婚約

第十七話 求婚


― 王国歴1128年 初春


― サンレオナール王都




 そんなある日の夕方、離れの姉のところに来たザカリーは珍しく母屋にも顔を出してきた。


「テネーブル公爵、明日執務室にお邪魔してもよろしいですか? 折り入ってお話があります」


「いいよ、午後なら会議も何もないし。でも話なら今聞くけれど」


「ガブリエルさんには内緒の話なのです。明日の午後、早めの時間に参ります」


 僕は何事かと思った。勤務中にしないといけない話ってなんだろう?




 そしてザカリーはその日の午後一番にやってきた。彼の色素の薄い肌と髪に黒い魔術師のローブが憎いほど良く似合っている。


「テネーブル公爵、来月のガブリエルさんの誕生日に彼女に求婚する許可を頂きたいのです」


「お、お前……」


 僕はその時の彼の真摯な眼差しを見て悟った。こいつはたった十九やそこらで最近とみに落ち着いてきたが、もう大人なのだと。いつまでも生意気なクソガキではない。


「許可も何もないさ、姉はもうき遅れた大人だし、お前の求婚を受けるのに僕の許可なんて必要ない」


「それでも、前公爵夫妻にもお目にかかってお許しをいただきたいのです。領地のお屋敷にお訪ねしてもよろしいでしょうか?」


「うちの両親、来週王都に来るって知らせが来ていた。何か集まりがあるとかで。その時でもいいだろ?」


「ガブリエルさんには内緒で事を進めて、彼女の誕生日に求婚して驚かせたいのです。私の居場所は魔力でだいたい彼女に分かってしまうので中々隠れて企むのも難しいのですが」


「そういうもんか? 僕はそうは思わないけれど、大体姉はもう三十四になるんだよ、誕生日なんてもうめでたくもないし。お前な、いつから求婚しようと決めていたのか知らないけれどさ、姉の方は長い交際、婚約期間を経て結婚なんて年はとっくに過ぎているんだよ! 大体お前のことをもう何年待っていると思っている? お前はまだまだ若いからいいけど、決心したならさっさともらってくれよ!」


「私としては、誕生日という大事な節目の日を彼女にとって最高の思い出にしてあげたいのです。本人も、家族ももうお祝いするような歳ではないと盛り下がってしまっているのですから、尚更のこと」


 こいつマメなんだよな、こういうところが。


「ぐっ、悪かったな、薄情な家族で……」


「いえ、別にそんな意味では決してありません」


「そういう憎い演出を考えるそういうところが、お前が女性にモテる理由なんだろうな……分かるよ。どうりでどこに行っても女が切れたことがないはずだ」


「もうそれをおっしゃるのはやめて下さいよ。私も若気の至りだったと言うか……」


「若気の至りだと? 僕よりも十三も年下でまだまだ若僧のお前がそれを言うか!」


「ガブリエルさんに合わせるために私も成長したのです」


 一言一言がムカつく野郎だ。


「別に僕は姉が一生独身でもそれはしょうがないと覚悟はしていたんだ……でもお前が結婚したいって言うんだったらさ、気が変わらないうちにとっとと籍入れろ、という心境だ」


「私の気は変わりませんよ。もうガブリエルさんなしでは生きていけません」


「そ、そんなクサい台詞、僕の目を真っ直ぐ見て言うな! 本人に言え、本人に!」


 僕のその言葉にクスっと軽く笑い、白銀の髪を右耳にかけたザカリーだった。こんな仕草の一つ一つが様になっている、なんともムカつく。


「テネーブル公爵、ありがとうございます。今まで散々待ってもらった分、これからは私の全身全霊をかけて彼女を幸せにします」


 深く頭を下げてそう言った彼の姿を見て、姉のことを思うと僕まで不覚にも涙ぐんでしまったのだった。それをザカリーに見られたくなくて、思わず口を開いた。


「お前のこと、義兄上なんて絶対呼ばないからな!」


「はは、それは私も勘弁して欲しいですね」




 僕は姉に内緒でザカリーを両親に引き合わせることなった。両親はザカリーが子供の頃以来久しぶりに見る彼の成長ぶりに目を細めている。


「君ももう立派な青年だなあ、いや驚いたよ」


「私たちも歳を取るはずね」


「前公爵夫妻、今日お目にかかったのは他でもありません。私にガブリエル・テネーブル様に求婚することをお許しください」


 ザカリーが床に膝をつき頭を下げたので両親は慌てている。母などは既に涙ぐんでいるようだ。


「き、君……それはもちろんだよ……」


「ま、まあザカリーさん、ありがとうございます。私たちのガブがお嫁に行く日が来るなんて……思ってもいなかったわ」


 その後、母は嬉し涙で目を真っ赤にして何度も何度もザカリーの手を握ってはお礼を言っていた。


「私が至らないせいで、ガブリエル様を今まで待たせてしまいました」


「それは神の思し召しで誰のせいでもないよ。ガブと腕を組んで祭壇の前まで歩いて行くのが楽しみだ……」


「彼女に実際求婚するのは彼女の誕生日まで待っても良いですか? それまで内緒にして彼女を驚かせて最高の記念日にしたいのです」


「まあ、なんてロマンティックなのでしょう! 素敵ね!」


「ガブの誕生日まで待つのか、君は?」


 やはりザカリーのサプライズ計画は女性の支持を得ている。キザな奴め……




 姉の誕生日当日、我が家でうちの両親も呼んで皆で夕食をとった。


 その後はザカリーが姉をどこかへ連れ出してそこで求婚するというのが彼の描くプロポーズ大作戦だった。


 ザカリーが求婚する場所として選んだのは我が家の裏にある小高い丘だった。そこに上ると王都の街が見渡せ、暗くなると夜景が綺麗な、いかにも女の子の喜びそうなスポットである。


 それにその丘は高祖父クロードが覚醒した場所であり、彼とその愛妻である高祖母ビアンカが永眠する場所でもあるのだ。


 女の方は決してもう若くはない恋人同士は仲良く手を繋ぎ、丘に散歩に出た。暖かい春の夕方である。辺りは少しずつ暗くなってきており、王都の街の明かりが眼下に見えていた。


 そこでザカリーはうやうやしく姉の前にひざまずき、魔法で出した薔薇の花束を持ち、求婚の文句を言ったのである。乙女の憧れ、跪いてのプロポーズである。


「ガブリエル・テネーブル様、貴女のことを愛しています。まだまだ未熟な私ですが、この私と祭壇の前で生涯の愛を誓って下さいますか?」


「まあザック……とても嬉しいわ」


 この後はザカリーだけでなく、登場人物全員に読者の皆さんの誰もが謹んでお受けいたします、という言葉を姉の口から聞くことを期待していただろう。


 結論から言うと姉の反応はそうではなかった。


「けれど……私この年まで誰にも嫁がず売れ残っているでしょう? だから別に今更結婚とか、もう実感が湧かないのよ。私たち、このままの関係でいいと思わない? ザック、貴方はまだ若いのだし十九やそこらで将来のことなんて決めてしまわなくてもいいでしょう。貴方の人生はこれからもずっと長く続くのよ」


 後で姉が何と答えたか知った時には軽く眩暈めまいを覚えて地面に頭を抱えて座り込んでしまった僕だった。


 ガブリエル・テネーブル、三十四歳のオールドミス公爵令嬢は一筋縄ではいかなかったのだった。




***ひとこと***

乙女の憧れ、愛する男性からの求婚キター!


と思ったらガブリエルなんとザカリー君に痛恨の一撃を与えてしまいました……

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