思春期

第六話 弟の結婚

― 王国歴1118年-1124年


― サンレオナール王都




 やっとクロエと両想いになったとはいえ、僕はまだまだ軽い気持ちだった。元々結婚願望など皆無の僕である。


 クロエは普段、仕事一筋で真面目で、不愛想とは言えないがあまり感情を表に出さない。けれど僕と二人きりの時は天然で、たまにすごく可愛いくなるのだ。その上意外と大胆で情熱的だったりする。ムフフ……


 そんなツンデレ傾向のあるクロエに僕の方がどんどんのめり込んでしまい、彼女と毎日一緒に居たくて、気付いたら求婚していた。それも交際を始めてすぐのことだった。


 しかしクロエは相変わらず難攻不落で、求婚を受け入れてもらえるまでも実は色々あった。結婚式を挙げたのはそれからまた一年以上経ってからである。




 僕が結婚を報告すると、弟に先を越されたというのに姉はとても嬉しそうだった。


「三人で初めて馬車で帰ったあの日ね、貴方たち二人は両想いなんだなってすぐ分かったのよ。貴方が結婚しても私、この屋敷の離れに住んでいていいかしら? 私クロエさんなら義理の姉妹として仲良く出来そうよ」


 あの時はまだまだ両想いなんてものではなかったのだが……交際のコの字も発音できなかった。何をもって姉がそんな事を言うのか謎だ。


 確かに僕が妻をめとるとしたら、この後多分一生独身のまま、屋敷に居残るき遅れた姉を邪険に扱わない女性というのが条件の一つである。それは僕も心の奥底では痛いほど分かっていた。


「昔は私、修道院に行くって言っていたけれど、まだ魔術師としてしなければいけないことがあるの。だから王宮に通うのだったら離れに住んでいるのが便利なのよね。これからもお世話なります」


 世話も何も、家族なのだから当たり前だ。離れに引っ込まなくても別に僕もクロエも構わなかったが、姉は断固として母屋に居続けることは断った。




 百年前、高祖母の時代は男爵家出身だった彼女が公爵位のある高祖父に嫁ぐためには、一旦侯爵家に養女に入って、などと面倒な手続きを踏まなければならなかった。僕はそのことを結婚した後に姉から聞いた。男爵家の娘が公爵に嫁ぐなど、以前は考えられなかったが世の中も少しずつ変わっている。


 僕達が婚約すると、姉は屋敷の本邸から離れへと移って行った。新しい公爵夫人を迎える前に、クロエの意見も取り入れて屋敷の改装をした方が良いだろう、との理由だった。


 それからというもの、姉は滅多なことでは本邸を訪れることはなくなった。食事も一人離れで取り、侍女を一人つけただけで姉はひっそりと暮らしていた。


 そして敷地の隅にぽつんと建っている離れの周りに花や薬草を植えるという新しい趣味を発見、没頭していったようだった。姉はよく一人で草花に話し掛けていると侍女のグレタから報告されていた。元々根暗な姉だから良く分かる。


「ザックみたいに動植物と意思疎通はできないけれど、思わず声を掛けてしまうのよね」


 グレタには照れ隠しでそんなことを言っていたらしい。


 姉が本邸を訪れるのは、両親が王都に戻ってきた時くらいだった。彼らは僕に公爵位を譲ったのを機に領地に引っ込んでいたのである。


 新しくテネーブル家の女主人となったクロエに遠慮していたのだろう。姉は屋敷の運営などに口を挟むこともなかった。むしろクロエの方が時々彼女を夕食に誘おうと声を掛けるくらいだった。




 ザカリーは初等科の低学年くらいまでは、姉に大層懐いていて、いつもベッタリだった。年を追う毎に『バブバブ、ブ、ブー』が『ガブ、ガブ』となり『ガブだいちゅきー』となっていった。


『僕、大きくなったらガブをお嫁さんにする!』


 姉を喜ばせてメロメロにする、こんな可愛らしいことまで言っていたのだ。姉にとってはショタ君の戯言たわごとでも冗談でもなく、立派な口説き文句に聞こえていたに違いない。




