第二十二話 閑話


 うちの姉との婚約を知っていてなお、ザカリーに声を掛けてくる女の度胸と肉食度にも恐れ入る。


 実はとっくに既婚者になった僕にも未だに時々この手の誘いが来る。愛妻と家庭を築いていることを承知の上で、言い寄ってくる女達が結構な数居るのだ。そんな女共は僕には全くもって未知の人種である。


 僕がモテることを自慢しているわけでも、ザカリーに対抗心を燃やしているわけでも決してない。


 そりゃあ僕だって男だ。可愛い女の子や綺麗な女性には弱い。非常に弱い。それに隠れ星人でもある。何星人かはここでは伏せておくことにする。


 要するに誘惑にふらふらと負けてしまいそうになることも多々あるのだ。けれど、クロエと交際、結婚できるまで僕は散々苦労して、やっと幸せを掴めたのだ。今まで苦心してはぐくんできた愛と、たった数回のめくるめく情事はとうていはかりにかけられるわけがない。


 それに僕が出来心で浮気なんてしようものならクロエは悲しんだり怒ったりするよりは、呆れて僕を軽蔑するだろう。子供達が居なければ公爵夫人の座など喜んで投げ出し、僕をさっさと捨ててしまうのは明白だ。彼女はそんな女性なのだ。


 なんと言っても、僕の気持に応えてくれて、可愛い子供達を授けてくれた、素晴らしい妻を裏切るなんて僕には到底出来ない。




 僕の誕生祝いを開いた日の夜、子供達を寝かしつけて後夫婦二人、寝室でくつろいでいた時に僕はクロエに聞いた。


「ねえ、クロエ。昼間言っていたよね。近頃のザカリーを見ていると昔の自分と重ね合わせてしまうって。それってどういう意味? あの時は丁度姉が戻ってきたから聞きそびれたよ」


「えっと、それは……あまりにも高みに居る貴方に相応しい女性になれるように私も努力していましたから。ザカリーさんがお義姉さまに近付けるようにっておっしゃっているのに妙に共感したのです」


 意外な答えが返ってきた。クロエが何を努力していたと言うのだろう。彼女と付き合うため、求婚を受け入れてもらうために涙ぐましい奮闘をしていたのは僕の方だが……。


「それは……将来公爵夫人になることが決まったから?」


「いいえ。それよりもずっと前、貴方に恋に落ちた時からです」


「えっ?」


 当時のクロエは、そんな素振りは全然見せなかった。僕の猛烈なアタックにも素っ気なくて僕はいつも落ち込んでいたものだった。不憫な僕は、彼女に徹底的に嫌われているのではないかとさえ思っていたのだ。それでもクロエがやっと僕の気持ちを受け入れてくれて、めでたく交際を始められたのだ。


「私が新人として就職した時に出会った貴方は生まれも高貴な上に、同僚の信頼も厚くて、その上見た目も美しいし、付き合う女性は選り取り見取りで……私の存在なんて貴方にとっては取るに足らないものだとばかり……」


 クロエの僕に対する評価が非常に高い、謎だ。何だか出会ってすぐに僕に恋していたような言い方じゃないか? もしかして、そうなのか? なんだか怖くて聞けないような……僕はとにかく言葉が出なかった。


「だから、最初は同僚として後輩として貴方に認めてもらいたくて仕事に励んだのです。それから、流行のお化粧や髪形、ドレスも研究したのですけれど、貴方の好みも分からず、おしゃれにかける予算もあまりなくて……その点はどうしようもなかったです」


 確かに彼女は職場では気を遣っていたし、仕事を早く覚えようとしていたのは分かっていた。けれど、僕の気を引くような化粧やドレスうんぬんは初耳だ。


「君が人一倍仕事を頑張っていたのは知っていたけれども……僕の好みだなんて、君が直接聞いてくれたらいくらでも教えてあげたのに」


 クロエはそこで珍しく頬を赤らめている。


「だって、貴方は私のことなんて眼中にないと思っていたのです。それから、私は男爵家出身とは言え、庶民の中で育ちましたから、言葉遣いや訛りにも気を遣いました。侍臣養成学院でも少し直されたましたが、十分ではなかったようなのです。見様見真似でダンスの練習もしたのです。もしも貴方に舞踏会に誘われたら、なんて到底起こりそうもないことを予測して……まあそれから、他にも色々と……」


