2.ウチの学校に小悪魔系後輩がいる(俺談)



 とある高校の第二学年の一つの教室にて、担任の教師がクラスの生徒たちに向けてこう言った。


「今から転校生を紹介する」


 ザワッと教室に騒めきが走る。それもそうだろう。転校生と言えば、青春を過ごす高校生たちにとって大きなイベントの一つだ。


 俄かに活気付くクラスの生徒たちを、担任が落ち着かせようと声を張る。だが、中々活気は収まらなかった。


 しかし、そんな中でも、話を聞かず、ぼんやりと物思いにふけっている生徒がここに一人。

 昨日、転校生なんかとは比べ物にならないほどの異常な体験をした男、河合実樹である。


 彼は転校生の話も無意識の内に聞き流し、昨日のことを思い返していた。

 今はおとなしく自宅で留守番している(と願いたい)勇者のことを。





 警察から電話がかかってきたのは、俺がリヒトを追い出したちょうど一時間後だった。


 電話で伝えられた内容をまとめると『御宅の息子さんを迎えに来てくれ』ということだった。


 俺は激しく後悔していた。ヤツを追い出したのは間違いだったと。


 俺が警察署にリヒトを向かいに行くと、警官たちは『え、親御さん……?』と疑いの目で俺を見てきたが、『同居している友人がイタズラでやったとこと』という程でなんとか乗り切った。


 そして家にリヒトを連れ帰ってから、俺は何が起こったかを問い詰めた。


 なんでもリヒトは、俺の高校に忍び込もうとしていたところを捕獲されたらしい。


「主が泊めてくれないというのでな、件の学校に住み込もうとしたのだが、捕まってしまった。この世界の警衛団も中々優秀だな」

 

 そんな訳で、渋々、本当に泣く泣く、リヒトを俺の家に住まわせることにした。苦渋の決断だったが仕方ない。こいつを野良に放置する方が危険だと判断した。


 そうして翌朝、リヒトは俺をこう言って送り出した。


「頼んだぞ主、早く魔王を見つけてくれ」


 そういうことにしないとリヒトが俺と一緒に登校しようとするので、仕方なかった。


 そして現在、俺は自分のクラスにて、何故か「わーきゃー」と騒いでいるクラスメイトを観察していた。


 リヒトのある言葉を思い返す。


『魔王の前世の者を証明する方法はただ一つ。背中にある痣を確認することだ。魔王の背中には、六芒星の痣(あざ)があるはずなんだ!』


 なぜそこまで分かって、魔王本人を確定できないのか疑問でしょうがないが、だからと言って話が好転する訳じゃない。


 さっさと魔王を見つけて、アイツを元の世界に追い返すんだ。

 俺の望みはそれだけだった。


 しかし問題は、その痣とやらが背中にあるということだ。

 魔王が男であれば、さりげなくそれくらい確認できそうなものだが……、もしその相手が女子だったら……。


 無理矢理女子の上衣をめくろうものなら、俺が社会的に死ぬのは間違いなかった。


「どうすんだよ、これ……っ」


 小さく呟いて、俺は頭を抱える。



「――みなさん初めまして、相河あいかわハヅキと言います」



 凛と澄んだ、何故かとても惹きつけられる不思議な声だった。初めて聞く声なのに、どこかで聞いたような気もする。


 ハッと気付いて正面を見ると、我を忘れてしまうほど可愛らしい女の子が黒板の前に立っていた。

 何というか、純粋に言えばものすごく俺の好みの女の子だった。世界一可愛い。俺の目には相河ハヅキという少女が、輝いて映っていた。

 そして、その少女に謎の既視感があった。どこかで見たことあるような……。

 違和感を覚えた。これがデジャビュというやつか……? いや、そうじゃない。


 俺はつい最近。まさに昨日だ。似たような経験をした。


 そう、あの異次元の領域にいる美少年リヒトを見た時と同じだ。


 担任の先生の話を聞くに、どうやら転校生らしい。

 そんな恐ろしいほどの天使のような美少女がやってきたことに、普段の俺なら歓喜乱舞するだろうが、あいにく今はいつも通りの俺じゃなかった。


 疑いが先に来る。

 偶然……なのか?


