第7話 根拠は、今年は杉花粉が凄いよな

「根拠は、今年は杉花粉が凄いよな。観測以来最高らしい」

 杉花粉となんの関係があるんだ?

「それで、この県は杉と沢の付く名字が多い。沢村、沢井、杉田、大杉もそうだよな。俺が行政に尋ねたところ、人口の一割強の名字に沢か杉の字が使われているんだ」

「……?……」

 その話と花粉の量とどう繋がってくるんだ。なにか突拍子もない説が飛び出してきそうな予感がする。さあ、俺たちを驚かしてくれ世紀末ジャンキー

「ところで、沢村、沢井、大杉。お前たちの花粉症の症状はどうなんだ?」

「えっと、俺は花粉症とは無縁ですね」

「私もです」

「僕はすごいんですよ。今年は特に、マスク無しじゃあ外も歩けないぐらい」

「やはり。僕の仮説も信ぴょう性を帯びて来たな」

「仮説ってなんですか?」

「沢の付く人間は花粉症にならない。そして、杉の付く人間はひどい花粉症になる。まあ、僕の周りに起こっている現象だけどね。しかし、一般的にもそうなんじゃないか?」

 俺の周りの沢と杉の付く人間は? 確かに部長の言うことには一理ある。

「そうなんよね。うちも母方の実家がこの県でさ、旧姓を沢谷っていうんやけど、うちも花粉性とは無縁なんや。部長の話に一理あるって頷いたもん」

 藤井さんが部長の仮説を後押しする。まあ、そんなこともあるかもしれないが、それがどうしたって感じだ。

「名字っていうのは、大体その土地の地形風土を元につけている。ということは、この県は杉と沢に縁がある土地ということだ」

 俺はポカンと口を開けていたかもしれない。なんだその仮説は! キレもコクもないこじ付けもいいところだろう。世紀末ジャンキーの後継者認定するところだったんだ。もう少し、ひねりと押しの効いた説をお願いしたかった。

「それに風土というとこの県に残る昔話だ。この地方の有名な昔話といえば?」

「天女の羽衣(はごろも)伝説!」

 俺は昔から良く聞かされた伝説の名前を口にした。

「そうだ。この地方には、あちこちに天女の羽衣伝説が残っている。まあ、事実と異なるにしても似たような話がどこかにあったんだろう。僕がまとめたところでは大体次のような話になっている。

天女が水浴びをしている所を盗み見た男が、その美しさに、天に帰れなくしようとして、羽衣も隠してしまう。でも、天女に懇願されて、天女が舞を舞うことを条件に羽衣を返し、男は天女が舞を舞いながら天に帰る姿をいつまでも見送っていたというのが大体全国的に知られている昔話。子供用に大分脚色されているけどね。

しかし、この辺りの伝説は、巨大な杉の木のふもとに在ったきれいな沢で、天女たちが水浴びをしているところに村人が出くわし、天の羽衣を盗すんだ村人が、天女を村に迎え入れて、天女にこの貧しい村を裕福にしてくれたら羽衣を返すと嘘を言ったんだ。

そして、天女に美しい反物を作らせ、その反物を売ったお金で村人は豊かになり、村も天女が持つ天候を操る神通力のおかげで、作物は豊かに実り裕福になっていったんだ。

しかし、人間は欲をかくものだ。豊かになればなるほど、村人たちは天女の力を重宝がり、決して天には返そうとしなかった。

やがて、神通力を使いすぎた天女は、天人としての力を失い、失意の中で子どもを身ごもったまま、村を追い出されて放浪した挙句、村はずれの村八分になっていた年寄りの住む山奥の炭焼き小屋で子どもを産んだんだが、体が弱っていたところに、流行り病にかかり、あっけなく天女は命を落としてしまうという悲劇の話が語られている」

そうなんだよな。この地方が天女の羽衣伝説の発祥の地とか言われているんだが、この悲壮感がマイナスで、他の美女伝説、竹取物語のかぐや姫、それから浦島太郎の乙姫様と比べて天女様は少し勢いがない。俺に言わせると日本昔話に出てくる三大美人の一人だと後押ししたいところなんだが。

俺の考えを見透かすように部長は言葉をつなぐ。

「そういったわけで、県は天女のゆるキャラを作って観光アピールに力を入れているが、まだまだメジャーには程遠い感じだな。まあ、それでも地元の人たちには馴染みが深い」

「あの~部長。それで、杉沢村と天女の羽衣伝説がどう結び付くのか……。さっぱり?」

「沢村~。お前まだわからないのか。この地方の名字に使われている杉と沢、それから天女伝説に出てくる杉と沢、結びつきがあると考える方が自然だろう」

 どこがどう自然なのか、俺にはわからない? その理論構築、すでに破綻しているのに気が付かないのか?

