番外編 座談会

― 王国歴1150年頃


― ???




 場面は……辺りは明るい光に照らされて空は真っ青、地面の代わりに真っ白な雲が一面に広がっている。何だかそこに浮遊している感じである。


「ふらふらと浮いているのは本当ですわ。だって実際、地に足は着いていないのですもの」


 その声の主は真っ白な布を体に巻き付けたローブを纏った、まるで天使のような女の子である。


「読者の皆さま、こんにちは。マリー=アンジュです。母の胎内に居る時に天国に召され、それ以降ここの住人です」


 背中に羽も生えている、正に天使だ。


「そう、ここは天国です。私は名実共に天使アンジュなのです。完結記念の座談会にて栄誉ある聞き手を務めさせていただくのはこの私です。座談会と言っても本当は座っているわけではなく、浮遊しているのですが……その辺りの細かいツッコミはご遠慮下さい」


 マリー=アンジュはふわふわと飛んで、小さな池を囲んで木が生えている場所に向かった。雲一面の世界にぽつりと存在するオアシスといった感じだ。


「お父さま、お母さま、やはりここにいらっしゃったのですね。さあ、では改まって座談会を始めましょう」


 水辺にガブリエルとザカリーは仲良く寄り添っていた。二人共マリー=アンジュとは違い、下界の人間の服装で、天に召された時の年相応の見かけである。鳥や兎といった小動物たちが二人を取り囲んでいる。


「まあ、何を話せばいいのかしら?」


「俺達、天国で家族三人静かに暮らしているのだからもうそっとしておいて欲しいのにさ……それでもまあ、聞き手がフランソワさんじゃなくて良かったよ、全く」


「フランソワはまだ健在ですもの、今頃下界でくしゃみをしていることでしょうね」


「胎芽の状態でこちらの世界に来た私は物語本編では全然活躍の場がありませんでしたから、最後の最後で花を持たせてもらえて光栄です。母、ガブリエルが他界した時点で、私は下界で生まれ育っていたら十六歳でした。それに母の中で私は父親似であることから、人間の年齢で十代に見えるこの姿になったのです」


 マリー=アンジュは全体的に色素が薄く、彼女の言うとおり父親のザカリー似と言える。


「私とザカリーの物語は他のシリーズ作と違い、最初から最後まで悲しみが根底に流れていました。それでも今は私たちまたここで一緒になれて、とても幸せですわ。現世の苦しみから全て解き放たれたと言うのが正しいでしょうか」


「ガブの言う通りだよ。ここでは貴族も魔術師も、人間も動物も関係なく過ごせる。ドムやジョーを始め、俺達が置いてきた家族も、ちゃんとこの天界から見守ることができるしね」


「ドミニクもジョゼフも、それぞれの幸せを手に入れているから、寿命を全うして欲しいわ。二人共こちらに来るのはおじいさんになってからでいいと私は思っています」


「私は二人の兄弟に会いたい気持ちは大きいですけれど、それは彼らが下の世界で長生きしてからでも遅くはないですものね」


「私たちが亡くなったことによって家族や大事な人たちを悲しませたのは確かです。けれど、私たちの魂はいつまでも生きていて、こちらの世界で安らかに幸せに過ごしていることを分かって欲しいと思います」


「ガブが亡くなった時は俺もこれ以上ないくらい生きる気力も希望も失ったよ。けれど、貴女が天国に行ってマリー=アンジュがもう一人ではないと自分に言い聞かせていたね。本当にその通りだった」


「私もザックを一人残して逝くことだけが気懸かりでした。けれどまだ若い貴方にはもっと残りの人生を楽しんで欲しくて、ただその一心で魔法石を作ったのよ。けれどあまり効果はなかったようでした。数年で魔力も尽きてしまったものね」


「十分効果があったよ。お陰で俺は子供達二人が立派に成人するのを見届けられた。養子に迎えたからには親としての務めを果たさないと、という気持ちだけで最後の数年は生きていたね」


