ガラス破損事件 調査編

 以前書いた謝罪文は全てが破棄になった。

 きっかけは砂山(すなやま)の異常な添削指導であった。何度も何度も消しゴムで消した跡がいたるところに残っており、紙が痛むほど擦っていたのがわかることから執拗に添削をされていると三山(みやま)の母親が不審に思い、架橋(かけはし)、山口(やまぐち)、下沢(しもざわ)の保護者と連絡して学校に苦情を出した。学校側はそれを認め、三者面談を通して謝罪した。砂山は失脚し、架橋は愉快であった。

「砂山のやってたことは意味がないただの作業だった。時間を持て余すな、とあいつはよく言っていたが自分だけ時間を持て余しとけって感じだよな。」

「架橋、砂山先生にガチギレしてたもんね。オレ、ハラハラしたよ。」

「俺も。架橋の顔が人じゃなかったよ。」

下沢と山口が架橋に当時のことを話す。

「架橋、どうしてお前はいつも1人で戦おうとするるんだ。俺たちと一緒に訴えれば説得力は増すと思うがな。」

三山が架橋に文句を言う。

「多分、自分の中で楽しんでる部分もあるんだろうな。」

架橋がそう微笑しながら言う。

「三山も架橋も頭いいからな。俺としたら架橋の言い分はもっともだと感じたよ。」

山口が架橋をそう称えると、下沢も続く

「オレも架橋の勝ちだと思ったぜ。あれじゃだめなのか三山?」

「まあ、いいじゃないか。三山の母親のおかげで最終的に学校側が窓ガラスの修理を負担するみたいだし。」

架橋がそう締め括ろうとした。

「まったく皮肉な話だよな。俺たちが悪者なのに、学校側が最後に悪者になっちゃうんだから。」

 三山が笑いながら話す。架橋、山口、下沢も互いに笑う。被害者である学校側が4人の過失を誇張するがために謝罪文を何度も書き直して保護者に反発を買い、挙げ句の果てに自分たちのケツは自分たちで拭くことになった。何とも皮肉な事件であった。

 学校側の失態を作り出したのは他でもない砂山であった。砂山が執拗な添削指導をしなければ学校側は賠償をしてもらえた。しかしそれが事実上不可能となった。砂山は孤立し、他の先生から顰蹙を買われることにのなったは間違いない。砂山は自滅した。

 しかし、まだ制裁を受けていない者があと1人いる。 

 そう、学年主任兼生活指導担当の高津である。4人に汚い言葉をまき散らして脅迫したあの高津。架橋を怒らせたあの高津。



 そしてその時は来る。





「おい、聞いたか?」

「ええ、まさかあの高津先生が。」

 学校内で噂は拡散していく。

 高津は窮地に立たされていた。砂山の失態と比べ物とならないレベルであったから。

 ガラス破損事件の2週間後、高津は女子バスケ部の顧問を務めていたため、引率者兼監督として女子バスケの大会に同行した。そこで事件は起こった。その試合は緊迫していた。終盤に入って追いつく側であったため、なんとか逆転を決めたいところだった。パスをうまく繋ぎ、相手をかわしてゴールへ走り続ける。

 そして、見事逆転勝利を果たした。

 高津は熱狂した。選手たち、保護者は歓喜し皆で勝ち取ったかけがえのない一勝であった。

しかし、高津は事件を起こした。彼女たちを恐怖のどん底に突き落としたのだった。




「高津が試合後、部活の女子にセクハラ。」


「あいつ、ゴミ野郎だな。」


「そしてその高津は、騒動から学校に一切、姿を現していない。」


「俺を散々にして罵倒したあいつは生徒の模範たる教師いぜんにに人間として失格だ。」


 4人は、高津の被害者である。

 高津の女子バスケ部員へのセクハラ行為の事実解明。

 この建前で十分であった。恨みを持った人間は恨みを捨て去ることは困難。4人の高津への恨みは殺意と同等であった。だから建前さえあればあとは行動に移すだけ。高津をいたぶり潰すことが出来る。

