第54話:手掛かり
雫と高崎さんにこってり怒られた後、雫を家に返し、俺は今、高崎さんと二人でいる。
やはり、助けた、というだけでは高崎さんも納得できないようであった。彼女を治療した魔術についてどう話をするかことは悩みの種であるが、俺自身、どうして彼女があれほどの傷を負っていたのかも気になるところではあった。
「それで......説明してくれるかしら?」
さて、どうしよう。唯香さんがわざわざ消した記憶を掘り起こすような真似をして問題ないのだろうか。そもそも神楽山での一件は置いておくとして、猫に魔術を使ってもらいましたって言ったら、やっぱり協会には報告されちゃうよね?そうなると記憶を消してもらった意味が益々なくなる。
そう考えていると庭に続く、俺の後方にある窓がガララと開く音がした。そちらを見ると一匹の猫が入ってきた音だった。
<おう、新。おなごたちは帰ったかの?そろそろ、昼ごはんを食べたいんじゃが......>
(コイツ......)
琥珀は俺と高崎さんの前に広がる空気に全く気づくことなく声を発した。俺は頭が痛くなった。
「こ、琥珀ちゃんがしゃべった!?」
まあ、そうなりますよね......はい......
俺は先ほど経験した修羅場から数分と経たず、再び訪れる修羅場に対して諦めのため息しか出なかった。
─────
「それじゃあ、魔術はその琥珀ちゃんがいえ、猫神様が使ったって言うこと?」
<そうなるの!!ふむ、真白は新と違って物分かりがよくてええ子じゃ。それに敬い方を知っておる。まあ、いつも通り、琥珀ちゃんで構わんぞい>
結局、琥珀のことも治癒魔術のことも説明することとなった。しかし、神楽山での内容は伏せているのだが、なぜか高崎さんは納得したように頷いていた。
<まあ、それでワシからのお願いがあるんじゃが、主を治療した代わりに一つええかの?>
「は、はい!なんでしょう!?」
高崎さんは琥珀の一言になんだか緊張してしまっているようである。それもそうか。仮にも琥珀は神に連なるもの一人。その神が代価を要求するのであればその緊張も頷ける。
ただ、琥珀の場合、流石にその命を、とまでは言わないと思うけど。
<新のこと、協会に黙っておいてくれんかの?>
「え?それは......」
!?なんですと!?これには俺も予想外だった。まさか琥珀がそんなお願いをするとは。
<こやつはオウムから逃げて怪我したワシを保護してくれた奴じゃ。いわば巻き込まれてしまった存在。そんな奴を協会のゴタゴタに巻き込みたくないのでの。ええか?>
「......は、はい!それでよろしければ!」
高崎さんは少し考えた後、琥珀にそう答えた。きっと協会と神のお願いを天秤にかけたのだろう。でも高崎さんはなぜか妙に納得したような顔をしていた。それでも記憶は甦っていたようではなかったが。
<それと、敬語はすかんから前みたいに普通に話してくれると嬉しいのじゃ>
「は、はい、あ。うん、分かったよ、琥珀ちゃん!」
高崎さんにまた笑顔をが戻る。一時はどうなるかと思ったが琥珀のおかげでどうにか難を逃れることができた。今夜は高級猫缶で決定だ。
「それにしても高崎さんはどうしてあんな傷を負っていたの?オウムに襲われた?」
俺は気になっていた怪我のことを高崎さんに聞いた。ちなみに俺は琥珀からいろんな魔術的なことを教えてもらって協力している立場として高崎さんには説明している。
「それは......少し長くなるんだけどいいかしら?実はね。最近、学校を休んでる篠山くんを繁華街で見かけたの」
「碧人を!?」
俺は碧人を見かけたと聞いて反射的に立ち上がった。唐突なことだったので高崎さんをひどく驚かせてしまった。
「ご、ごめん、続きを」
そうして高崎さんから話を聞くと、碧人を追いかけて行った先の路地裏で不思議な絵を見たそうだ。絵と言っても落書きのようなもの。そして気づけば、後ろに不審な男が立っていてその男が狼人間に変身して襲ってきたとのこと。
