第7話 ローグ・ナイト

 村から出たローは、その村を見渡せる山の上までやって来た。


「ここまで来ればいいか。俺まで魔術にかかるわけにはいかないからな」


 ローの言う魔術とは、魔法を科学的に解明する過程で発明された、魔法に使う魔力を応用した技術のことだ。魔術は魔法に比べて地味で補助的なものの方が多いが、多様性なら圧倒的に上回るため、過去の世界で日常生活に深く溶け込んだほどだ。中には魔法を上回る大魔術も存在する。ローがこれから行う魔術はその大魔術に分類されるもので、大規模で大掛かりなものだ。なにしろ、村全体が対象となるのだから。


「さて、昨日の夜のうちに準備したんだけどうまくいくかな?」


 カバンから取り出した分厚い本を持ちながらローはつぶやく。


 ローは、復讐する前日の夜に村の四方に向かい、魔術を発動するのに必要な台座を作っていた。万が一、村人に発見されないように、なるべく人目につかない場所に作成したのだ。ローは本を開き魔力を通し始めた。この本もまた、魔術に使用するのだ。迷宮で見つけた、中身が真っ白のこの本が。


「……迷宮から持ってきたけど問題なさそうだな。よし、魔術発動だ」


キイイイイイイイイイイイイイイイン!


 本に魔力を通すと光りだした。それと同時に、四方に用意した台座も、空に向かって強く光りだした。そして、四方の台座をつなぐような光の線が形成された。村を囲う柵のように。


「さあ、ここからが本番だ。うまくいってくれよな!」


 今度は、光の線に囲まれた村全体が光りだした。ローの持つ本にも変化が生じた。見開きから、文字が浮かび上がってきたのだ。


「これでいい。このまま続けていけば、あの村から魔法が無くなる!」


 ローが発動した魔術は、対象となった者たちから魔法をすべて奪う魔術だ。過去の時代では、最悪の禁術として認定され、使用方法もごく一部のものしか知らないほどだった。そのごく一部に『ナイトウ・ログ』がいたため、ローは使うことができるのだ。そもそも『ナイトウ・ログ』こそが、この魔術の開発にたずさわっていたのだ。


 奪われた魔法はローの持つこの本に吸収される。つまり、文字が浮かび上がらなくなった時が、魔術が終わり、復讐の達成になるのだ。ローの魔力が足りていればの話だが。


「……くっ! 思ったより村人は結構いたみたいだな! ……それでも、今の俺の魔力なら! 多分、全員いけるはず!」


 ローグの魔術は、10分ほど続いた。その結果は……。




「はあ、……はあ、……体……だるい……」


 魔術は成功した。その代償に、ローは魔力のほとんどを使ってしまった。


「はあ、……村は…どう…なった……?」


 カバンから魔力回復薬と体力回復薬を取り出して飲んだ。魔力と体力が半分ほど戻ったローは、目と耳に【昇華魔法】をかけて、視力・聴力を向上させて村がどうなったか確認してみた。その結果はローの望んだ状況だった。


「どうなってやがる!? 何で魔法が使えないんだ!?」


「怪我人がこんなにいるのに回復魔法もダメだって!?」


「私や子供たちまで! 仕事にも必要なのに! 」


「これからどうして生きていけばいいんだ!?」


「くっ、くそ! ちくしょう!」


 魔法なしとなって混乱する村人たちの様子が確認できた。そのことでローはとても大変満足した。これから彼らは、魔法なしだった『ロー・ライト』と同じ生活を強いられるのだ。『ロー・ライト』としてはこれ以上ない復讐だ。


「……やった…やったぞ…ははは…最高の…復讐だ……」


(これであいつらは、魔法なしの人生を一生歩んでいくんだ。俺と同じ気持ちを味わって生きていくんだ。ざまあみろ!)


 ローは心の中で、村人たちの絶望する様子を笑っていると、こんな声が聞こえてきた。


「なあ! これって、ローの仕業じゃないのか!? 俺たちに恨みがあってこんなことを!」


「そうだよ! あいつ、得体のしれない力を持ってたじゃないか!」


「だとしたらなんてことをしてくれたんだ! ふざけやがって!」


「絶対に許さねえ! 捕まえて元に戻させるんだ!」


 村人たちはさっそく、ローを疑い始めた。村全体に恨みを持つ者と言えば、ロー・ライトしか当てはまらないのだろう。彼らもそれぐらいは分かっている。


「当然だよな。最も、お前らに俺が捕まるかな?」


 体力がだいぶ戻ったローがそう言うと、こんな声も聞こえてきた。よく知る声だ。


「……魔道具で……王都に……連絡しろ…」


「「「「「村長!」」」」」


「奴を…野放しに…するな…あの5人にも…伝えるんだ」


(あの5人! あいつらのことか! そういや、村を出たんだっけか)


 迷宮に迷い込む前日に、5人の若者が村を出ていた。彼らはローの幼馴染で友達だったが、ローをいじめる側になった者たちだ。彼らにも復讐したいローだが……。


「そうだ! 王都に連絡して指名手配してもらうんだ! 逃げられないようにな! 」


「奴の似顔絵や特徴を細かく伝えろ! 青い瞳で、赤い髪に少し黒が混ざった頭髪なんて分かりやすい奴はそんなにいない!」


「あの5人は優秀だ! きっと力を合わせて奴を倒してくれるはずだ!」


「連絡用魔道具はどこだ! 早く伝えろ!」


(連絡用魔道具? しまったな、そんなものがあったのか)


 さすがのローも、連絡用魔道具があったことを失念していた。しかし……。


「大変です! 全ての魔道具が機能しません!」 


「こっちもだ! 魔道具が動かないぞ!」


「なんだと!? くそお! 直接王都に伝えていくしかないのか!」


(あれ? 全部壊れたのか? 俺の大魔術に当てられたのかな?)


 連絡用魔道具が壊れたという思いもしなかった嬉しい知らせが聞こえた。連絡用魔道具は精密機械のようなものだったため、あの大魔術の衝撃で壊れていてもおかしくはなかった。最も、たとえ王都に報告されてもローにとっては問題なかった。なぜなら……。


「見た目も名前も変えていくつもりだったんだけどな。あいつらにも知られてるし。さて、どんな風に変えようか? ……そうだ! せっかくだから『ナイトウ・ログ』の姿になろう!」


 ローは『ナイトウ・ログ』の16歳の姿になると決めた。【外道魔法】の応用で目と髪の色を黒に変え、昇華魔法で髪型と髪の長さを変えた。


 そして最後に顔と名前を変える。


「せっかくだから、『ロー・ライト』と『ナイトウ・ログ』を足して割った名前にしよう。どっちも俺のことだしな」


 そう考えたローは、すぐに新しい名前を決めた。その名も、


「よし、決まった! 今日から俺は『ローグ・ナイト』! ローグ・ナイトだ!」


 こうして、ローグ・ナイトの復讐と世界の謎の解明に挑む旅が始まったのである。






「そうだ、あいつら5人にも復讐をしなくちゃ」

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