第7話 黒いドラゴンと黒曜石のウロコ

「おい人間の子ども、そこで何をしている?」


 マシューは一言も返事をする事ができませんでした。ドラゴンはゴロゴロとのどをならしながら、低い声で続けます。


「俺様のふところで何をしている?と聞いているんだ」


 灰色の雲の中で、今まさに雷を落とそうかというような声です。マシューはじっと、ドラゴンの怒りが通りすぎるのを待ちました。

 しかしドラゴンは熱い鼻息をふんと吹きだし、マシューの事をじーっと見つめます。


「お前はあのいまいましい、洞窟どうくつの中にいる人間の仲間か?」


 聞かれ、マシューはあわてて首をふりました。ドラゴンはうたがわしげに、黄色い目を細めます。


「本当か? あの男に頼まれて、また私のウロコをうばいに来たんじゃなかろうな?」

「そうそう! お前さんのそのピカピカなウロコを1枚……」


 ぺちゃくちゃとうるさい、自分の肩に乗っていたハツカネズミをむんずとつかむと、マシューはあわててポケットの中へと押しこみました。ドラゴンは目を血走らせ、鼻から火花を出して怒りだします。


「なんだって?」

「な、なんでもないよ……!」


 マシューはあわてて、先ほどのハツカネズミの言葉を取り消しました。

 ドラゴンの長い尾っぽがぐるりと回りこみ、マシューをかかえこんでしまいます。


「だがお前は人間の子どもだろう? 人間同士、何か良からぬ計画を立てていてもおかしくない」


 ドラゴンののどの奥からはマグマが流れているような、ゴロゴロという音が聞こえてきます。今にも目の前の大きな口からまっ赤な炎がふき出すかもしれない、とマシューはあわててドラゴンに取りつくろいました。


「ぼ、僕と洞窟にいるおじさんはとても仲が悪いんだ! さっきも、仕事の邪魔だ! 子どもはさっさと行け!って追いだされてしまったんだから!」


 そう聞くと、ドラゴンは少し怒りがおさまったのか、鼻から火花を出すのをやめてくれました。


「そうかそうか。それはいい」


 むしろ、鼻につくような猫なで声でそう言います。マシューにはそれが気味が悪くて仕方ありませんでした。

 ドラゴンは太い前足でマシューをぐいと引きよせ、大きなはなつらにつき合わせます。あまりにも巨大な鼻っ面なので、マシューには目の前に黒曜石でできた山がそそり立っているように見えました。


「そ、そんなにいい事かな……?」


 マシューは上半身を思いっきりそらし、なんとかドラゴンの片目と目を合わせます。ドラゴンの黄色い目玉は下まぶたがぐっと持ち上がり、上向きの三日月のような形になりました。それはドラゴンが笑っているからだと、マシューはすぐに気がつきました。


「あぁ、とてもいい事だとも。つまり人間の子どもが何か危ない目に合っても、誰も助けにこないという事だろう?」

「そ、そうかな!?」


 マシューはあわててドラゴンの言葉をさえぎります。


「僕がケガしたら、怒りだす人たちがたくさんいると思うよ!」

「ほう、たとえば?」

「お母さんとお父さんでしょ。それから学校の友達や先生、きっとケーサツだって黙っちゃいないよ!」

「そうか、それは困ったなぁ」


 そう言いつつ、ドラゴンは顔が横にさけるほど嬉しそうに笑うのでした。


「しかしそうは言っても、こんなに上等なエモノがふところに収まっているというのに、みすみす逃がしてしまうのもおしいと思わないか?」

「ぼ、僕みたいな子どもなんて、大して食べるところもないし、イマイチだと思うけど?」

「いやいや、そうでもない。子どもはやわらかくて格別なんだ。骨までいける」


 そう言って、ドラゴンはべろりとまっ赤なベロで舌なめずりをします。マシューはごくりとつばを飲みました。

 その時、何かがマシューの指先をこづきました。ちらりと目をやると、ハツカネズミが口の前で小さな指を1本立て、しーっというポーズをしています。その後に、マシューのポケットの中を指さすのでした。