普通の人間なら何言ってんだ、コイツとなるが、魔術の存在が明確になっている今はそんなおかしな状況であっても信じられる。そもそも高崎さんが嘘言うはずない。
「そうだったんだ......実は俺も碧人を探してるんだ。ここ数日幼馴染みの雅さんにまで全然連絡がないみたいでさ」
「え?そうだったの?」
「ああ、それで俺、思い切って碧人の家訪ねてみたんだよ。そしたら鍵空いててさ。悪いとは思ったんだけど中に入ったら、その。高崎さんが見た不気味な絵に似たような絵がそこにもあったんだ」
「え?ほんと!?」
それでそこに来た不審な男たちのことも話した。話を聞く限り、高崎さんはその男たちとの接触がかなり危険だったのではないかと俺のことを心配してくれた。
どうも俺と高崎さんの話をまとめるとそこには共通点がある。碧人のこと。謎の絵。不審な男たち。どれも偶然では結びつかないような内容だ。
俺と高崎さんは話し合った結果、昨日高崎さんが襲われた繁華街の路地裏に行くことになった。
行く時、魔術の使えない俺は危険だから置いていくと言われたが、俺こそ高崎さんを放って置けないと説得してどうにか一緒に行くことになった。もし、戦闘があればすぐに逃げること。それを条件に。まあ、戦闘になっても俺は大丈夫だろ。
◆
「これは......」
今、俺たちは昨日、高崎さんが襲われた路地裏の奥まで来ていた。
「なにもないな......」
しかし、そこには予想に反して何もなかった。昨日高崎さんと戦った男はもちろん、高崎さんが見たと言う謎の絵もそこには存在していなかった。
「おかしいわね......」
これで完全に手掛かりがなくなってしまった。後は、繁華街周辺で碧人の目撃情報を聞くだけになるだろう。
そう思い、俺と高崎さんが路地裏から出ようとした時。
「おい、なんでこんなところにガキが居やがる?」
背後の何もなかったところから男の声がした。俺と高崎さんはすぐ様振り向く。
それはまともや突然に現れたその男は俺が以前に碧人のマンションで見た不審なスーツを着た人物だった。
「はあ、ったく。お前らか?俺らのこの縄張りであんなふざけた絵を描きやがったのは?憤怒のやろうどもめ。ふざけたことしやがって。てめえら、ここをまともに出れると思ってないだろうな?」
男はそう言うとかけていたサングラスを外し、額に青筋を浮かべる。そして何か力んだかと思うと、その辺に積み上がっていた木材などが宙に浮き出した。
「なっ!?これは!?」
「くっ!三波君、下がって!!」
高崎さんはそう言うと前に出た。
「第2郡ノ8:水掌波!!」
そして唱えられる魔術。俺はいつも琥珀が使うものを除いて、初めてまともに魔術を見たかもしれない。それはきれいなものだった。
一方、宙に浮いた、木材などがこちらに一斉に飛びかかってくる。それが高崎さんが唱えた水の魔術とぶつかり合って、激しくそこらに跳ね飛び、水しぶきが舞った。
「ああん?なんだ、そりゃ?水の能力者か?」
「そういうあなたは何?何の魔術なの?」
「魔術ぅ?はっ!そんなもん知らねえな!お前らはとっと死ねや!!」
男は尚も、周りにある石や木材、挙げ句の果てには周りを囲んでいる雑居ビルの窓を割り、そのすべてをこちらを飛ばしてくる。
「っ!あの数じゃ防ぎきれない!!」
魔術がどれくらい種類があるのかは知らないが確かにあれだけの物量が飛んでくれば防ぐのは難しいと思った。防ぐのではなく、壊す。
俺は前にいる高崎さんの腕を引っ張り後ろに引き寄せる。
「え?三波君?何してるの?!どいて!」
「大丈夫だから」
俺は一言高崎さんにそう言い前に向き直った。そして手を前に翳す。
「九染」
そして俺たちに向かう全ての物体はそこから跡形もなく消失した。
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