 しかし時は流れ、そのザカリーも初等科を終え貴族学院に入ると難しい年頃にさしかかる。


 思春期を迎えた彼は色々と世話を焼きたがり、しょっ中訪れる十五も年上の姉の存在を煙たく思うようになったらしい。僕もザカリーの気持ちは良く分かる。僕だって昔は冴えない姉を散々邪険に扱っていたからだ。


 ザカリーは生まれた時から、いやそれ以前から姉の存在が当たり前だったから、彼女が自分の強すぎる魔力を正反対の力で相殺してくれている、その有難味がいまいち分かっていなかったのだ。


 それが青春というものだ、成長する痛みだと言うだけなら簡単だ。姉だって好きで大魔術を覚醒したわけでもない。姉とその片割れに十五もの歳の差を与えたのは神の気まぐれなのだろうか……


 心の奥ではザカリーも理解していたかもしれないが、何せまだ十代半ばの少年である。何にでも反発したい時期だったのだ。姉の片割れとして白魔術師として生まれた彼も、実の父親レオンの一本気な性格だけは強く受け継いでいた。


「アンタら貴族の身勝手で俺は実の家族と引き離されて、裕福な生活させてやってんだぞって上から目線でさ、人の人生何だと思ってんだよ。平民は貴族の言いなりか? 札束で横っ面をひっぱたくような真似しやがって」


 姉だけではなく、魔術師達、そして貴族社会全体に反発するようになっていたザカリーだった。こんなことを言っては何度もルソー侯爵家を飛び出し、生家のフォルジェ家に戻って行ったものだった。




 レオン父さんは息子を養子に出すことを了承するまでは一筋縄ではいかなかったが、一度決めたら約束はきちんと守る男だった。


 ザカリーが家出して転がり込んでくる度に叱りつけ、たまには一晩泊めてやることもあったが、必ずルソー家に連絡も入れ、すぐに帰してくれたのだった。


「お前の気持ちも良く分かるが、俺達だって好きでお前を手放したわけじゃないんだぞ! お前が不思議な力を持って生まれたのも何かの縁だ。その力を有効に、人のために使え」


 僕は益々レオン父さんに惚れたね。


 家出少年ザカリーは下働きとして仕えている母親のポーレットと共にいつもルソー家に戻ってきた。


 白魔法のお陰で動植物と意思疎通が出来るザカリーは、ルソー家に連れ戻されると必ず屋敷の裏の林に行き、そこで木々や鳥、小動物たちに愚痴をこぼしていたようだった。




 そして姉はもうルソー家を訪れるのはやめた。しかし、彼ら二人はお互いの魔力を感じられないと姉は頭痛、ザカリーは貧血に悩まされるらしい。


 姉はザカリーのことを陰ながら見守ることにして、時々ルソー家の近くまで行ったり、仕事にかこつけて貴族学院に立ち寄ったりし、その度にザカリーに自分の魔力を送り付け、自分も彼の魔力を感じていたようだった。


 未成年者略取やストーカーまがいの行為に走らなかったのが幸いだ。我がテネーブル公爵家から犯罪者は出したくない。


 その頃から姉は益々離れにこもるようになっていた。ザカリーの顔が見られないのはかなり堪えていたようで、クロエに一度ポツリとつぶやいたことがあった。


「思春期というか、反抗期というか、男の子は難しいわね……」


 ザカリーが悩める青春時代を謳歌している頃には既に姉の二十代は終わりかけていた。彼女は魔術院でも幹部にまで出世していたが、副総裁の席の話は断っていた。強い魔術が使えるだけで、人の上に立つ人間の素質はない、自分は細々と研究をするのが性に合っているというのが理由だった。貴族学院で非常勤講師として教鞭も取るようになっていた。




***ひとこと***

フランソワ君は彼女を何とか射止めて結婚。おめでとうございます!


ザカリー君の方は第五形態、反抗期の生意気なガキになりました。これが一番厄介で攻略にも苦労するようです。

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