第1話 琴吹町~不老ヶ谷

 



 一番角度のきついカーブを、バスが曲がる。

 見慣れた山道から視線を外し携帯を取り出す。後はもうそこまで揺られない。下を向いてても車酔いはしないだろう。


 曲がりくねった道ワインディング・ロードなんてシャレた風に兄さんは言うが、俺には茹で上がる前のちぢれ麺って感じだ。なにせ大小140のカーブがある。子どものときは田舎に帰って来るのが嫌だった。時間かかるわ酔うわで。

 おんぼろバスのタイヤが滑らかに回り、砂利まじりの道から舗装された道の音に変わる――ようやく不老ヶ谷ふろうがたにに乗り込んだってワケだ。


 アプリの予報では午前午後とも日本晴れ。

 ホエールウォッチングには最適に近い天気かな? もっとも時化シケてないならほぼ100%クジラは見れるって触れ込みだったけど。


 ……そんなに確実なのか? 

 クジラの習性や海域をよく分かっていたとしても、大自然……それも気まぐれな夏の海のことだ。見れなかったっていちゃもん付けられてもおかしくないのに、ツアーは大盛況なのが腹立つ。


 谷と峠一つ跨ぐだけで、えらい違いだ。

 町おこしどころか事業として成り立ってる。


 ……琴吹町うちでもやれないのかな?

 取り決めや利権の難しい話が絡むから、俺には分かんないけど。

 

 ああ、くそ。

 せっかく純粋にクジラを見たいって思ってたのに。

 死にそうな顔で相談する父さんや爺ちゃんを見てると、つくづく思う。兄さんや澪は今年来なくて良かったって。何の解決策も見いだせず、毎日のように沈んだ雰囲気になる会合なんて……意味ないよ。


 何も琴吹町だけで考えなくていい。先細りの未来しかない町や村は、周囲に幾つもあるんだ。どこもバスじゃ一時間以上かかるけど、船の行き来なら10分くらいで着く。なのに協力するって方に話が向かないのは……向こうからおこぼれを貰う恩恵の方がデカいってことだろう。

 



 ……敵情視察なんてモンじゃないが。

 今日見て回ったことを伝えれば、少しは解決策も浮かぶかな?





 とかじじばんたちに毒された呼び方してる時点で、もともと俺の動機は不純なものだ。きれいじゃない。


 まあ、日が暮れるまでには戻ろう。

 母さんも今朝言ってたしな。『フカが来る前に帰ってこい』って。俺たち兄妹に言い聞かせるセリフは、いつまでたっても使い古しで子ども騙しだから反応に困る。




 ……俺と澪には未だに効くから、地味に嫌なんだけど。



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