第44話:待ってるから
泣き笑いする真白を見て少しの安心感を得た新だったが、ゆるまったその顔をすぐに引き戻した。
遠くの方で木が倒れたような大きな破裂音が鳴ったのが聞こえたからだ。大方、先ほど吹き飛ばした相良が腹いせでその辺に八つ当たりしたのだろうと推測した。
「琥珀、高崎さんを頼む」
〈心得た!〉
琥珀は既に他の生徒会のメンバーの治療を終え、どうやって運んだのか治療を終えたメンバーを並べて寝かせていた。
どのメンバーも命に別条はなさそうだ。八代も腹を貫かれていた形跡があったが、今はその傷もふさがっている。琥珀が高度な治癒魔術で使用したんだろう。
そして琥珀は最後に残った真白に治癒魔術を施し始めた。
「三波君。この際君が何者かは聞くまい。しかし、君一人では奴の相手は危険だ。私も一緒に戦わせてくれないか?」
「凛さん!そ、それなら私も!補助魔術くらいだったら使えるから、私も一緒に戦わせて?」
二人の申し出に驚きはしなかったが、新はどう断ろうか悩んでいた。
〈お主らの申し出はありがたいが、既にこの有様じゃ。あまり利口な判断とは言えんと思うがの。それに確かにあやつの魔力は尋常ではない〉
琥珀の言葉にやはり助太刀しようと考えているのだろうか。新的には誰かと一緒に戦うことなんてしたことなかったので、ごめん被りたかった。それに今の二人がまともに戦えるとは思えない。
しかし、続く琥珀の言葉は助力を求めるようなものではなかった。
〈じゃが、安心せい。こやつは。新は確かに魔力も何にもないが、強い。良く分からんが強いのじゃ!だからここはこやつに任せてここで待っておるのじゃ〉
こいつは説得力という言葉を知っているのだろうか。まるで安心できそうない説明に新は、口を挟もうとした。
「おい、こは......」
「分かったよ。琥珀ちゃん」
「ま、真白!?何をいってるんだ!?」
口を挟むよりも早く、真白が新の言葉に被せる。その言葉は新の予想に反したものだった。
真白は、凛の言葉に反応するも、「大丈夫です」と一言告げ、新の元に近寄った。
「た、高崎さん?」
「待ってるから。私、三波君のこと、新君のこと信じてる。ちゃんと勝って帰って来てくれること信じてるから。だから、どうか無茶だけはしないでね......?」
真白は自分がどれだけ矛盾を孕んだ言葉を吐いているのか分かっていた。
あの強さの相手に無事でいることなどできない可能性の方が高い。だけどそれでも先ほどの立ち回りを見せた彼なら、きっと勝ってくれる。そう予感した。
「......分かったよ。高崎さん。必ず帰ってくるからここで待っててくれ」
「こりゃ、無茶できないな」とぼそり独り言をこぼし、頭を掻いた。これは本人は気づいてなかったが、急に下の名前で呼ばれたことによる照れ隠しの行いだった。
新は真白から言われたことを胸に相良の元へ向かおうとした。
凛もそんな様子を見てこれでは自分も待つしかないなと諦念を吐いた。
とそこへ地面を疾る斬撃にも似た攻撃が木々を切り裂きながらこちらに向かって来た。
新は咄嗟に地面を蹴り上げ、隆起した岩盤でその斬撃を防いだ。斬撃と岩盤は相殺され、暗い森の向こうからは形相の変わった相良が姿を見せた。
「ふーふーふー。あなた達は皆殺し決定ですよおお......」
少しおしゃべりし過ぎたか。相良は大きく肩で息をしながらとこちらまで戻って来たようだ。
その目は先ほどの冷静なものとは違い、明らかに血走っているように見て取れた。よほど、新に吹き飛ばされたのが頭に来たのだろう。
「二人は下がっててくれ!」
〈いくぞ、二人とも〉
新は真白と凛に指示を送る。二人は無言で頷くとその場から遠ざかろうとした。
「まずは、お前らから片付けてあげますよおおおおお」