  やっと付き合うことが出来ても、それからも僕はクロエに振り回されてばかりだった。別に彼女の我儘に僕が奔走していたという意味ではない。いつも彼女があまりに素っ気ないので僕が時々落ち込んでいただけなのだ。


 クロエは九割以上がツンツン成分で出来ているツンデレ女子である。そして結婚後、彼女は完全に夫の僕を尻に敷いている。だからかえって、素直になって僕への気持ちを語るクロエは超レアモードですっごく可愛いのだ。


 彼女のはにかんだ笑顔と伏せ気味な眼差しに僕の心臓は完全に射抜かれてしまった。結婚して何年経ってもこのギャップに、僕はただもだえてしまう。


「えっと、他にもって具体的には?」


 もしかして……僕は気になってしょうがない。


「嫌だ、フランソワったら……私に言わせないで……」


 クロエは真っ赤になって更にうつむいている。僕は益々興奮してきた。


「ねえねえ、勿体ぶってないで教えてよぉ」


 僕は長椅子で隣に座る彼女にすり寄った。僕のツンデレ妻は、実は僕がこうして甘えるのに弱かったりする。そして希少なデレデレ成分が表面に出てくることもままあるのだ。


「だから……貴方を如何に閨でよろこばせて差し上げられるか……よ。本で学んだだけでは実戦でなかなか上手くできないって分かっただけだったけれど」


 蚊の鳴くような声だったけれど、遂に白状したのをしかと聞き取ったぞ。ああ、もう我慢できそうにない……


「クロエェ……」


 僕は俯いたクロエの唇を奪いながらきつく抱き締め、そのまま彼女を長椅子に押し倒してしまった。


「あぁん、フランソワったら……いやぁ……」


「君が可愛いすぎるからだよ、クロエ。イヤじゃなくて、僕が欲しいでしょ?」


 僕はデレデレクロエに対してはかなり押し気味になるのだ。


「あ、あふぅ……あ、いや、そこダメ……」


「クロエちゃん、駄目とかイヤじゃなくて、きちんと言わないとシてあげない」


 普段の夫婦の力関係が少々逆転し、僕は強気になってしまう。


「……貴方が、欲しいわ……来て……」


 ああ、もう限界だ。涙目で僕を見上げるクロエに僕は再び覆いかぶさった。



******



 そうなのだ、僕は家庭外のあちこちで自慢の暴れん棒を振り回す必要などないのだ、熱くたぎるソレはいつもクロエが受け入れてくれて、あの手この手で優しく時には情熱的になだめてくれる。


 そう、僕とクロエはまだアツアツのラブラブで夜の生活だって情熱的でマンネリ倦怠期には程遠い、ムフフ。


 世の中、小さい子供が居る夫婦の多くは子供が寝静まった後でないとたのしむことが出来ないが、うちも例外ではない。ようやく寝付いたと思っても夜中にやれトイレに行きたいだの喉が渇いただの怖い夢を見ただのと起き出してくることも多い。


 幸い今晩はそんなこともなかった。デレデレクロエのご奉仕に僕は普段よりも燃えて興奮した。二人で盛り上がり、思う存分お互いを味わい、力尽き果てた。何と言っても今日は僕の誕生日なのだ。何よりのご褒美だった。ああ、僕は何て幸せなのだろう……


 脇役のお前の惚気のろけ話をいつまで聞かせる気だ、段々キワドくなっていくじゃないか、早く本題に戻れとお思いの読者の方々、申し訳ない。


 普段は姉とザカリーの重めな恋愛小説の語りで大いに気疲れしている僕だ。たまには恋バナや愛妻自慢をしたいのだ、許してくれ。それに何度も言うが今日は僕の誕生日なのだ。


 本当はもっと色々語りたいのだが、僕が夫婦間のことをあちこちで話しているとクロエにバレたら大目玉だからもうやめておく。




***ひとこと***

フランソワ君に色々突っ込みたくなるところが満載の閑話でした。

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