第二十話 仲直り


 しばらくの間、姉は貴族学院の授業が入っていない時以外は部屋にこもっていた。それでも数日も経つと落ち着いたのか、家族と食事をとり、差しさわりの無い話をするようになっていた。


「ザックから求婚されるなんて、五年前なら喜びで浮かれていたわ……でも、もうそんな夢見る年頃はとうの昔に過ぎてしまったの」


 やはり女同士だと話し易かったようで、姉はある日ポツリとクロエにこぼしていた。


「それでも……お義姉さまにとってザカリーさんはたった一人の人でしょう?」


「ええ。けれど、ザックはまだ十九でこれから輝かしい将来が待っているのよ。ただお互い近くに居ると体調が良い、ただそれだけで結婚に飛びつかなくてもいいのに……私の歳のせいで子供も望めないかもしれないし、絶対に後で後悔することになるわ」


 やはり僕の思った通りだった。姉はザカリーのことを思って求婚を受け入れなかったのだった。


 それにしても、ザカリーの野郎、姉には体の相性だけで求婚してきた安直な奴と思われているのか……それもちょっと可哀そうになってきた。


「そんな弱気なことでどうするのですか? 歳の差は変えられないし、そもそも人生何が起こるか分かりませんわよ。若いからって、良い時ばかりでもありません。子宝も、本当に授かりものですし。歳は関係なく病気や事故、災難からは逃れられないでしょう。そんな時人生の伴侶が居ると一緒に乗り越えられますわ」


「そうね……クロエさんのおっしゃる通りだわ」


 そうなのだ。お互い想い合っているのだからさっさとくっついてしまえ。ザカリーが他の若い女に目移りしたり、外に子供を作ったりしたら、その時はその時だ。そうなる前に熟女の魅力というやつで散々精をしぼり取って、熨斗のしつけてくれてやれ。


「それに、私たちみたいな歳の近い者同士の結婚だって、この先どうなるか分かりません。生涯お互いだけを愛して添い遂げられるのはほんの一握りの人間ですわ。結婚生活が上手くいかなくなる理由なんて、浮気、家庭内暴力、酒癖、浪費癖など、いくらでもあるのですから!」


 え、ちょっとクロエ……どうしてそんなことを言うのさ!


「クロエさん、フランソワはそんな子じゃないわ。確かに、彼は公爵位も持っていて、見目麗しいし、そんな外側だけを見る女性は放っておかないでしょうね。外では今でも誘惑が尽きないのも分かるわ。性格は……少々というかかなり扱いにくいところがあるのにね」


 姉まで……話題が大いに反れてしまっているじゃないか!


「それは私も……って、フランソワのことはともかく……一般論を言ったまでですわ」


 えっ、クロエ、どうしてそこで僕のことは信用していると言い切ってくれないの?


 とにかく僕達夫婦は子供が出来ても未だにラブラブで、倦怠期には程遠い。僕は良い夫で居続けようと、多大なる努力を欠かさないのだからそんな夫婦の危機なんて訪れるはずがない! というより今は僕達のことではなくて……矛先をザカリーに戻すのだ!




 さて、数日もすると激しい痴話喧嘩で半壊になった離れの修復は終わり、姉はそこに再び一人で戻って行った。


「お義姉さま、ザカリーが押し掛けて来てもお会いになりたくなかったり、話し合いが出来る状態ではなかったりしたらいつでも母屋に避難して来てくださいね。私達に立ち会って欲しいならもちろん、それでも構いませんし」


「ええ。私ももう、その、感情を制御できなくて魔法であちこち壊したり焦がしたりしたくないですから……」


 姉はそこで真っ赤になってしまった。やっぱりあの時、仲直りエッチはちゃっかりやっていたのではないかと僕は思っているのだが、真相は分からない。




 案の定、姉が離れに戻ったことを知ったザカリーはやって来た。しかし、離れに直接行くのではなくて母屋の僕達に先に挨拶に来た。大いに反省したのだろう、穏やかに話し始めた。


