第3話 減らない米びつ

「おいしかったー!」

 あっという間に私は完食した。天界でもこんなおいしいもの、食べたことない!

「どうして? 五平餅っていうの?」

「そりゃあ、あっしが作ったから……おかしいかな?」

 伍平はモジモジと照れ臭そうだ。

「え? それって、伍平さんが発明したってこと?」

 私は仰天した。

「天才です!」

「……それは、ほめすぎだなあ」

 伍平は苦笑した。

「せっかくのお米を、少しでも美味しくって、思っただけだから」

 つまりである。

 この地上界でお米を炊くって、たいへんなのだそうだ。

 たいていの家は、一日一回、もしくは数日に一度、お釜でご飯を炊いて、木のおひつに入れ替えて保存して食べる。食事の都度だと、労力がたいへんだからね。

 そうなると、どうしたって、冬は冷たくて固いごはんになるし、夏は傷みやすい。

「冬は汁かけ飯にすれば、まだ良いんだけどね。先にあぶっておくと腐りにくいから」

 つまり、最初は純粋に保存のためだったんだけど。それに味噌を塗って焼くと、焦げた味噌の香ばしさが加味されて、美味しくなったってことらしい。さらに串になっているから、野外で温めるのも簡単。お弁当にも便利。もちろん、お米だけで雑穀を混ぜずに作る五平餅はごちそう。毎日食べたりはしていないそうだ。

「こ、これって、まさに革命では?」

 当然、焼きたてが美味しいことは当たり前なのだが。

 甘辛味が付いた『五平餅』は、冷めても固くなりにくく、美味しい。しかも再加熱に鍋がいらない。

「なんか、感動してくれてうれしいけれど、今晩はもう遅いから、寝たほうがええな」

「そうですね。なんもない家なんで、冷えんようにね」

 タミが私にをかけてくれた。ですら、豊富にあるわけではなさそうだ。私が使用したら自分の分がなくなるのではないだろうか。

「大丈夫。私はこの人とくっついて寝るからね」

 仲良さげにタミは、伍平とくっついてをかぶり笑って見せた。

 


 くつくつと鍋で粥が炊かれているにおいで目が覚めた。

 火があっても、部屋は冷えていて、とても寒い。

「ずいぶんと五平餅を気に入ってくれたけども、さすがに毎日食わせてはやれねえんだ。すまないなあ」

 申し訳なさそうに伍平は私に頭を下げる。

 どう見ても、この家にそれほど余裕があるようには見えない。最下層とまではいわないが、豊かな方ではないだろう。

 鍋を覗くと粥は粟と米の雑穀粥である。粥は一般的によく食べられているもので、珍しいものではない。

 昨夜に引き続き、私をもてなしてくれているのだろう。塩漬けにした、つやつやの青菜が木皿に盛り付けられている。

「なんもないけど」

 タミが椀に粥をよそってくれた。

「青菜を混ぜ込んで食べると、格別だよ」

 私は勧められるがままに青菜を粥に入れて食べてみた。

 塩気が入った粥は、一段とうまみを感じる。

「この青菜、美味しい!」

 塩のつかり具合が絶妙である。

 ちょっと待って。

 地上界って、みんな、こんなに美味しいものを食べているの? それとも天界の食事がまずすぎる訳? それとも、この夫婦、実は天才?

「そうだろう。タミさんは、この辺りで一番の漬物名人なのだ」

「そうなんですね!」

 私は遠慮もせずに、粥をかきこむ。

「すっごく、すっごく、美味しいです!」 

 なんということだろう。私は、天才料理人夫婦の家の前に落っこちてきたのかも。

 豪華じゃないけど、本当に美味しい。この夫婦が天才じゃないなら、地上界のほうが天界より、食べものが美味しいってことなんだろうな。

 なんにしても、決して豊かではない老夫婦が、必死でもてなしてくれているのが伝わってくる。

 何も考えずに天界を脱走してきたから、地上界にがあるわけでもない。

 この優しい人たちの子供になって過ごすのも悪くないなって思う。

 それなら、まず、この人たちにお世話になるためにも『食料』を確保しなくちゃ。

「あの、米びつをみせてもらえませんか?」」

 私は伍平に話しかけた。

「米びつ? まだ、モミをひいてはいないんだけどね」

 精米すると鮮度が落ちるから、モミのまま保管しているらしい。伍平はそう説明しながら、私を家に片隅に置かれた木箱を見せた。蓋を開くと木箱のなかに、モミのついた状態のコメが入っていた。

 入っているのは、箱の半量くらいかな。

「ふむ」

 私は手で触れながら、箱とモミを正確に記憶する。実は、これは非常に大切な作業だ。

 今から使う魔術は、私の脳裏の記憶を箱に維持させ続けるための魔術。だから、できるだけ正確に記憶しないといけない。

 丁寧にふたをしながら、私は意識を集中した。

 大丈夫。一晩、ゆっくり休んだから力は戻っている。木箱も大切に扱われているから、私の魔力に耐えられそうだ。月は細いけど、なんとかなる。


『そのままを維持せよ』


 私は短く、米びつに命ずる。

 米びつが淡い光を放ち、私の魔力に応えた。

「これで良し」

 私は、ほっと息をつく。

 これで、新月の日以外に使用する分には、量は減らなくなった。残念ながら、これ以上に、量を増やすことはできなんだけどね。

 物にかけられる術は一度きり。だから、永遠というわけじゃないけど、しばらくは気兼ねなくご飯を食べられる。

 魔術がかかっていることを伍平たちに話してもいいけど、そのへんは、まだ内緒にしておこう。

 万が一にも、目立つと天界にいる叔父に見つかるかもしれない。第六天魔王の力はすごいのだ。

 よし。

 次は、家を何とかしないとね。このままじゃ寒いし。だけど、今日はもう魔術使えそうもない。そもそも、いくら私でも地上界に『無い』ものを作るのは難しい。天界と地上界だと、同じように見えても材料とかが違う。再現するには、もっとこの世界の情報を得ないと。

「それじゃ、出かけてくる」

 伍平が蓑をまとっている。

「どこいくの?」

「ちょっと、市に行ってくる」

「市?」

 伍平は背負いかごにいっぱい、竹で網代に編んだ傘がはいっていた。

「大きな銭にはならないけど、美味い物を買えたらいいなあと」

「あ、私も行きたい!」

 ときどき、天界から覗いてはいたけれど、地上界の様子って、全然知らないし。いろいろ知りたい。

「ああ、それがいいわ。良い着物とか買えたらいいわね」

 タミがにこやかに送り出してくれた。



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