4.放課後に悪魔




 昼休みが終わった次の授業が終わり、本日最後の休み時間となる。

 チャイムが鳴ると同時に立ち上がって、俺は隣のクラスに向かった。

 紅葉に昼休みのことを謝るためだ。


「あ、あの、実樹さん」


「ごめんちょっと用事があるから」


 声をかけてきた相河さんに断って、俺は隣のクラスへ向かう。


「えーと、紅葉は……――いた」


 教室の隅っこで、頬杖をついている紅葉を見つけた。


 俺は彼女の席に近寄る。

 もちろん俺がやってきたことには気付いているだろうが、そっぽを向いて無視されている。


「ごめん紅葉、屋上に行けなくて」


「……」


「でも、えっと、言い訳になるんだけど……」


「なに? 私とは別の女の子と会う約束?」


 ……バレてますね、これは……。……え、何でバレた? ただ、俺には正直に答える以外の道がない。


「……屋上に行く最中に女の子とぶつかって、それでその子が足を捻っちゃったんだけど保健室の先生がいなくて、俺が治療して、それでその後屋上に行ったんだけど……」


 そこまで言って、俺は紅葉の視線に耐えれなくなる。冷たい汗が額を流れた。頭を下げる。土下座の準備もOK。


「すみませんでした。なんでも言うこと聞くんで許してください」


 煮るなり焼くなりお好きにどうぞ。俺に抵抗する権利はない。


「……今週の日曜日」


「は?」


「次の日曜日、色々買いたいものがあるんだけど、その時荷物持ちしてくれるんだったら許してあげる」


 そっぽを向いたまま、淡々と言われる。


 ……これは怒りを収めることに成功しているのか?

 

「分かったら、さっさとどっか行って」


 そう言われては引くしない。大人しく引き下がって俺は紅葉のクラスを後にする。


 ギリギリセーフ……かな。長年の付き合いから、俺はそう判断する。


 でもなんか気まずくなってしまった。

 というか、昨日のことはもう説明しなくていいのだろうか。

 んー、しかし一つ言えることは、魔王探しに彼女の協力を期待するのは厳しそう、ということだ。

 少なくとも今週の日曜日が終わるまでは。





「色々ありすぎて、魔王の前世が誰だとか考える暇もなかったな……」


 学校からの帰り道、俺はひとりごちた。


 今から俺は帰宅する訳だが、それはすなわちあの騒がしい勇者と顔を合わせるということだ。


「……疲れる」


 俺は徒歩で通学できる距離に一人暮らししている。

 一年以上往復して、通り慣れた道をゆったりと歩いていると、いきなり足元の地面が爆発した。


 もう一度言おう、足元の地面 アスファルトが爆発した。


 豪快な爆音とともに炸裂した足元。爆風に押されるように、反射的に地面を蹴飛ばした俺は背後に飛んで、地面に衝突。そのまま勢いあまってゴロンゴロンと転がる。

 全身が痛い。


 脳が身体中の痛みを訴える中で俺は考える。


 なんだっ、何が起こった!?


 普通に暮らしていて、突然足元が爆発するなんてことはほぼないだろう。ましてやここは日本である。

 だとすれば考えられるのは、あのクソ勇者絡みのことしかない。


「…………」


 衣服と身体の至る所を擦りむいて、俺は敵を確認する。

 どいつが敵なのかは直ぐに分かった。

 全身を黒のローブで覆い、妙な仮面を付けた不審度百パーセントの不審者が視線の先にいたからだ。


「……」


 そいつは無言のままゆっくりと俺に近づいてくる。


「……チッ」


 自分の家を粉々に破壊されるなんていう経験をした後だ。驚きはあまりない。動揺は直ぐに収まり、俺は現実を認める。

 俺は素早く立ち上がって、その謎の仮面野郎と相対する。

 


