第21話

「はい? 何か?」

「いや、えっと……こっ、この女の人は殺されるの?」

 もう少しで、小池という名前を喋ってしまいそうだった。自分が小池のことを知っているとこの男に分かったら、渡邉の立場が悪くなるかもしれない。

「申し訳ございませんが、私には分かり兼ねます」

 機械男は俺の動揺に全く気が付いてないようだった。

「とっ、とにかく俺は誰にも言ってないから」

「承知いたしました。突然のお電話失礼いたしました。また渡邉より連絡させますので、その際はよろしくお願いいたします。それでは失礼いたします」

 丁寧な挨拶の後に電話は切れた。

「……ふう」

 今日は心臓に悪いことばかりが続く。

「それにしても、七三は大丈夫なのかなぁ」

 電話を置き、テレビを見る。長いCMがなかなか終わらない。画面を眺めながら「コマーシャル明けたらどうなってるんだろうな」と呟いた時、不意に閃いた。

「もしかして……いけるか、これ」

 言いながら俺の口元は、自然と緩んでいた。

「おっ! やっと始まったぞ」

 普段では考えられないほど長く流れていたCMが終わって、画面にはスタジオが映し出される。



『えー、放送の途中ですが、ここで視聴者のみなさまにお詫びとご説明をさせていただきます』

 先ほどまでそこにあった小池の姿はどこにも見えず、司会の男が一人神妙な面持ちで喋っている。

『まず、先ほどCMに入る前のKさんの発言ですが、私共は契約書を見ておらず、またKさんの記憶も少し曖昧であることから、そのようなことはないのではないかと思っております』



「うわぁ……こうきたか」

 もしも小池が契約通り殺されても、テレビ局には一切責任がないと言いたいのだろう。



『さらに、一連の話は私共が無理矢理聞き出した訳ではありません。Kさん自ら当テレビ局に電話をしてきて、自分を取材してくれと頼まれたのです』

 彼は手元の原稿をめくり、話を続けた。

『視聴者の皆様からの反応はとても大きく、その大半はこの新制度への期待と若草大統領への賛辞、そして続きのVTRが見たいという声でした』

 ここで十分すぎるほどの間を取った後『そこで、明日のこの時間に先ほどのVTRの続きを放送したいと思います!』と男性司会者が宣言したと同時に、スタジオ観覧の人たちから大きなどよめきが起こった。その声に満足したのか、二度三度と頷いてさらに続けた。

『最後に付け加えますが、当テレビ局は今後Kさんと連絡を取ることはありません。そして、この制度や試験とも一切無関係です。それでは明日の放送をお楽しみに!』



「やれやれ……だな」

 責任逃れもここまでくると、見苦しく痛々しい。が、それでも明日も見てしまうだろう。

 ワイドショーが終わると同時に、康介からメッセージが届いた。


≪見た?≫


 こいつのおかげで俺は殺されていたかもしれない。そうと思うと康介には全く罪はないが、次第に腹が立ってきた。


≪見た≫


≪明日もモチロン見るだろ?≫


≪見る≫


≪なんだよ、機嫌悪いのか? おおっ、そうか! 今日は生理か!≫


「こいつは……アホか」

 こんな奴に腹を立てている自分が虚しくなってくる。


≪えぇ、そうよー! 生理痛がひどくて苛々するのよー!≫


≪……一彦……疲れてるのか? 勉強ばっかしてないで、少し休めよ!≫


「…………」

 本当に疲れてきた。

 とりあえずメッセージを無視することにして、俺は人殺し専用携帯をもう一度手に取った。

「機械男だったら嫌だな。頼むから七三出てくれよ」

 俺の願いが通じたのか、きっちりワンコールの後、聞き覚えのある声が聞こえた。

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