 そうか!と思い、マシューはそっとポケットの中に手を入れます。思った通り、魔法の枝がまだそこに入っていました。


「どこから食ってやろうか。足か、それとも頭か」

「僕なら頭からいくな」


 ドラゴンは目をぱちくりさせてマシューを見つめますが、マシューはにやりと笑うだけです。

 ドラゴンはいぶかしみましたが、それでも大きな口をがぱりと開けました。まっ赤な舌に、縁にはずらりとするどい牙が並んでいます。


「ではお望みどおり、頭から食ってやろう!」


 そうしてマシュー目がけて、おそいかかってきました! しかし口を閉じても、そこには何もありません。おかしいなとふところを見ると、そこにマシューの姿はありませんでした。

 あわててドラゴンが辺りを見回すと、マシューはドラゴンのしっぽをすりぬけ、岩場のまん中に立っていました。


「お前、いつの間にそんなところに……!?」

「魔法の枝を持っていれば、ずっと速く走れるんだ!」


 そう言ってマシューが魔法の枝をポケットから取りだすと、なんとただの木の枝だったのが、金の柄のついた1本の剣に姿を変えました。


「うわぉ……」


 これはマシューも予想外でした。(今までの道中で予想どおりだった事などありはしませんでしたが)

 剣を見るやいなや、ドラゴンははげしく取りみだし始めました。


「ずるいぞ! そんなのはズルだ!」

「ズルじゃないよ! とっておきの秘策だ!」


 さぁ、ここからどうしようか。マシューは2人で(正確には1人と1匹で)協力してドラゴンをたおそうと、ハツカネズミの姿を探しました。ハツカネズミがドラゴンの周りをうろちょろと走りまわってくれれば、あるいは奴の目をあざむけると思ったのです。

 しかし、マシューのその計画はすぐに叶わぬものだと分かりました。なぜかって、それは岩山を一目散にかけ下りていく小さな毛むくじゃらの生き物が見えたからです。


「ずるいぞ! 僕をおとりにしたな!?」

「魔法の枝があるって教えてやったろ! おいらは案内役、お役ごめんだ!」


 マシューがハツカネズミに文句を言っている間に、ドラゴンは大口を開け、またこちらにおそいかかってきました。


「うわぁ!!」


 あまりの迫力にマシューは目をつぶり、剣をめちゃくちゃにふり回しました。すると、何か硬い物に当たる感触と、ドラゴンの雄たけびが響き渡ります。

 マシューがおそるおそる目を開けると、岩山の奥へとドラゴンが走り去っていく姿が見えました。先ほど硬い何かに当たったせいで落としてしまった剣をひろおうと足元に目をやると、そこにピカピカの黒曜石のウロコが1枚、剣と一緒に落ちていました。


「やった! 黒曜石のウロコだ!」


 なんと幸運な事でしょう。ふり回した剣は、たまたまドラゴンの弱いところに入ったようです。

 しかしのんびりしていてドラゴンが戻ってきては大変です。マシューは急いでウロコをひろい上げ、それをポケットに押しこむと、剣をかついでお山をかけ下りていきました。






 マシューは元来た道を戻っていきました。

 洞窟の中にいたひげもじゃの男は、まだ光る箱に向かってぶつぶつと何か言っています。マシューは男を素通りして洞窟をぬけ、金の幹とルビーの実のついたグミの木の森まで戻ってきました。

 かけっこ勝負をした池の近くまで行くと、森の生き物たちの話し声が聞こえてきます。聞き耳をたてていると、どうやら森の生き物たちはまた、人の言葉で話せるようになっているようでした。

 マシューは一瞬いっしゅん、このまま池にはよらずに来た道をもどってしまおうかと考えました。(なにせあの卑怯ひきょうなハツカネズミは、マシューをおいて逃げたのです!)

 でもどうせなら、せっかく手に入れたドラゴンのウロコを見せびらかせてやろうと思いました。(だってあの臆病おくびょうなハツカネズミときたら、いざという時には何の役にも立たなかったのです!)


 マシューは話し声のする池の方へと、歩いていきました。

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