(現在はなんか気まずい状況)が、一人だけ。


「へー」


 さくらが半眼で俺を見ていた。


「まぁ、それはそれとしてですね」


「あっ、おいお前! 信じてねぇだろ!? いるからなっ、本当にっ」


「分かりました、分かりました、わたしは先輩を信じていますよ」


 絶対信じてないわこいつ。


「そういえば先輩。明日って、土曜日じゃないですか」


「え? あぁそうだな。急にどうした」


「つまり学校は休みな訳です。わたしみたいな女の子にとって、休日は何かと忙しいんですよ。具体的には明日、わたし服を見に行きたいんです」


 一体、さくらは何を言おうとしているのだろうか。


「でも、わたしの友達は明日みんな予定入っちゃってるみたいなんで、先輩付き合ってもらえません?」





「怪しい、とても妖しい」


 俺が明日さくらと遊びに行くから、魔王探しには協力できないと説明した直後に、幼女天使(変態)セリスの口から飛び出した言葉である。


 ここは六階建てマンション四階の俺が借りている部屋の中。

 時刻的には放課後にあたるだろうか。

 居間の床に、俺とリヒトとセリスの三人が向かい合って座っていた。結構広い部屋なのに何故こんなにも密集しているのか。


「何が怪しいんだよ」


 俺が言うと、セリスは即答した。


「リヒトならともかく、ミツキみたいな男が女の子に遊びに誘われるなんて」


「なぁ、お前って容赦なさすぎじゃね? 俺とお前が出会ったのって昨日の夜だよな?」


「だからなに? ミツキに男性的魅力がないのは確固たる事実」


「そういうところを言ってんだよ俺は!!!」


 バッと立ち上がって、俺がセリスに指先を突きつけると、セリスはリヒトの背中に隠れた。


「助けてリヒト、ロリコンケダモノに襲われて犯されて無茶苦茶にされた挙句陵辱されて、殺されて死体も弄ばれる」


「どんっっっだけ極悪非道だ俺は!! あと俺はロリコンじゃねえ!」


「そうだぞセリス。主ほど出来た男も他にいまい」


 うんうんと頷くリヒト。


「お前に言われても全然嬉しくねぇよ! むしろなんか自分が情けなくなってくるわ!」


 この完璧イケメンが……っ!


「な、なぜだ主……、ボクは嘘などついていないのに……」


 なぜか傷ついたように、自分の手を見てプルプル震えるリヒト。


「ふん、リヒトに勝てる男なんてこの世にいない。思い上がるなこの童貞」


 リヒトの陰から翡翠色の瞳で俺を見て、ベーっと舌を出すセリス。くそっっ、可愛いっ! なんだこの愛らしい天使は。

 中身はとんでもなくウザいのに……ッ!

 あと別に思い上がってないんだけど!? そんな愛らしい顔で童貞とかいうな泣くぞ。


「主、安心してくれ。ボクもまだ経験はない」


「俺とお前じゃ意味が違ってくるんだよ」


「まぁかく言うボクも手いらず。ボクを突き破っていいのはリヒトだけ。別に今からでも問題はない、リヒト……ボクはいつでもいいんだよ?」


 スルスルと早業で服を脱ぎ捨てて行くセリス。もはや芸の域である。気付いたら脱いでるもんコイツ。それを見たリヒトが慌てて止めにかかる。


「よーし分かったこの話は終わりだ! もう生々しいのはやめよう。話を戻す。俺は明日"女の子"と遊びに行く」


 女の子の部分にアクセントを置いて、俺は言った。


「だからそれが怪しい。ミツキとリヒトに関わりがあることが既に知られているなら、これが魔族側のワナである可能性がある」


 半脱ぎ状態で色々規制がかかりそうな部分が見えそうになっているセリスが、割と真面目な顔で言った。ちょっとは隠せアホ。


「うーむ、それは否定できぬやもしれんな」


 声音に真剣みと深刻さを滲ませて、リヒトが唸る。


「つまりお前らが言いたいのは、さくらが魔族かもしれないって? さくらに悪魔が成りすましているかもしれないってことか?」


「否定できない」


 セリスが頷いた。


「いや、それはない」


 だが、それを俺は否定した。そんなことがあるはずがない。


「あれは間違いなく俺が前から知っているさくらだ」


「ふん、人間の感性なんてアテにならない。リヒトは除くけど」


 直接は聞かなかったが、やっぱりこいつは人間じゃなかったのか……。あとリヒトは勇者だけど人間ではあるらしい。


「じゃあどうすんだよ。言っとくが、なんと言われようとも俺は行くからな」


「ふっ、そこまでして女の子と遊びたいのか。童貞」


「あぁそうだけど何か文句ある!?」


 ついに俺は逆ギレした。幼女に鼻で笑われようとも、譲れない部分がある。


「ならボクからいい提案がある。喜べ童貞ミツキ。女の子が一人増える」


「えー……、それはつまり?」


「ボクも同行する」


 力強く言って、半脱ぎ状態のセリスが自身を指差した。

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