相良は新のことを無視し、戦線を離れようとしている真白と凛に全魔力を集中させた踏み込みで肉薄し、手を伸ばした。
真白と凛は一瞬のことにまともな反応ができず、襲い来る手に目をつぶった。
「おい」
しかし、一向にその凶暴な魔手は二人に届くことはなかった。
真白はゆっくりと目を開けるとそこには、新が相良の腕を握り、襲い来る攻撃をせき止めていた。
「なっ!?」
まさか、これすらも反応されると思っていなかった相良。少し卑怯ではあるが、新でなく、この二人を襲えば必ず、この腕をつかんでいるこの男は虚を突かれると思っていたのである。
しかし、蓋を開けてみればこの男はまるで動きでも読んだかのように、自分の腕を掴んでいるではないか。全力で疾駆した自分の動きにいとも簡単について来て。
掴まれている腕はピクリとも動かない。一筋の汗が流れた。
腕を掴む新は、二人が狙われたことにより、先ほど鎮火したはずの怒りが再燃していた。
そしてそのまま掴んでいる腕を自分の元へ引き寄せる。
一瞬のことで反応が遅れた相良の腹に本気の一撃をお見舞いした。
「ごあっ」
再度、地面から足が浮き、体勢が崩れる。
吹き飛ばされ宙に浮いた体を立て直そうとしたが、気づけばその吹き飛ばされた速度にも新が付いて来ていた。
そして、もう一発。渾身の蹴りが炸裂した。
先ほど戦っていた場所よりかなり遠くの位置に身を埋めた、相良は怒りで体を震わせた。
あり得ない!あり得ない!あり得ない!あり得ない!あり得ない!
訳もわからないうちにまたもや、吹き飛ばされた相良は自分の身に起きた異変を未だに信じることができなかった。
1度ならず、2度までも。
この体はそんな魔力もこもっていないパンチ如きにダメージを受けるようにはなっていないはずだ。
それなのにも関わらず、なぜ全身の骨が軋んでいるのだ。なぜこうも簡単に吹き飛ばされるのだ。なぜ血反吐を吐き続けているのだ。
こんなことあってはならないのだ。教団の研究技術の粋を集めた、オウムとの融合があんな訳のわからない小僧に遅れを取るなど決してあってはならない。
アッテハナラナイ。
今のはだいぶ感触あったな。今持てる全力の力で相手の腹を殴りつけたのは、この力を手に入れてから初めてだった。
感覚的なものではあるが、今の俺は本気で殴れば降り注ぐ隕石くらいだったら木っ端微塵にできそうな気がする。
それにあれだけの蹴りもお見舞いしたんだ。あの男は無事ではいられないだろう。
「や、やったのか?」
「新君!」
二人は新が相良を再度、倒したのを見て、近寄ってこようとした。
しかし、新はそんな二人を右手を水平に掲げ、制止する。
新の視線は、未だに相良を蹴り飛ばした方を向いている。
〈まだじゃ!〉
琥珀が代わりに答える。
「ギャアアアアアアアアアア」
そして森の奥からドスドスと地面を揺らせながら大きなモンスターが咆哮とともに現れた。
その姿は既に人の身から大きく離れたもので、口や皮膚は裂け、グロテスクにも筋肉が露出しているように見える。そして大きな特徴はその右腕だろう。まるで刃物が一体化しているかのように変化したその腕は全てを両断してしまいそうなくらい鋭い。
「この魔力......こ、これが相良さん......?」
「オウムと融合したものの成れの果てというわけか......」
〈なんともグロテスクな......〉
あまりにグロテスクな様相に見ていられないと眉を顰め、顔を背ける真白と凛。そして琥珀。
後ろの二人によると、これは先ほど自分が吹き飛ばした非常勤講師、相良のようだ。今はオウムと融合してこんな姿になっているらしい。
「うげえ。気持ち悪いなこいつ」
言うつもりのなかった本音が出てしまう。