「そして、杉は天女。沢は天女の子どもを象徴しているんだ。杉花粉は杉に込められた天女の怨念を受けて有毒な花粉をまき散らし、村人たちの子孫に害をなしているんだ。そして、天女の子孫は、天女の加護を受けて、有毒な花粉に対して抗体を持っているんだ」

「「「……?……」」」

 周りも突拍子もない結論に、完全に呆れて黙り込んでいる。

 なんだその強引な結論は? さすが世紀末ジャンキーと言うか似たようなやつらだってもう少し読者を納得させる結論を導くぞ。大体、都合の良い調査結果をもっともらしく提示した後、「わ、わかったぞ!!!!」と結論を叫んでくれないと、さすがに俺もその手のマンガのように「な、なんだって!!!!」と叫ぶことは強要されても絶対に無理だ。

「いずれにしても、我が心霊スポット研究会は、杉沢村の調査に出かけなければならない。そしてキーワードは、天女伝説に出てくる天にも届く巨大な杉だ」

 そんなくだらない理由で杉沢村に出かけようとしているのか? だが、県内のどこに杉沢村が在ったかなんてわからないだろう……。

 すると、俺の頭の中を読んだように、部長はにやりと笑って、さらに持論を展開する。

「俺は大学内の地元出身者に天女伝説について聞いて回ったんだ。そしてある傾向に気が付いた。全国の天女伝説に近い話と悲劇的な話。話の内容がより悲劇的な地区は、限定されている。その地区こそ黒姫山近辺なんだ」

「でも、黒姫山近辺に巨大な杉ってあったか? 例えば東京タワー並みの高さがあったとしら回りからも見てわかるんじゃないか?」

 黒姫山、確かに人里離れた場所だが、俺は部長の持論にすぐさま反論した。

 部長は、フッと笑って、言葉をつなぐ。

「僕は、国家機密レベルの隠ぺいに、偶然、行きついた」

「……」

 呆れればいいのか? この部長の話は反応に困る。その時、座敷の障子が空き、「ラストオーダーです」と店員が告げにきた。

 どうやら、二時間の飲み放題の時間が来たみたいだ。ということはもう七時前ぐらいか。

 カラになったグラスを上げ、今度は酎ハイを頼む。みんな気が付かないうちに結構飲んでいたみたいだ。

 隣の沢井さんもほんのりほほが赤くなっている。

「もう、そんな時間か? そろそろお開きにするか」

 部長の声にみんな帰りの段取りを確認しだす。

「二次会に行こうぜ!」

 杉田が提案するが、女性陣が反対の声を上げる。

「美優ちゃんたちは、今日は早めに帰った方がいいよ。親が心配するやん」

「だったら僕がタクシーで送っていくよ」

「ダメ。杉田のオーラどす黒い。私送ってく」

「そうなんや~。杉田、美優ちゃん相手になんかよからぬことを考えとるんや。それやとお姉さんが阻止せんとあかんな。うーん残念。せっかくこの後、錬君と大人の付き合いをしょう思うたんやけど……、次回にお預けやな……」

 艶ポイ声で、そう言いながら。藤井さんはほんのり赤くなった顔を俺に近づけてくる。色っぽい瞳にドギマギする俺。身を引こうとする俺の腕を取って推定Fカップの豊満な胸を押し付けてくる。

「藤井さん、酔っ払ってますよね? 早く沢登さんと一緒に帰ったほうがいいですよ」

「だめ、私のことは彩、麗のことは麗って呼んで」

 俺はさらに胸を押し付けてくる藤井さんに困惑していると、沢登さんが藤井さんの腕を引っ張る。

「彩、行くよ。それに美優も」

 沢登さんに腕を引っ張られた藤井さんは、すくっと立ち上がり、

「ああっ、もう少しで錬君を落とせたちゅうのにな」

 普通のトーンで俺に向かって言って、ある意味俺をドン底に叩き落とす。からかわれていただけだった?!



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