ローグ・ナイト ~復讐者の研究記録~

mimiaizu

第1話 プロローグ

 魔法。それはこの世界では一般常識なものである。思春期ごろに自然に身につくのだ。その力をいつまでたっても使えないでいる者は、無能・役立たず等と呼ばれる。

 ロー・ライトという名のこの少年もその一人である。青い瞳で、赤い髪に少し黒が混ざった頭髪が特徴だ。彼は16歳にもなって魔法が身につかなかったのだ。その頃の彼の境遇は最悪で、周りから蔑まされる毎日である。その上、両親もいないためほとんど一人で生きているようなものだ。

 そんな彼が今、迷宮の中で魔物を警戒しながら先へ進んでいる。心に暗い炎を燃やして。

「必ず...、生きて出てやる...。」

 何故こんなことになっているのかは、少し前にさかのぼる。


数日前


 ローとほぼ同年代の幼馴染たちが、生まれ育った村を旅立つことになった。戦闘向けの魔法を持ち、十分に使いこなせるようになっので、ギルド等で働く冒険者を始めるつもりのようだ。

 彼らは魔法を使えないローに魔法をぶつけていじめていたが、送別会が行われるこの日はいつもよりも過激だった。


 家に帰りつくころには、仕事の疲れと痛みのせいでベッドの上でぐったりしていた。


「どうして僕だけこんな目に…」


 何百回こんなことをつぶやいただろうか。ローは幼い頃からとてもやさしい子供なので幼馴染たちとも仲良しだった。しかし、魔法が使えないということが分かってしまった時から少しずつ疎遠になり、今の関係に至る。


 気が付くと隣の家が騒がしい。どうやら送別会が行われているようだ。声が聞こえる。いろんな話をしている。

 特に自分を嘲笑する声が聞こえる。

 今も昔も悪ガキだった者、昔だけは仲が良かった者、あまり会話をしなかった者の声が。


 そして、…一番仲が良かった隣の家の女の子の声が!彼女がローを侮辱する声が!


「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 彼女の言葉が決定打になった。もう限界だ。傷ついた身でありながら、ローは窓から外へ飛び出してそのまま走り出した。頭の中は絶望しかなかった。負の感情でいっぱいだった。

自分以外の、世界のすべてに怨嗟の声を口にしていた。


「どうして! どうして! 魔法がないだけでこんな! 僕が何をした! どうしていじめられるんだ! どうして裏切られるんだー!!」


 しばらく走り続けていると、空から大きな音と光が降ってきた。


「ワアッ!」


 ローは雷に驚いて転んでしまった。


「ハアッハアッ…雷かぁ。ハアッハアッ」


 そのまま倒れたまま気を失ってしまった。走り続けて体力が尽きたのだ。




 気が付くと朝日が目に入った。どうやらそのまま寝込んでしまったのだ。


「ああ、朝か。雷は嫌いだったけどおかげで死ぬまで走らずに済んじゃったな。」

「あーもう嫌になった。あの村に戻ってもこれから先も同じことの繰り返しだしなぁ。」


 ローは自分の故郷に愛想が尽きてしまった。そのため村から出ていこうと決めたのだが、両親の墓参りだけが気がかりだった。彼が出ていけば誰も墓参りに来ないだろう。

 少し悩んだ末に最後の墓参りをして出ていくことに決めた。


「父さんと母さんにお別れしないとな。もう戻ってくる気にもなれないし。」


 家に戻って万全の準備をしなければならない。魔法を持たない身で旅をするのはかなり危険が伴うことぐらいローは理解していた。


「さて、戻るか。ん?これは井戸かな?」


 隣に古井戸があるのに気が付くとのどが渇いてきた。腹もすいている。


「ちょうどいいや。」


 ローが水を汲もうとしたその時だった。

ドンッ!!


「えっ!ちょっ!わあああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 誰かがローを突き飛ばしたのだ。そしてローは古井戸の底の闇に落ちていった。



 古井戸の底は水が流れていた。ローはそのまま流されていった。

 しばらく流されている時に、何とか岩にしがみついてそのまま水流から脱出した。


「ゲホッ! ゲホッ! なんだったんだ…」


 落ち着いた後、自分の身に何が起きたか考えた結果、


(誰かが僕を突き飛ばした……誰かが井戸に突き飛ばしたんだ……どうしてそこまで……誰が一体……。なんでこんなことを…)