 まさに絶世という言葉が似合うそんな美少年と美少女が、二日続けて俺の前に出てくるなんて。


 陽を受けて煌めく長い黒髪、長い睫毛とつぶらな瞳、細やかな肢体だが決して弱々しさを感じさせない。陽の光を一度も受けたことのないような白い肌と、そのせいで際立つ桃色を帯びた頰。首元にはシンプルな銀のネックレスがかけられていた。

 美の神に愛されたと表現しても、だれも冗談だと笑わないだろう。


 そんな時、俺と彼女の視線がぶつかる。ニコリと、その少女に微笑みかけられた気がした。





 休み時間になった瞬間、なんの因果か俺の隣の席になった相河さんを大量の生徒が囲む。やっぱり転校生(しかも超絶美少女)に皆興味があるのだろう。

 予想できたことだが、俺はその波に押し流されるように教室の端に追いやられた。


「ねぇねぇっ! 星月さんってもしかして彼氏いる?」「どこに住んでるの?」「どこから来たの!?」「一人暮らしなの?」「なんでこの学校にきたの!?」「趣味とかあるっ?」「ねえねえ連絡先交換しよ!」


 俺はそんな言葉を聞き流しながら、素早く教室を飛び出す。

 俺が教室にいたままだと、恐らく隣のクラスから紅葉が昨日のことを問い詰めに襲来するからだ。

 俺がいつもと違う時間に登校したせいか、運良く今朝は一度も顔を合わせなかったが、今顔を合わせるのは気まずい。

 まだ言い訳を考えられていないし、あとそれと……その、まぁ、アレだ。とにかく気まずい。


 教室から早足に遠ざかり、俺はリノリウムの廊下を歩く。


 それにしても背中……、背中か……。上手いこと他人の背中を直に見る方法はないだろうか。

 やはり女の子の背中を見るというのが至難だ。

 それを解決するために最初に思いつくのは、だれか協力してくれる女子を探し出すことだが……。

 そのためにはまずリヒトが異世界から来た勇者だということを信じてもらわないといけない。

 直に合わせて、アイツの魔法を見せれば一発だが、うまくいくだろうか。

 下手したら世界レベルの大騒ぎになるんじゃないだろうか。


「……どうすればいいんだ」


 ひとまず俺は校内で紅葉の次に親交のある女子に会いにいくことにした。





 俺は目的の少女がいる教室にたどり着く前に、廊下でそのツインテールの少女を見つけた。


「あ、さくらっ」


「ん? どうしたんですか、先輩」


「いや、ちょっとお前を探しててさ」


「珍しいですね、先輩の方から会いにくるなんて」


「ま、まぁ、ちょっとな。最近会う機会がなかったから、元気にしてるかなー、と」


「ふーん、本当にそれだけですか?」


 後ろ手を組んで上目に俺を見上げるのは、春川はるかわさくら。ひょんなことから喋るようになった一年生の女の子である。


「えーと、実は俺のクラスに転校生が来て、騒がしかったから逃げてきた感じかな」


「へー! 転校生ですか! 男の人ですか?」


「いや、女の子。滅茶苦茶かわいい」


「へー、そんなにかわいいんです?」


「あぁ、もうなんというかあれだな、世界一かわいい天使みたいな」


「先輩がそこまで言うなんてちょっと意外ですね、興味あります。でも先輩はそんなにかわいい女の子よりも、わたしに会いに来たってことですよね~」


 さくらがニヤニヤと楽しそうに笑いながら、上目遣いで俺を見る。ジッと見つめられて、照れくさくなった俺は思わず目を逸らす。さくらは“かわいい”女の子だ。顔のつくりもそうなのだが、服装や言動、まとう雰囲気がかわいい。その上、色んな男子に声をかけまくっているという噂を聞く。そのせいか、頻繁に男子から告白されているとのこと。


「その子とわたし、どっちがかわいいですか?」


「いや、そんなどっちがとか決めるようなもんじゃ……、それに見る人にもよるだろうし」


「あー! もー! つまんないですね先輩はぁ! そんなんだから彼女できないんですよ!」


「ぐっ! 関係ないだろそれは!」


「いや……、普通にめちゃくちゃあると思うんですけど。まぁ、いいです。先輩がわたしを優先したってことは、わたしの方がかわいいってことにしときましょう。それで、そんなかわいい可愛い後輩に何の用ですか? せーんぱい」


 後ろ手を組んで、ちょっとだけ前かがみになり、上目で俺を見ながら小鳥のように小首をかしげるさくら。実にあざとい。絶対に自分がかわいいことを分かってこういう仕草をするのがさくらだが、かわいいものはかわいいのだから軽率にこういうことをされると困る。