 ザカリーは愛妻の肩をしっかりと抱いてそう言った。


「お兄さまたちはお父さまとお母さまに会えて、家族になれて本当に良かったですね」


「それでもドミニクもジョゼフも、私たちが居なかったとしても立派な大人になっていたと思うわ」


「ドムのやつは頭も良くてやたら世渡り上手だからなぁ」


「ジョゼフの方は誰にでも愛されて可愛がられる子ですものね」


 現世に残してきた二人の養子のことを思い出し、夫婦は少ししんみりとしている。


「さて、質問です。天国に来て良かったことをお教え下さい」


「そうね、何と言ってもマリー=アンジュ、貴女にやっと会えてずっと一緒に居られることかしら。それから、ザックのお友達の動物さんたちと仲良くなれたことも。この世界では私も彼らと意思の疎通が出来るのです。だからザックがこちらに来るまでの間は特に、彼らとザックの思い出話に花を咲かせていたわ。彼が子供の頃の話とかね」


「奴らが俺の黒歴史を暴きまくっていることが容易に想像できるし」


「まあ、ザック、そんな後ろめたいことがたくさんあるの?」


「い、いや……それは……」


「確かにお父さまは十代後半の多感な時期はやんちゃばかりしていたそうですね。ここで言うやんちゃとは、子供の悪戯というそんな可愛らしいものではもちろんありません」


 天使であるはずのマリー=アンジュだが、彼女の背後に今一瞬黒い羽と先の尖った尻尾が見えたのはザカリーだけではないだろう。


「マ、マリー=アンジュ……」


「実の娘にそんなことを指摘されるようになるとは、当時のザックは夢にも思っていなかったでしょうねぇ。自らの子供に恥じない、親として手本となる人生を送りたいものですわ」


 ガブリエルは年上女性の余裕か、優しそうに微笑みながら、それでも割に辛辣なことを言っている。周りの鳥たちが盛んにさえずっているのはきっとザカリーのことを笑っているからに違いない。


「本編で語り手のフランソワさんに散々にこき下ろされて、番外編では妻と娘にいじられて……とほほ」


「まあまあ、お父さま。気を取り直して同じ質問に答えて下さいますか?」


「天国に来て良かったことなんて愚問だな。俺に聞くか?」


「そうでした。お母さまにやっと再会できたことですね」


「それからお前に会えたこともね。俺の中でマリー=アンジュはいつまで経っても赤ん坊だったけれど、成長した姿を見られて感激したね。出来れば俺達夫婦の手で育てたかったよ」


「私もその気持ちは同じだけど、言い出すときりがないわ、ザック」


「私はお父さまとお母さまに愛されて幸せですわ」


「あ、下界ではドミニクとジョゼフがお墓参りにきてくれたみたいだよ。見に行ってみよう」


「では座談会はこれでお開きにいたしましょうか」




 そして三人は近くにある雲の合間へ行き、そこから下界を覗く。ドミニクとジョゼフも今では二十代の立派な大人になっている。墓に花を供え、両親とマリー=アンジュに何やら報告しているようだった。


「二人共素晴らしい青年に育って、私は母親として誇らしいわ。ドミニクにジョゼフ、側に居られないけれどいつもここから見守っていますからね」


 そこで墓場に居る二人の青年はふと空を見上げた。


「ガブ、ドムとジョーがこちらを見ているよ。貴女の言葉が聞こえたのかな? それとも魔法石が反応したのかも」


「まあ、私の魔力なんてとうの昔に失せているのに……」


 兄弟は冗談でも言い合っているのだろう、ジョゼフが兄を肘でつついている。そしてしばらくすると二人の青年は墓場を後にしていた。




     ――― 座談会  完 ―――




***ひとこと***

シリーズ作初、天国での天界人による座談会の開催でした! ザカリーとガブリエル、天国に来てマリー=アンジュと楽しく暮らしているようです。良かった良かった、ホロリ……

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