 ローの心に暗い気持ちが込み上げる。


「そこまで嫌がられてたのか…。嫌われてたのか…。人の気も知らないで…」


 そして怒りが込み上げる。


「ふざけんな! 好きで魔法がないんじゃない! 僕だって魔法が欲しかった! ずっと夢見てたんだ! 村の外に出て冒険をして活躍する! 誰かを助けて英雄になる! いや、少しでも誰かを支えられるだけでも良かったんだ! そんな夢を見てたのに魔法がないだけでこんな目に合うのが正しいことなのか! ふざけるな―――――!」


 彼は怒りに任せて世界に対する罵詈雑言を大声で喚きだした。ついに喚き疲れて座り込んでしまう頃に、自分がいる場所の異常さに気が付いた。地上ではないことは確かだが不自然に明るい。周囲の壁が明らかに作られた感じがする。


「ここ、どこ? まさか、本で読んだ迷宮!」


 迷宮とは世界のどこかに隠された謎の遺跡のことであり、強い魔物が生息し奥には凄い宝物があるとされる存在だ。


(…もし迷宮ならとんでもないぞ! 僕は鍛えてるつもりだけど魔法がない! 生きて帰れるはずがない! 冗談じゃない! 冗談じゃないぞ!)


 彼は絶望するが、生きてここから出たいという気持ちからすこし都合のいいことを思いつく。


「待てよ….迷宮は地下に続くと本に書いてあった。つまり上に向かって進んでいけば迷宮の入り口から地上に出られるじゃ…。よし! そうするしかないや!」


 こうしてローの望まぬ最初の冒険が始まった。




 ローは少し休んだ後に周りに武器になりそうなものがないか探したが、そんなものは無かった。仕方が無いので、石を器用に削って簡易なナイフを作って、迷宮の中を進んだ。

 最初のうちは警戒していたが、1時間近く進んでも魔物らしいものに遭遇しなかったので安心していた。


(思ったより危険がないな。このまますぐに出られるかなのかな。そしたらこの迷宮を出た後は新しい生活の準備をしなきゃな)


 彼はまた都合のいいことを考えてしまう。


ギチギチ


 そのとき、上から何か音が聞こえた。


(えっ何…)


 恐る恐る頭上を確認しようとした瞬間、


ザシュッ!


 人間の倍以上大きいカマキリの魔物が腕を振った後だった。


「あっ」


 ローの左腕がなくなっていた。そして、


「あっ! ぐっああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 生まれてきた中で感じたこともないような激痛が襲ってきた。カマキリの魔物に対する恐怖よりも、腕を切り落とされた痛みで絶叫した。

 激痛のせいで身動きができないでいる間に、カマキリがローの腕を夢中で食っていた。

 痛みで腕を抑えている間にカマキリが食事を続けている。次に狙うには、


「うう…にっ逃げっ…なきゃ…うう…」


 このままだと自分自身が食い尽くされると思ったローは、激痛に耐えながら逃げようとしたが、カマキリがその動きに気付いた。


「ひっ…ひいい…」


 目が合っただけで、恐怖に塗りつぶされそうだった。震える足を必死に動かして離れようとしたが、カマキリが近づいてくる。その距離が縮まっていく。


「くっ来るな! 来るな! うわああ…」


 カマキリが腕を振り上げようとする。その鋭利な鎌のような腕を。


「いっ嫌だあああああああああああああああ! わあっ!」


 ローは叫びながら、石のナイフをカマキリに向かって投げつけた。カマキリの顔面にあたったが、少し驚いただけでそのまま鎌の腕をローに振るった。


ドゴッ!


 しかし、鎌の腕はローのすぐ横に振り下ろされただけだった。ナイフに一瞬でも気を取られたせいで、狙いがずれ、ローには当たらなかった。


 そして、それだけではなかった。鎌が振り下ろされた床が崩れて穴ができた。ローも巻き込まれるように落ちていった。


「ひっ! こっ今度は…ぐはっ!」


 穴の底は深くはなかった。ローは顔面に新たなダメージを受けた。


「…か、隠し部屋…、隠し通路ってやつか…? ひっ」


 落ちてきた穴から、大きな鎌が見えた。獲物を探すカマキリの腕だ。


「こっここから離れなきゃ。つっ…」


 ローはまだ震える足を必死に動かして奥に進もうとした時、自分の目を疑った。

奥に光が見えたのだ。


(出口!? …いやっでも、おかしいだろ、いくらなんでも! ここは迷宮の隠し通路みたいなんだぞ!? さらに地下に続くんじゃ…。でも、このままじゃ死ぬし…)


 こんな状況でそんな疑問を持つが進むしかなかった。今は、すぐ後ろに迫る敵から逃げるのが先決だ。


(行くしかない! 頼む! 出口であってくれ!)


 希望を見出したためか、足の震えが止まった。腕の出血を手で押さえながら歩きだした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る