第52話:邪念

 既に日没。暗がりの道を歩く。繁華街はまだまだ遠くだ。既に碧人があのマンションから繁華街へ行くと言ってから3日過ぎ去ってはいる。なので未だ、いる可能性は低いが、何か手掛かりになるものがあると期待して向かうことにした。


 その道中、歩いているとふと公園が目に入った。そういえば。


「そういえば、あの時もこの公園で高崎さんと話したんだったか」


 神楽山でのあの戦いが始まる前、俺は本屋で偶然にも出会った高崎さんに連れられ、この公園へやってきた。そこで俺は、高崎さんに詰め寄られたわけだが──


「今は、そんな記憶もないんだよな......」


 俺は少し切ない気持ちになった。決してあれがいい思い出というわけではないが、彼女の中の記憶に自分と過ごした時間がないというのはとても寂しいものだった。


 そういえば、あの神楽山での戦いからオウムをしばらく見ていない。この1週間で1匹も出ていないというのも少し、気になるところではあったが、琥珀によれば「今までが出過ぎだっただけじゃ。まあ、そんなもんじゃろ」と言っていたので恐らく気にしすぎであろう。


 公園の周辺には暗めの街頭が並んでいる。今時、LEDでない明かりなどこの辺くらいのもの。その微妙な輝度で街頭の真下くらいしか明るさは感じられなかった。


 しかし、今日は月が綺麗だ。それは暗い公園の中であっても幻想的に照らし出してくれる。


 そんな公園の中、ベンチに誰かが横たわっているのがわかった。今日は金曜日。最初は酔っ払いでも倒れているのかとも思ったが、先ほど日没を迎えたばかり。いくらなんでも早すぎると思った。


 しかし、よく目を凝らしてみれば、その格好は我が校の制服だ。


 そして少し近づけば、またその人が綺麗な金髪をしていることがわかった。そんな綺麗な金髪は、俺の中では彼女しか心当たりがなかった。

 あんなところでなんで寝ているのか、そう思って声をかけようとした時、気づいてしまう。彼女の腹部から血が滲んでいるのが。


「高崎さん!?」


 俺は、気づけば声を荒げ、瞬時に彼女の元へ駆け寄っていた。

 見れば見るほど酷い。彼女の脇腹はパックリと何か鋭利なもので裂かれており、そこから止めどなく血が溢れている。


「なっ!?これ!?どうなってんだ!?なんでこんなに血が......それより、手当てしなくちゃ。くそ!!」


 俺は顔見知りなだけに非常に焦りを覚えた。それが俺の思い人であるなら尚更だ。

 救急車......と考えたが、ダメだ。彼女は魔術協会に所属している人間。この傷がオウムとの戦闘によるものなら迂闊に民間の病院に行くのも得策ではない。


「ああ、もう!協会は......今ダメなんだった......くそ、こうなったら!」


 だったら魔術協会へというのも考えたがこれもダメだ。今は俺は協会とは全く縁もなにもない一般人。そもそも俺は教会の場所を知らない。生徒会メンバーの連絡先を知らない。


 しかし、もうそうも言ってられないので救急車を呼ぼうとしたが、一つ方法を思いつく。


(そうだ、琥珀なら......)


 この傷を治せるかもしれない。そう思った俺は血濡れた彼女を抱き抱える。

 抱きかかえた彼女は心配になる程、軽かった。


「高崎さんごめんね、少し我慢して!」


 俺はそのまま、お姫様だっこの要領で彼女を抱きかかえ、周りを確認してから、その場から跳び立った。


 空を舞っている間も、彼女は苦しそうに唸っている。時々、何かをうわ言のように口にする。


「なんで.......なんでいなくなっちゃったの......」


「......」


 痛みに悶える彼女の瞳から一粒の雫がこぼれ落ちる。彼女がどんな夢を見ているのか気になった。その寂しそうな顔は俺の胸を鋭く締め付けた。


 俺はそれを誤魔化すように自宅へ急いだ。


 どたどたと慌ただしく、俺は自宅の玄関を開け、リビングに連れていく。彼女の顔色は血を流しすぎたためかかなり悪い。傷を治しても輸血が必要かもしれない。そう思うと一層焦りが生じる。