それを聞いてか聞かずしてかは分からないが、相良はその巨躯で今まで見せて来たどの速度よりも早いスピードでこちらを一刀両断すべく、右腕を振るった。
「「きゃあああああ」」
完全に反応することのできずに斬撃をどうにか受け止めたが今度は新が吹き飛ばされてしまう。
そして、その斬撃は周りの木でさえも全て切り倒していた。
真白と凛はどうにか身を屈めることにより、斬撃の余波は受けなかったようだ。しかし、目の前には化け物と化した相良がいる。
その見た目も相まって恐怖する。
「いってなあ!」
吹き飛ばされたが、空中で体制を立て直し、そのまま体を地面と水平にした。新はそのまま、吹き飛ばされた先にある木をバネにすると、すぐに相良の元へ飛び込み、もう一度拳を放つ。
先ほどまでならこれで吹き飛んでいたはずの相良は今はその凶器と化した腕で受け止めていた。二つがぶつかり合う衝撃が周囲に広がる。
「きゃっ」
「くっ」
〈下がるぞお主ら!〉
その衝撃に腕で顔を守り、小さな悲鳴をあげる二人だったが、衝撃が収まると琥珀の指示に従い、冷静にその場から飛び退いた。
初撃を防がれた。しかし、新は決して油断することなく、続けざまに連撃を放った。
どれも目の前の相良を倒すには至らず、全て受け止められていた。
そして間合いを取るために相良であったものもその場から飛び退いた。
意外にも理性的な相手に新は考えていた。
先ほどまでは圧倒していた新だったが、今はどれも有効な一撃に繋がらない。
どうするかと考えていると目の前の敵がなにやら、口元に光を集めている。
目視して分かった。あれは周囲のエネルギーを貯めている。明らかにこちらに放って来るつもりだ。
「みんな、伏せろ!!」
そして回避行動を取った時には、レーザービームが自分の後ろ側の森を全て消し飛ばしていた。
「まじかよ、くそ」
「はあはあはあ......」
「うう......」
〈なんとゆう攻撃じゃ......〉
自分はどうにかなったが、このままでは真白や凛、琥珀が危ない。
覚悟を決めるしかないと思った。
目の前のやつを殺す覚悟を。
新は、あの門の向こう側で体験したことは決して忘れていなかった。殺らなければ殺られるということを。
そしてモンスターやオウムは殺したことがあっても人間はなかった。
二人を、みんなを守るには腹を括るしかない。
あの力を使うしかないのだ。
目の前の敵は、再度ドラゴンのブレスにも似た攻撃を行うため、エネルギーの充填を行っている。
目を閉じ、左手の紋様に集中する。
左手が激しく輝く。俺の力。俺だけの力。
使い方ならこの紋様が教えてくれる。そう感じた。
そして充填を終えた化け物は、こちらに向かって破壊の咆哮を行った。
「新君!」
「三波君!!」
〈新!〉
3人の声が重なる。
新は右手を前に突き出して、命を呼ぶ。
「
「え.......!?」
再び、後ろにいる真白たちから驚きの声が聞こえる。
あの全てを破壊し尽くすような、魔力の凝縮された攻撃が空中で消えた。
正確にはこちらに届く前に何かに飲み込まれたように見えた。
そして攻撃を放った直後の硬直が見られた化け物に新は、一瞬のうちに詰め寄り、再度力を振るう。
「
化け物は攻撃に気づき、どうにか右腕で防ごうとした。
しかし、その結果は悲惨なものだった。
新がふるった拳は、その右腕の刃ごと貫き、化け物の体の中心に風穴が空いた。
一撃だ。今、新が放った攻撃は相手の装甲に関係なく、触れた地点を中心にその部分を消滅させる防御不能の一撃だった。
ごふごふと不快な音を立てながら、化け物はその場で命尽きた。
そこに勝利を祝うかのような朝日が差し込んだ。
長い長い夜が明けようとしていた。
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