第57話 釜山沖の死闘
2022年1月11日(火)
対馬海峡・釜山沖30km
『日本の各方面から大量のミサイルを探知! 100……200……信じられない、300以上! まだ増えています!』
『おおお……!! に、日本軍の飽和攻撃です! 艦長!』
「慌てるな! 訓練通りに対処せよ、諸君!」
KDX-IIIこと、
(まさか……奴らの方から先に撃ってくるとは!)
わずか3隻しかない韓国型イージス艦こそが
現に莫大な数のミサイルがレーダーディスプレイに出現しても、米海軍のアーレイ・バーク級に匹敵する
E-737 AEW&Cがサーバーダウンに近い症状を引き起こしたのに対して、追跡しきれない目標は適切にカットしたうえで、艦隊に近く、脅威度の高い目標を自動で優先追尾していたのだ。
(なんという数だ……
衝撃と戦慄の中でも非イージス艦である艦隊の僚艦を気遣う余裕すらあった。
実際のところ、韓国型イージス艦たる
まともに脅威を追跡することすら不可能だった。
無理もない。飛んでくるミサイルが50や100ではないのだ。300や500なのである。
こんな状況に対処できるのは、イージス艦とそれを真似て作られた各国の最新鋭・艦対空戦闘システムだけだった。
「艦隊防空ミサイル、全弾発射せよ!」
『スタンダードSM-2、VLSより順次発射! ターゲット選定、オートモード!』
「近接防空システムを準備せよ! 僚艦への警報も忘れるな!
フリゲートは個艦防空に専念せよ! 上陸部隊は直ちに退避!」
『聞こえるか、『
直ちに戦場海域から退避せよ! 我々は現在、日本軍の飽和攻撃を受けている!』
『RAM近接防空ミサイルおよびゴールキーパー30mm CIWS、準備よし!』
今や韓国艦隊は小さなフリゲート艦から空母めいた飛行甲板を備えた揚陸艦まで、巨大なスズメバチの巣に爆竹を投げつけた時のような大騒ぎとなった。
だが、さすがは敵からの飽和攻撃を跳ね返すことを前提として設計されたイージス艦である。
他艦が長距離迎撃用の艦隊防空ミサイルをまともに準備できないうちから、
『60……70……75……80! 本艦スタンダードSM-2、全弾発射完了!』
「さあ、どうだ!」
それが3艦で240発。これだけの対空ミサイルが艦隊の周辺、およそ150kmを守るのだ。
本来であれば、北朝鮮の航空戦力やミサイル戦力に向けられるべき韓国軍最強の防空システムが今、フル稼働している。
それはマッハの速度で飛翔し、艦隊に襲い来る日本軍のミサイルと交錯する。
『撃墜! 撃墜です!』
『敵ミサイル、さらに撃墜! 60……80……100を超えています! 150以上、撃墜!』
『まだ来まぁーす! 東方よりさらに200! 東南より150! あっ! 南南西からおよそ100! 近い! すぐ近くまで来ています!』
「くそったれめ! まだ来るだと!?」
彼らがその7割以上を叩き落したのは、山口の陸上自衛隊第1~第4・地対艦誘導弾連隊が放ったおよそ300発の88式地対艦誘導弾だった。
だが、ほんの10秒から20秒程度の差で、島根沖に展開する『ひゅうが』『いせ』を中核とした第2・第3連合護衛隊群が放った200発以上の対艦ミサイルが迫ってくる。
さらに南東から飛来するのは、関門海峡沖に展開する『いずも』『かが』を中核とする第1・第4連合護衛隊群のミサイル150発である。
そして、南南西から突如あらわれた至近距離のミサイル。これは平戸島から対馬を縦断するコースで打ち込まれた第5地対艦誘導弾連隊の12式であった。
自衛隊の地対艦ミサイルは、列国の中でもきわめて早期から地形回避飛行能力を持つように設計されており、12式はその最新式である。
すなわち、第5地対艦誘導弾連隊の放ったおよそ100発の12式地対艦誘導弾は、起伏にとんだ複雑な対馬の地形を這うようにして縦断し、釜山沖━━つまり、韓国艦隊の目の前にいきなり出現したのである。
山や谷の陰に隠れているのだから、韓国型イージス艦のレーダーがいくら優秀でも探知は不可能だ。
こういう場合に威力を発揮するのが、空中から見張ることのできる早期警戒管制機だが、大邱上空と光州上空に展開するE-737 AEW&Cのレーダーシステムは対処能力数をはるかに超過しており、まともに機能していない。
結果として、本来ならば早期にデータリンクで通報されるはずの脅威は、彼らが目視できる距離になってようやく探知されたのである。
『南南西の敵ミサイル、まもなく我が艦隊に到達!!』
「個艦防空戦闘! 出し惜しみはなしだ! やれっ!」
韓国艦隊各艦の装備するRAM近接防空ミサイルや、シースパロー対空ミサイル、さらには20mmファランクスCIWS、30mmゴールキーパーCIWSといった近接防空システムが一斉に火を噴いた。
ミサイルランチャーが高速回転し、細長いRAMミサイルが次々と射出される。
『落ちろ! 落ちろ! 全部、落ちちまえ!』
『ちくしょうが! いくらでもかかってこいってんだ!』
「か、艦長! 『ソウル』と『
だが、十分な対応時間のある艦隊防空と異なり、個艦防空のフェーズは降りかかる火の粉から我が身を守る、最終段階である。
結果として、対応能力が低い艦には悲惨な運命が待ち受けていた。大邱級フリゲートの『ソウル』と仁川級フリゲートの『
『ごっ……轟沈! 二艦と吹っ飛びました!』
「バカな……! ダメージコントロールは機能しなかったのか……!?」
そして、ミサイルをくらった直後、『ソウル』と『
『ソウル』などは艦の中央部から真っ二つに折れている。それがかつての日本海軍も経験した、攻撃兵器の過度搭載とトップヘビーという重大な防御設計ミスであることに気付く暇もない。
(損害も出るだろうとは考えていたが、これでは……!)