 ――さてどうするか。



 いや、逃げるしかないだろ。


 相手が魔法を使うファンタジー世界の住民だとしたら、万に一つも俺に勝ち目はない。

 なんとかして家に帰れば、リヒトがいる。

 自分を勇者なんてのたまうくらいだから、どうにかしてくれるだろう。


 そして、俺が踵を返して駆け出そうとしたその時、俺と謎仮面の間に人影が舞い降りる。


「すまない主、気付くのが遅かった」


 リヒトだった。


 リヒトは腰の剣に手をかけながら、前方の謎仮面を睨む。


「おい貴様、同郷のものだな。どうやって世界線を越えた、一体何が目的だ」


 初めて聞く彼の怒った声だった。有無を言わさない迫力がこもっていた。


「……」


 相手は答えない。ただジッとリヒトの方に顔を向けていた。しかし何故だろう、その視線は俺に向けられている気がした。


「答えないか。ならば答えさせる、悪く思うな、これが勇者であるボクの務めだ」

 

 リヒトが剣を抜く。そして切っ先を真っ直ぐ正面に向けた。


 その時、ようやく謎仮面が声を発した。まず笑い声が聞こえた。


『キャハハハっ、そっかー、そっかそっカァー、やっぱりこっちに来てたんだァ、勇者ァァッ、会えてよかったーっ、嬉しィなぁ』


 その声はまるで合成音声のように歪な声だった。とても耳障りだ。


「なるほど、貴様は悪魔……、それも上位悪魔だな。ボクの邪魔をしに来たか」


『うんうンッ、君たちガネッ、変なこと企んデるからネ、ワタしたち止めないトォーってェなっチゃッて。デモだめだヨォ、魔王様の運命をイジるなンてェー、《流れ》の理、ヲ変エちゃうなんてェー、ワタシそんなのユルサナイんだカら』


 ゆらりと謎仮面の体が揺れる、ユラユラと揺らぐたびにその距離が縮まっていた。


「それを貴様らに問われる筋合いはない。ボクの前に現れたからには、死を覚悟してもらう」


『ふふっ、フフっ、ふフっ、うフふふ』


 おかしくてたまらない。そんな様子で謎の仮面は笑っていた。


「何がおかしい」


『そんなことしてイイのー? ワタシが死んだラ、ドウやってワタシがここに来たのかモ、わからなくなっチャウの二ー』


「ちっ」


 リヒトは舌打ちを漏らすと、地面を蹴って謎仮面に肉薄する。そして一閃。剣が中空に線を引く。


 すっぱりと袈裟掛けに振り下ろされた剣筋に合わせて、謎仮面の身体がパックリと二つに割れた。


「!? お、おい、リヒト!」


「問題ないぞ主、これは本体ではない」


「え?」


 リヒトによって二つに分けられた謎仮面の身体は、粉々になってその破片が宙を舞っていた。

 リヒトがばっと腕を振るうと、光の粒子が溢れ出し、それに包まれるようにして謎仮面の破片は跡形もなく消え去った。


「なんだったんだよ……、あいつ」


「悪魔……、ボクの世界の、ボク達の敵だ。厄介な奴が来てしまった」


 リヒトはくるりと俺の方に向き直ると、深々と頭を下げる。


「すまない、主を危険に巻き込んだ」


「はぁあ……」


 俺はつい大きなため息を漏らしてしまった。

 いやでもしょうがないだろう?


「もうとっくに迷惑かかってんのに、今更って感じだな」


「あ、主……?」


「もういいよ。逆に緊張感が出てきた。要するにアイツらより先に魔王を探しだせばいいんだろ」


「あ、あぁ、おそらくアイツらもまだ魔王の前世を特定できていないはずだ。だからボクらが先に見つければ大ごとにはならない」


 リヒトは続けて言う。


「アイツが主を狙った理由だが、多分ボクを誘い出す為だ。警告と牽制の意味を込めて、そして本当にボクがこの世界にいるのかを確かめる為に。

 だが、魔王の前世を見つけるまでアイツらも下手な動きはできない筈だ。あまりこちらで大きな動きを起こすと、向こうの世界にも影響が出るからな」

 

「分かった。さっさと魔王とやらを探し出そう。それで全部終わりだ」


 そして俺は平穏を取り戻すのだ。


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