 架橋と三山は2人、市民センターの予約制会議室に入って山口と下沢を待っていた。

「他の教師どもも事を公にしたくないのか、高津についての質問は応じなかったな。」

三山がそう切り出すと

「だな、学校全体がグルになって事件を隠ぺいしようとしている。これが汚い大人社会なんだよな。」

学校には絶大な権力がある。高津のような1職員なんて庇うのは簡単だ。架橋はそれが気に入らなかった。

「なあ、三山。」

架橋は三山に聞いてみた。

「どうした。」

「自分のしでかしたことが原因で窮地に立たされ、そこで誰かが仕方なく庇ってくれたら、お前はその庇いを素直に受け入れることが出来るか?

つまり、相手に自分の問題を丸投げ出来るか?」

架橋がそう三山に問うと、

「自分がとてつもなく恐怖を味わって、冷静でいられなくなったら、おそらく誰でもいいから助けを乞うと思う。でも、そんなことは良くないときちんとわかっているさ。結局自分自身で解決するしかないだろうな。」

「当たり前だよな。自分で巻いた種なんだから。俺たち生徒にも高津は同じ事を言ってた。まずは自分自身でどうにかしなさい と」

架橋は唇を噛みしめながら言った。

「高津は未熟な人間だ。今回の騒動でそれが明白となった。いくらベテランの域でも関係ない。あいつは自分の積み上げてきた実績に慢心してたな。」

「ああ、だからこそあいつの脅迫に俺は怒っている。」

そこへ山口と下沢が会議室へ到着した。

「揃ったな。じゃあ、山口、下沢はここへ座って。架橋、始めるとしますか!」

 4人の極秘会議が始まった。

 高津への逆襲のため彼らはついに動き出した。



 日曜日。計画が実行される。

 架橋は、三山と共に高津を破滅させるための計画を練る。

 一方、山口と下沢は聞き取り調査を任され朝から学校へ登校した。

 正午、女子バスケ部が午前中に練習を終え、帰り支度を始めていた。その中に高津の被害者である今宮がいる。

「よう、今宮。」

クラスメイトである下沢が今宮に声をかける。

「あぁ!下沢!あれ、なんで学校来てるの?」

「お前に話したいことがある。」

「え、」

今宮はおかしな反応を見せた。

何やら変な雰囲気になりそうと思い、山口が間に入る。

「いや、高津の件について聞きたいことがあるんだ。」

「あ、あ〜。高津先生のことね。ちょっと下沢!そうとちゃんと言いなさいよ!変な気になっちゃったじゃない!」

「すまん。」

下沢がそう詫びると

今宮は少し表情を曇らせて続ける。

「高津先生かぁ。なんか、いろいろ大変になっちゃったね。やったことはまぁ、アレだけど。」

「少しはなしをきかせてくれないか?」

山口がお願いすると

「あなたって確か、山口君だよね。」

今宮が何か思い出したかのように頭がピクッと動く。

「下沢、山口君ときたら、架橋と三山君は一緒じゃないの?」 

下沢、山口、架橋、三山が仲がいいことは校内で知れ渡っていた。架橋はそこそこ有名人であるため今宮は呼び捨てをした。

「あいつらは別の用事がある。」

下沢がそう答えると。今宮は合点が言ったようだった

「なるほどガラス破損事件でこっぴどく高津先生に叱られたもんね。その恨みを晴らすためにいろいろ調査して追い詰めたいわけね?」

「建前は、お前らの事件の解明だけどな。」

「へ〜。確かにあの人は、私に問題行動を起こしたけど」

今宮の口が止まる。何かをためらってるいるようだった。

「まあ、いいわよ。だけどね。誤解はしないでね。君たちが知らない側面を私は知っているから。きっと情報を集めればあの人の素顔がわかると思うから。」

今宮は表情を和ませながらそう言う。

「わかった、ありがとう。」

「ありがとうな、今宮。」

 山口と下沢に今宮は真実を語り出す。



 この2時間前、

 実は山口と下沢は職員室へ侵入しようとしていた。目的はガラス破損事件の調書を盗むこと。理由はガラス破損事件についての捜査の正確性を確かめるため。

 この中学校には生活指導等を受けた生徒の逸脱した行為を調書としてまとめている。そしてその調書をまとめる保管室が存在する。保管室は職員室経由でないと入室ができない設計になっている。

