100回名前を変えたらログアウトできなくなりました。

樺鯖芝ノスケ

意識の違いとかそれ以前の話



「要はみんなが愚鈍に見えてるんだろ? なんで俺についてこれないんだって」

「……え?」

 

 長身でパーマのかかった茶髪を後ろで束ねた垂れ目気味の伊達男。ギャマンに相談したいと頼み込んで話を聞いてもらったら、突然そう言われた。


 話の展開が急すぎて、否定するのが間に合わなかった。


「いや、わかるわかるよ。あ、これ俺のリアル生活での例えなんだけどさ。車運転してるときにさ、前にとっろいやつがいるとつい悪態つきたくなんだよ。『はやく行けよクソが!』って俺何度も叫びそうなるもん。周りが遅いと苛つくよな。その気持ちはすっげえわかる」

「俺、そんなこと思ってない――」


 相談したのは、最近攻略スピードが遅くなってきているから、何かリーグ全体で改善できることがあるんじゃないかということだけだ。

 決して他のメンバーを貶すようなことは言ってないし、心にも思っていない。

 ギャマンのその見当違いの解釈を弁明しても、首を振るだけだった。


「いや、いいんだよ。俺にはわかるから。ロクシュくんはさ、上手すぎるんだよ。わかんないんだろうけど、みんな君ほど上手くできるわけじゃないんだ。俺は素直にスゲえって思ってるけど、みんなが劣等感抱いてるの気づいてないだろ?」

「俺はただ、みんなで効率よくクリアできるようにと……」

「ロクシュくんは助言のつもりかもしれないけど、みんなそれが鼻についてる部分もあると思うよ?」

「みんなって……。でもサニアとかはちゃんと聞いてくれるし……」

「あー、新人のあの子ね。そりゃ表向きはそうなんだろうな」

「……表向き? どういう意味……」

「いや、ロクシュくんは知らないだけだろうけど、裏の通話でみんな同じこと言ってたぞ」


 一瞬意味がわからず、思考が空回りした。


「…………え。通話って、俺知らない」


 ギャマンは驚いたように口を大きく開けた。大仰に、演技臭く。


「あー、そっか。もしかして存在すら知らないのか……。ここだけの話だぞ。俺が言ったって言うなよ?」

「え、うん……」

「俺たちのリーグ、実はウルスラ外で通話ツールのグループ作ってんだよね。ていうかぶっちゃけリーグ内でリアルの顔知られてないのロクシュくんだけっつーか」

「は?」

「は? ってなるよな? わかるわかる。俺も同じ状況ならなるもん。は? って」

「なんで、いつのまに、そんなのがあったんだ……?」

「いつのまに、っつーか、最初から?」


 首を傾げるしかなかった。そんな話、欠片も耳に入ったことがない。


「最初……? 俺、このリーグ入って二か月経つのにそんなの知らされてないんだけど……」

「元々うちのリーグ〈ペンギン同盟〉って、リーダー含めてリアル友人同士が作ったのがきっかけだったんだよな。だからログアウトしてる間も話ができるように外部の通話ツールをよく使ってたんだよ。それが人が増えても使い続けててさ」

「今でも……?」


 何か楽しい思い出でもあったのか、ギャマンは笑顔で頷く。


「おお。昨日もみんなログアウトした後にそこで半分くらい駄弁ってたぜ。ってか俺も疑問だったんだけど、なんでうちのリーグに入ってるのに君だけグループにいねえの?」

「いや俺、リーグ入ってから誰からも誘われてないんだけど……」

「まじで? うわー。いやそれは誰でも怒るわ」


 言いながら、ギャマンはわざとらしく怒ったような表情をする。

 でもそれは、相談した相手にしてほしかった反応じゃない。


「あの、俺は怒ってるんじゃなくて、意味がわからないだけで……」

「いやそれは怒るべきだよ。なんで新人のサニアがグループ入ってんのに自分だけハブられてんだって。その怒りは正当。俺が保証する」


 自分の怒りをあんたに代弁してほしくない。

 そう思ったが、それよりも気になった。


「え……。サニアは入ってるのか」


 彼女は自分よりも加入したのは後だった。

 レベルやスキルの育成度もまだ中級者といってよく、攻略の合間によく練習の相手をしていた。

 人を褒めるのが上手な子で、確かにリーグメンバーからは気に入られていたけれど。


「あーそれも知らなかったのか。あ、そういやこれもここだけの話なんだけどさ。この前ビデオ通話をみんなでしたときにわかったんだけど、サニアって結構可愛いんだよ。二十歳になったばっかって言ってたかな? ビックリしたわ俺」

「いや、知らないし。なんでゲーム外でそんなことを……?」

「そりゃ一緒に難関ダンジョンやボスを攻略した仲なんだから、たまにはウルスラの外で遊んだりもするだろ?」


 ギャマンの言葉と今の自分の現状が論理的に繋がらない。

 そのストレスに言葉を失いかけたが、なんとかこの現状を改善させようと振り絞ったのは希望のための言葉だった。


「……なんで俺がいないのわかってるのに、ギャマンさんは誘ってくれなかったんだ?」

「いや俺そんな権限ないし。俺、ここの古参ではあるけど創設時からいるわけじゃないし、みんなの了解得てないのに勝手に誘うわけにもいかないじゃん?」

「でも俺、この前のリーグのランキング入りにも貢献したし……」


 そう言ったところを、ギャマンに指を差されて止められる。


「それ」

「え?」

「そうやって自分の功績を見せびらかすからみんな声をかけるのに躊躇しちゃうんだよ?」

「いやそういう意味で言ったわけじゃなくて、頑張ってるのに俺の扱いがおかしいんじゃないかって」


 慌てて反論したのを、ギャマンは手で遮った。


「まーともかくさ。みんな、君が上手いの判ってるけどさ。アドバイスとかそういうのはさ、ちゃんと人間関係が構築されてなきゃ誰も聞かないわけよ。攻略攻略ばっかでそこをないがしろにしてたらそりゃ反感買うって話。あ、コレは俺からの大人のアドバイスね」


 得意気に顎を上げるギャマン。

 何も応えようがなかった。そもそも、そのコミュニケーションを取る場所を与えられてすらいなかったのに。

 ギャマンは不満を感じ取ったらしい。眉を顰めてくる。


「なあ、聞いてた? 俺すげえ大事なこと言ったよ?」

「聞いてました。けど……」

「あのさあ、それが駄目なんだって。俺に相談したいって言ったのは君じゃん? つまり俺の話を聞きたかったんだろ? なのに『けど』とか言われたら俺の時間なんだったのってなるじゃん」


 ギャマンは威圧的に眼光を鋭くさせてくる。

 怖かったわけではないが、きっとこれが正しい応答なのだと判断した行動をとった。


「…………すみません」

「ロクシュくん確かまだ未成年だっけ? 社会出てないとこういうことはピンとこない部分もあるかもしれないけど、ウルスラのリーグって会社と似たとこあるからさ。俺みたいな大人の話は聞いといたほうがいいよ?」

「わかりました。すみませんでした」

「じゃ、そういうわけだし、次から気をつければ大丈夫だから。通話のグループもロクシュくんからリーダーに言えば多分誘ってくれると思うし。お互い協力してリーグを強くしていこうぜ。君ならできる! なんつって。格好つけすぎか? あはは。ま、頑張ろうや」

「はい。ありがとうございました」


 背中をばんばんと叩かれて、出てきたのは意欲ではなく吐き気だった。















『ログアウトしますか?』



 はい






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