第5話「アーサー・バンドラゴン①」

 オーギュスタが猫のようにしなやかな動きで扉の前に立った。

 そして耳を扉にぴたりと付け、外の様子をうかがえば……


「イシュタル様」


「はい」


「どうやら、アーサー様がいらしたようです。イシュタル様をお訪ねになった様子です」


「アーサー様が!? 私を?」


「はい、侍女が、アーサー様とイシュタル様のお名前を呼ぶのが、はっきりと聞こえました」


「そうなの?」


「でも、すぐ出ていらしてはなりませぬ。このお部屋でお待ちください。私が対処致します」


「オーギュスタが?」


「はい! いかなる理由にせよ、今日という大事な日に遅参した理由を問い質し、ひと言、上申しなくては気が収まりません」


「大丈夫?」


「ノープロブレム、お願い致します。私にお任せくださいませ」


「分かったわ、でも手加減してあげて、相手は王子とはいえ、武人ではなく素人だから」


「分かっております。万が一、暴れたら取り押さえます」


 オーギュスタは、そう言い捨て、部屋を出て行った。

 扉も閉められる。


 私はしっかり施錠し、息をころして待った。

 先ほどオーギュスタがしたように扉にぴたりと耳をつける。

 外の音を聞くのと気配の波動を読む為だ。


 オーギュスタが戸外で侍女達とやり取りする気配がする。

 ……更にアーサーともやりとりしているようだ。

 

 どんどんどん!


 どんどんどん!


 乱暴に扉が叩かれる。

 ノックというには、あまりにも強すぎる叩き方だ。

 このような叩き方で、宰相を一発ノックアウトしたのだろうか……


 そして……静かになったその時。


「おい、イシュタル! 聞こえているのだろう? 俺はお前の夫アーサーだ、さっさと開けないとぶち破るぞ」


 一番奥の部屋にも伝わる、つんざくような大声がしたかと思うと、


 どぐわっしゃ~~んんん!!!!


 凄まじい音がして、


「きゃあああああっ!!!」


 オーギュスタではなく、

 侍女達らしき悲鳴が大きく轟いた。

 

 と、同時に部屋へ誰かが入って来る気配がした。

 多分アーサーだろう。

 でもこの荒々しく力強い波動は!?


 想像していたのと全く違う、

 覇気に満ち溢れた、雄々しい波動だ。

 でも、DV夫なら、即離婚……したい気分だ。


「おい! 亭主の帰還だ、入るぞっ!!」


 先に扉を壊し、入った後からことわるなど、とんでもない男である。


 でも壊された扉の前には、オーギュスタが立ちはだかってているはず。

 護衛役として、私を守ろうとして……


 アーサーとオーギュスタは……

 いろいろとやりとりをしているらしい。


 声はあまり聞こえない。

 だが、熱いアーサーの波動が伝わって来る。

 対してオーギュスタは淡々としているみたい。

 無言で、相手の声を聞き流しているようだ。


 何回かのやりとりの後……


「な、な、な、何ぃぃぃっ!!!」


 オーギュスタが驚く声と波動が伝わって来た。

 一体、どうしたというのだろう。

 何を言われたのだろう?


 そんなにとんでもない事?

 あの冷静沈着、泰然自若なオーギュスタがあんなに驚くなんて?


「ははははははは!!!」


 そして、また大声が?

 アーサーは大笑いしている。


 どうやらオーギュスタを無理やり排除し、

 私の居る部屋へ、強引に踏み込むとかは、しないようだ。

 まだ安全の確定を出すわけにはいかないが、最低レベルのDV夫ではないみたい。


 更に引き続き……

 アーサーとオーギュスタがやりとりする様子が伝わって来る。

 平和的とはいえないが、一応会話は成立している?


 ……気になる。

 それにもう危険はなさそうだ。


 部屋にこもって拗ねてると思われるのも嫌だし……

 『器がちっさい女』だとアーサーから馬鹿にされたくない。


 この世界は男尊女卑の戦国だし、他の女子は知らないけど、

 私は夫と常に対等でありたいから。


 そうこうしているうちに、アーサーとオーギュスタの会話が盛り上がって来た。


 オーギュスタらしい戸惑いの波動が伝わって来る。

 だが、戦士である彼女から放たれる波動に敵意は殆ど無い。

 不思議な感覚が私を捉える。


 部屋から出て、夫のアーサーをひと目見たい。

 少しだけ彼と話してみたいと……


 待つ事の勇気を父から教えられて来た私だが……

 誤解を受けたくないのと、自分の夫となる男性への好奇心には勝てなかった。


 決めた!

 部屋から出よう!

 そしてアーサーに会ってみよう!


 意を決した私は……

 開錠し、ゆっくりとノブを回して、扉を開けたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 私が部屋から出て……

 まず目に入ったのは長椅子に座ったオーギュスタである。

 対面に座ったアーサーらしき男と言い合いをしている。


 だが、喧嘩ではない。

 驚きと戸惑い、そして私と同じく女として、

 アーサーへ対し、好奇の波動を発していた。


 どう言おうかと迷ったが、ここは無難に行こうと決めた。

 ありきたりの王道的なセリフだが、仕方がない。


「オーギュスタ、何を騒いでいるのです?」


「は! イシュタル様」


 答えたオーギュスタを見てから、私は反射的にアーサーを見た。

 

 彼の外見は聞いていた通り。

 荒々しい波動から想像するような偉丈夫ではない。


 大声をあげ、扉を破って強引に入って来たとは思えない、

 おらおらの俺様系とは、正反対の優しそうな少年だった。


 中肉中背。

 茶髪、細面、鼻筋は通っていてすっきり。

 唇はやや大きくて薄い。

 ダークブラウンの目が細く、少し垂れていて愛嬌がある。

 でも瞳に宿る眼光はとても鋭かった。


 そう、アーサー王子は今日が、政略結婚した私と全くの初対面。


 同じようにアーサーも私をじっと見つめた。

 「ほう」と感嘆したように軽く息を吐いた。

  

 私はさらさらした、流れるような肩までの黒髪である。

 顔は父に似ていると言われ、気に入ってもいる。

 鼻筋が「ぴしり!」と通った、すっきりした顔立ち。

 そして切れ長の目に漆黒の瞳。


 この黒い髪と瞳が特に大好きだ。

 私が『アヴァロン漆黒の魔女』と呼ばれる由縁でもある。


 アーサーは不敵な笑みを浮かべ、私を一瞥し、軽く手を挙げる。

 良く言えばフレンドリーに。


「よう!」


 と言う。

 対して、私も負けじと笑う。


「うふふ、初対面なのに馴れ馴れしく、軽薄な殿方ですね。一体、貴方はどこのどなたでしょう?」


 ここで常人の王子なら、

 「俺はお前の夫だぞ! ふざけるな!」とか怒るに違いない。

 

 しかしアーサーは良い意味で『まとも』ではなかった。

 

「イシュタル。可愛いお前を口説きに来た通りすがりの男だ」


 と言う。

 私は「そう来たか」と、笑みを浮かべる

 

 一応、面白そうな人……

 でも変わってる、というのが私のファーストインプレッション。

 

 そして私の直感。

 アーサーは弟のコンラッドとは違う。

 

 生理的に嫌なタイプではなかった。

 ほんの少しだけホッとした。


「可愛い私を口説く? 通りすがりの方?」


「おお、そうさ。よければ逢引あいびきしないか?」


「え?」


 おっと!

 これは想定外!

 

 アーサーのあまりにもストレートな物言いに、

 私は驚き、大きく目を見開いたのである。

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