 もちろん生徒は無断で職員室に立ち入ってはいけない。だから日曜日にアタックする事を決めた。日曜日の学校に出勤する先生は全員が部活の顧問。平日と違って、事務作業をしなくていいため、とにかく午前中には職員室は誰もない。しかし、午後になると部活の午前中活動が終わった後に職員室に戻ってゆっくり寛ぐ先生がいるかもしれない。狙いは部活が活発に活動しだす時間帯、9時から10時頃。この中学校はとにかくこの時間帯が狙い目だ。架橋たちはこの時間帯をゴールデンタイムと名付けた(ふざけて)。先生は自らの部活の監督のため現地へ行く。そして誰もいなくなったところで侵入するといった計画。

 2人が職員室の扉の前に着く。扉の窓はカーテンがかかっているので中の様子は伺えない。山口が恐る恐る扉を開けてみると、職員室は予想通りもぬけの殻だった。

「よし!調査開始、」

山口と下沢は資料室へ向かう途中、きれいに整頓されたデスク見かける。

「あのデスク、もしかして高津のか?」

山口が下沢に聞いた。

「だろうな。高津はこの学校から追い出されたってことだ。」

2人はさらに奥へ歩きだす。

そして

「ここが、保管室か。」

 山口、下沢は保管室に足を踏み入れ、ガラス破損事件についての調書を探し始めた。人が10人も入らないような狭い部屋で、天井に届きそうな高い本棚が三重になって並んでいた。山口は入って早々びっくりした。

「すごい書類の量だな。この学校の生徒たち、問題起こしすぎじゃないか?」

「かなり前の調書もあるらしい。砂山がこの中学校にいたときはすでにあったらしい。」

「ええ!砂山ってこの中学校出身なのか。そりゃ驚きだわ」

山口は砂山の過去にびっくりした。

「そんなことよりさっさと見つけようぜ。今宮にも話聞かないといけないし。ガラス破損事件は11月16日だったな。」

「11月は...ここか。おい、山口。どうやらこの列にあるみたいだぞ。」

「どれどれ。お、これじゃないか。」

山口が一つの調書を取り出した。表紙には"11月16日 3年3組教室のガラスひび割れ調書"と書いてある。

「本当に警察みたいだよな。こんなものたくさん集めてして何がいいんだか。」

山口は改めて調書を見て不快になった。

「よし!手に入ったことだし、ずらかりますか。」

2人が保管室の出口へ向かおうとしたその時。

微かに音が聞こえる。


「下沢……これって」

「しっ、声出すな。」


 誰かの足音が聞こえる。それも徐々に大きくなってくる。こちらに近づいているのを2人は感じ取った。侵入がバレたか?誰かがたまたまこちらへ向かっているのか?

 密閉の空間にいて焦っているせいか、心臓の鼓動が早く打ち付ける。

 足音ははっきりと聞こえてくる。保管室へ向かっているのは間違いない。

「下沢、奥へ行け。」

下沢、山口は1番左の棚の奥へ向かった。

 足音をたてる人間の進む先は確実に保管室で間違いない。

 下沢と山口は扉から入ってきて死角に入る位置にいる。だが彼らが見つかるまで時間の問題だ。3つの棚をうまく利用して逃亡するしか方法はない。そこで下沢と山口は架橋に言われたもしもの時の対処法を思い出す。閉ざされた部屋で相手を撒く方法。彼のレクチャーしてくれたことは単純明快であった。