『大邱級、全艦が被弾! 損害状況深刻! 仁川級も無傷なのは『
「フリゲートは全艦退避させろ! 釜山はすぐそこだ! 浜に乗り上げててでも祖国へ帰れ!」
『東方および南東の敵ミサイル群、さらに接近する!』
『本艦の艦隊防空ミサイルはすでに残弾ありません!』
ぞっとするような報告の中、遅ればせながら
しかし、その数は明らかに少ない。そもそも
まして、韓国型駆逐艦の中ではもっとも旧式である
搭載する個艦防空用のシースパロー16発は、全艦撃ち尽くしている。ゴールキーパー30mmCIWSの残弾が尽きればそれまでなのだ。それ以外の直接対抗手段はもう残っていないのである。
『艦隊後方よりミサイル接近!』
「なにっ!?」
『いえ……これは、味方のミサイルです! 空軍の戦闘機がミサイルを発射! 援護してくれています!』
レーダーディスプレイには、F-15KやF-4ファントムを示す味方のアイコンが表示されていた。
本来なら敵の戦闘機へ向けて叩き込みたいであろうスパローや
だが、その感動は長続きしなかった。
空軍の戦闘機が発射したミサイルはせいぜい20発。艦艇とは搭載数が比較にならないのだ。
それでも釜山近傍に滞空していた部隊にとっては、緊急で駆け付けた後の全力射撃だったのである。彼らを責めることなど、とてもできなかった。
(撤退しかない……!)
とても守り切れるものではない。韓国海軍のどの艦でも、誰もがそう判断していた。
艦内の奥深くで先輩に小突かれながら任につく、徴兵されたばかりの
『ああっ……ど、『
敵のミサイルが何十も揚陸艦に……ちくしょう! ちくしょう!』
全速で退避しながら、個艦防空システムをフル稼働させていた揚陸艦二隻もついに力尽きた。
彼らを襲ったのは『ひゅうが』『いせ』を中核とした第2・第3連合護衛隊群が放った200発以上の対艦ミサイルである。ハープーンや90式艦対艦誘導弾が何発も空母型の艦体に突き刺さって爆発する。
そして、最新型の17式艦対艦誘導弾はまるで狙いすましたように、先着のミサイルが空けた飛行甲板上の大穴へ正確に突っ込んで爆発した。
まだ終わらない。海の底へ消えるまでは叩くと言わんばかりに、10の、20の対艦ミサイルが韓国海軍の誇る二大揚陸艦へ向かっていく。
もはや絶望的だった。撃沈はまぬがれない。フリゲートのように直ちに轟沈しないだけ優秀と思えるほどだった。
「ついに……我々だけか……」
撤退の命令すら出すことを忘れて、
せめて、自分たちから撃っていれば。日本軍へ向けて搭載している対艦ミサイルをすべて叩き込んでいれば。
(はっ!)
その思考に至った瞬間、まだ終わっていないと気付く。
そうだ。守る盾は尽きようとしているが、投げつける矛はまだ残っているのだ。韓国海軍の残存駆逐艦、全艦で対艦ミサイルを発射すれば一矢報いることはできるはずだった。
「敵艦隊の予測位置はわかるか!?」
『て、敵は二つに分かれていますが……』
「近い方だ! 少しでも高い精度で位置が分かる方だ!」
『ピースアイ2号機から戦闘開始前に伝達された情報では……この辺りです!』
戦術士官が地図の一点、つまり関門海峡西方を指さす。
その一心が、死への秒読みといっても過言ではない状況で、なおも攻撃という手段を選ばせていた。
「残存全艦に敵艦隊の位置を通達!
我はこれより全対艦ミサイルを敵艦隊の予測位置へ向けて発射する!
大韓海軍に栄光あれ! 全艦、我に続け!
その瞬間にも多数の対艦ミサイルが韓国艦隊へ向けて突進しつつあった。
だが、すでに防御武装は30mmのCIWSだけである。それでも彼らはその矛を仕舞いこんだまま沈むことをよしとしなかった。
ゴールキーパー30mmCIWSが砲弾をばらまく中で、ハープーン対艦ミサイルが、
その数およそ100。中進国の海軍なら全滅させてありあまるだけの物量。それらのいくつかは自艦の30mm CIWSに叩き落されながらも、けなげに関門海峡西方へとむかう。
「
『
持ち場を離れる者はただの一人もいなかった。韓国海軍各艦は、最後まで勇敢に戦い、そして沈んでいった。
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