「今日はガブリエルさんと話し合いをしたくて参りました。彼女に会わせていただけませんか?」


「私たちが同席していてもよろしいですよね。別に貴方のことを信用していないわけではありません。けれど、念のためにです」


「はい、私は構いません。むしろ立ち会って下さった方が私も……」


 離れに呼びに行くまでもなく、その時姉が母屋にやって来た。


「ザカリー、いらっしゃい」


「ガブ、会いたかった。貴女の手を取って口付けてもいい?」


「ええ」


 姉は泣きそうな顔になって、そのままザカリーを優しく抱きしめた。


「ごめんなさい、ザック。私もかたくなになり過ぎていたの。もうあんな魔力の暴走はしないって誓うわ」


「俺の方こそ……いつまで経っても子供のままでごめん……ねえ良く顔を見せてよ」


「ザック、少し痩せて頬がこけたのね」


「貴女に数日間会えなかったから……」


 そこで二人は熱く口付けをし始める。目の前でそんなイチャラブ場面を見せられて僕は居たたまれなくなって、もう退室したかった。


 隣のクロエをちらりと見てみた。彼女は感動でウルウルしているのだろうか、いや結構ガン見していないか?


 僕はこっそり抜け出そうとしたが、そこでクロエにしっかりと上着の首根っこを掴まれてしまった。これでは動けやしない。


「二人共、いちゃつく状態に突入するのはしっかり話し合った後、離れに戻ってからにして下さいますか? 私たちがここに居るのをお忘れなく」


「ク、クロエさん、フランソワ……ごめんなさい」


「失礼いたしました、公爵夫妻」


 ザカリーは姉の唇は離したものの、彼女の腰はまだしっかりと抱いている。そして僕達四人は客間で向かい合って座った。


「ザカリー、私貴方の求婚をお受けするわ。もちろん貴方の気が変わっていなかったらですけれど」


 開口一番がこれだ。じゃあ数日前のあのすったもんだの大騒動はなんだった……僕は大いに脱力した。


「本当、ガブ?」


「ええ。でも貴方が二十歳になるまで待ちます。私だって十代の男の子と結婚するよりも……」


 確かに二十代と三十代の方が聞こえはいい。


「うん。俺も結婚するまでに少しでも貯金しておきたいしね」


 またザカリーがそんなに待てるかーとキレるかと思った。ちらりとクロエの顔を盗み見ると彼女も同じことを考えていたようだった。


「私みたいなおばさんと結婚して貴方のお友達に揶揄からかわれない?」


「世間体を気にするくらいなら貴女に求婚していないよ」


 とりあえずそこは貴女はまだおばさんじゃないとかフォローだろ? とにかく、今更歳の差のことを言い出しても意味がない。花嫁衣裳を着てもまだなんとか見られるうちにさっさと結婚してくれ、という心境だ。


「それに、おばさんだなんて言わないで下さい。貴女には白いドレスが似合うだろうなぁ。楽しみです」


 僕の方をちらりと意味ありげに見てからそんなことを言った。ザカリーの奴、今僕の心の中を読んだな。人の考えていることが分かる白魔術師を義兄に持つことをちょっと考え直してしまった。


「良かったわ。きちんと仲直りできたみたいね。もうあんな騒ぎは起こさないで欲しいものですわ」


「ご迷惑をお掛けしました。それに前公爵夫妻にもお子様達にもみっともない所をお見せしました。もう決してあそこまで感情的にならないと誓います」


「頼むよ、ザカリー。先日は肝を冷やしたよ、全く」


「そろそろ食事の時間ね。ザカリーさん、貴方もうちで召し上がるでしょう?」


「えっと、お気遣いありがとうございます。けれど、その、こちらに伺う前に軽く食事は済ませてきましたので結構です」


 ザカリーはそこで姉に意味ありげに目配せしている。


「あ……私も……今日の夕食は要りませんわ」


 さっさと二人で離れにしけこんでしまいたい魂胆が丸見えである。さっきからこっちの方が恥ずかしくなってばかりだ。


「ああ、そういう事でしたか。気付かないでごめんなさいね。どうぞごゆっくり」


 さすが小姑様、意味ありげに笑いながらごゆっくり、だなんて……


 そして二人はあっという間に退室してしまった。ザカリーの奴、玄関の扉が閉まると同時に夕食よりガブの方が食べたい、とか言っているに違いない。




***ひとこと***

あれだけ大騒ぎを起こしたというのに、結局一時も離れてはいられない二人でした。レオン父さんもほっと胸をなで下ろしていることでしょう。

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