 <にゃ!?どうしたのじゃ、新!その娘は!?>


「琥珀、話は後だ。まずは、魔術で高崎さんの治療をしてくれ!!」


 <分かった、待っておれ!>


 俺は高崎さんをソファに下ろし、琥珀に治療を依頼する。

 琥珀はその依頼を了承するとソファ前の机に飛び乗り、淡く光り出した。


 すると、どうだ。高崎さんが負っていた傷がみるみるうちに塞がっていく。やはり、魔術というのは奇跡を起こす、神秘的なものだと感じた。


 そして琥珀が魔術を使い始めてから5分ほど。もう、傷跡も分からないほど綺麗塞がった彼女の綺麗な肌が制服の破けた隙間から顔を覗かせる。思春期真っ只中の俺にはこれ以上、見ることができなかった。


 <ふいー。こんなもんじゃろ。久々に本気出してしまったわい。今はワシにはこれくらいが限界はじゃ>


「ありがとう、琥珀助かった。でも血とか大丈夫なのか?大分、血を流してたみたいだけど。輸血とか......」


 <安心せい。この娘の残留魔力は少なかったが、血に変換することくらいはできた。それでどうにか事足りるじゃろう>


 魔術ってすごい。本当になんでもできるんだな。そう感動を覚えずにはいられなかった。高崎さんの顔色も大分良くなった。俺は安堵の表情を浮かべる。そして俺がそんな表情をしているとそれに気づいた琥珀は俺を見て得意げな顔をした。


 <ふふん、どんなもんじゃ。言っておくがこれほどの高等テクニック、普通の魔術師じゃできんからの。ワシ偉大なる猫神だからできたことじゃ!ほれ、敬えい!!>


「よくやった、琥珀。今日は、高級猫缶を出してやろう」


 <ほ、ほんとか!?やったのじゃ!流石は新!話が分かるのう!!>


 猫は目の前で無邪気に喜んで飛び跳ねている。ちょろい。こんなちょろいのが猫神とは信じがたいが、高崎さんを救ってくれたのは事実。ここは素直に感謝しておこう。


「ありがとな、琥珀」


 <な、なんじゃ?素直なお主は気持ち悪いの>


(やっぱり、安もんでいいか)


 俺はそのことを腹に決め、偉大なる猫神様に安物の猫缶を与えるのであった。その後、琥珀と揉めたことはいうまでもない。



 その後、俺は、高崎さんをベッドに運んだ。しかし、ここで問題が発生する。高崎さんの服装だ。彼女は制服を身に纏っている。しかしだ。脇腹は破れ、そこに接する部分は血で赤く染まっている。なんなら、その破けた部分から健康的な白い肌が見え隠れしている。そして、先ほどは焦っていたため気づかなかったが改めて冷静になると見えてはいけない、女性の下着なるものまでチラリズムする始末。これは健康的な男子高校生にとって刺激が強すぎる。


「ど、どうしよう......」


 しかし、着替えさせないわけにもいくまい。いつまでもこんな格好というのもよくはない。一瞬、雫を呼んで着替えを頼もうとも思ったが、却下だ。こんな状況説明できないし、言い訳すら思いつかない。


「高崎さん、ごめんなさい!」


 腹を括った俺は、目をつむりながら彼女を着替えさせることにした。


(これは、仕方ないこと。仕方ないこと。仕方ないこと。仕方ないこと......)


 こうやって煩悩を消し去りながら、あるいは言い訳をしながら彼女の服に手を伸ばそうとし、彼女の制服を脱がせる。


 というか、無理。目を瞑りながらなんて無理。変なとこ触っちゃうかもしれない。しかし、でも目を開けてしまえば、彼女の綺麗な肢体を目にしてしまう。


 結局俺は、できるだけ彼女の体を見ないよう目を開けて、服を脱がし、洗濯したばかりのTシャツとハーフパンツを彼女に着せることに成功した。幸い下着には血は付いていなかった。


(後で詰め寄られたら正直に謝ろう。一発くらいは覚悟しておこう)


 一発でも足りないかもしれない。十分にお釣りが来るレベル。そんな邪なことを考えながら俺は自室を後にした。彼女の表情はもう柔らかく、いつも通り、綺麗な顔をしていた。


 俺はその夜、ソファで悶々として寝ることができなかった。理由はお察しの通りだ。




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