「いや……、あー、うん、あるにはあるんだが」


 それはそれとして、どんな風に説明したらいいだろうか。


「お前、イケメン好きか?」


 言葉を選んで口を開いた結果、唐突すぎること聞いてしまった。


「少なくとも先輩はイケメンじゃないと思います」


「違う、そうじゃない。あと、ナチュラルにそういうことは言うな」


 分かってても心に来るものがあるから。


 「すみません、冗談ですよ?」とクスクス笑うさくら。


「えー、例えばそうだ、お前が家に帰ると、家にとんでもないイケメンがいるとする」


「漫画の話ですか?」


「まぁ、そんなところだ。そしてそのイケメンがお前に言うわけだ。『服を脱いでくれ』と」


「……あの、先輩。どんな漫画読んでるんです?」


 明らかに引いた様子で、さくらが俺を見ていた。


「いや、例えばの話だ」


「つまり、先輩の妄想ですか」


 さらに後輩がドン引きの目で俺を見る。蔑んでいるようですらあった。

 まぁ俺も俺で、自分の言ってることが意味不明なんだけど。


「じゃあ逆に聞きますけど先輩。先輩が家に帰ると、ひとりのとってもかわいい女の子がいます。あ、わたしではないですよ?」


 ふるふると手を振って、「あくまでわたしとは別のかわいい子です。それも凄く――そうそう、そのとんでもなく可愛い転校生さんみたいな女の子が」と、さくらは続けた。


「そうして先輩に言うわけです。『さぁ服を脱いで下さい』って。もし現実にそんなことが起こったらどうするんですか?」


 興味ありげな瞳で、さくらが俺を見つめていた。

 な、なんでそんな興味津々なんだよ……。


「えっと……、いやわかんねぇよ。そんな状況、実際になってみないと」


 ごめん脱ぐ気がする。童貞の謎の見栄が口から出てしまった。


「そうそう。そうですよね。つまりわたしの答えもそれと同じです」


「なるほど……」


 なるほどとは言ったが、これもまた見栄である。かわいい子に二人きりの場所で服を脱いでと言われたらたぶん脱ぐよ? そんな時が来るとは思えないけど。


「あ、もう一つ聞いてもいいです?」


「どうぞ」


「そんな状況、実際なってみたいとって先輩は言いましたけど、じゃあわたしが先輩に同じことを言ったらどうしますか? そうじゃなくても、わたしが服を脱いで先輩に迫ったりしたら」


「えっ!? え、えー、そ、それは、え?」


 動揺した。

 童貞だから。


「じょーだんですよ」


 クスクスとからかうように微笑んで、さくらはふりふりと手を振る。


「ではでは、わたしはこれで」


 そう言うと踵を返して、さくらは自分の教室へと戻っていった。


 くそっ。結局無駄にからかわれただけで、なんの参考にもならなかった。

 しかしあれだな、何となくだが、あいつがよく、色んな男たちから告白されて困ってるんですよーと愚痴っている理由が分かった。


「自業自得じゃねぇか」


 アイツは本当に小悪魔系というかなんというか。


 ちょっとドキドキしたままの心臓を落ち着かせるため、敢えて声に出して呟いた。


 そんな時、俺の肩に誰かの手が置かれた。


「随分後輩と仲がいいのね」


 ドキッ――と、また違った意味で心臓が跳ねる。


 紅葉もみじだった。


 ゆっくりと振り返ると、なぜか笑顔の紅葉がいた。めっちゃ近い。


「好きなの? あの子のこと」


 ブンブンと首を横に振る俺。俺に用意された選択肢は限られていた。


「ふーん、まぁ、あんたの好きな人なんてどうでもいいんだけど」


 じゃあなんで聞いたんだよ……!


「それよりもっ、あんたには昨日のことを説明してもらいたい訳。なんなの、あの初めて見る凄くカッコいい男の子。なんであんたの家にいたの? どうして私は追い返されたの? 全部説明して!」


 ずんずんと迫りくる紅葉に押され、俺は逃げ場のない壁際に追い込まれる。


「わ、わかった。説明する! でも今は時間ないから、また次の休み時間にでも」


「昼休み」


「え、」


「次の休み時間じゃなくて、昼休み全部私に付き合って、しっかりと説明してちょうだい」


「わかった、分かったから! 顔近いって!」


 俺がそう訴えると、紅葉は鼻を鳴らして俺から離れると「待ち合わせ場所は、屋上ね。約束破ったらタダじゃおかないから」と言い残してその場を去っていった。


 こえぇ……。なんだあの勢いは。台風かよ。


 まぁでも、考えようによっちゃ、紅葉が協力してくれるようになるかもしれない。

 冗談だと思われてもいい。一度、全部話してみるか。


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