「下沢……俺、考えたんだが、これならうまくいくかもしれない」

山口が下沢に説明する。

「なるほど。それしか方法はないな。」

下沢は了解する。

 保管室の扉が開く。その人物はゆっくり入ってくる。部屋は3重の棚が隙間を開けて並ぶため、もし部屋内で異変があるなら棚の裏を必然的に確認しなければならない。彼らはそれをうまく利用する。

 下沢と山口は予め保管室の、入り口から入って右手側の棚に沢山の調書を引っ張り出し、床に散乱させておいた。当然何も知らない人からすればなぜこんなに調書が散乱しているのか不信感を抱く。そしてその散乱された場所へ移動する。 

 入り口から見て逆側の左側の棚に下沢と山口がいる。彼らはその人物が右側の棚に歩き出すのを待つ。

 そして

 その人物はゆっくりとした足取りへ右側の棚へ歩いていく。その足音を確認して彼らは動き出す。

「……Go!」

「よし!」

 左側の棚から勢いよく2人は飛び出し、保管室から出る。山口の手には棚の奥深くに眠っていた伸縮可能のつっかえ棒がある。おそらく地震があった際に天井と棚の上面をつっかえ棒で固定して倒れるの防ぐために使っていたのだろうが数が余ってそのまま誰かが放置したようだ。扉から出たあと、そのつっかえ棒を最大の長さにして扉を開けさせないように引っ掛ける。

 自分が飛び閉じ込められたと察知したその人物はもう遅かった。慌てて引き返して扉を開けようとしたが扉はつっかえ棒が外側から引っかかっているため開くことはない。

「やったな。」

「よし、ずらかるぞ!」

 下沢と山口はその場を後にしようとした。が、保管室の中から聞き覚えのある声がした。


「閉じ込められた!助けてください!」


その声は4人の担任の教師である砂山だった。

下沢も山口は足を止める。

「なぜ、砂山が?」

「あいつ、なんで……」

 扉を容赦なく叩き、砂山は助けを乞う。

 下沢と山口は考える。

 自分たちの担任の先生を閉じこめたことが発覚すれば生活指導どころの問題では済まされない。きっと重罰が下される。

 2人はちらりと退学という言葉が脳裏に浮かぶ。恐怖であるが、4人の決めた計画を頓挫させるわけにはいかない。

「下沢……おれ、やめるつもりないよ。」

山口は下沢に計画を放棄することはない旨を伝える。

無論、下沢も同じ気持ちである。

「当たり前よ。たとえ、退学になったとしても4人もろとろだ!怖がることはないぜ!」

下沢の声に砂山が気づく。

「下沢……下沢なのか?他に誰かいるのか?私をここから出しなさい!なんでこんなことをするんだ!」

 砂山は怒号を上げる。

 さらに他の教師がやって来ると厄介なので山口は砂山に一つだけ質問する。

「先生。僕…山口もいます。一つだけ教えてください。なぜあなたは保管室にやってきたんですか?ガラス破損事件は綺麗さっぱり解決されたはずですよね?」

砂山は間を置いて答える。

「……高津先生の問題があったよな。」

砂山は息を整え、冷静に答える。

「私はその問題の調書を作ったんだ。」

「でも、この学校の保管室は生徒だけの問題の調書しか作らないのでは?」

「そうだ、教師の不祥事は学校側にとっても不都合だ。ただ、私は生徒だけでなく教師の問題もしっかり取り扱うべきだと思うんだ。」

「だから、密かに高津先生の不祥事を調書としてまとめたと?」

「そういうことだ。昨日完成して、日曜なら職員室に先生方は少ないからと思いやって来たんだ。」

 砂山もまさかのゴールデンタイムを利用していた。

 謝罪文の執筆の際、架橋との言い合いで砂山は文書が唯一の武器だと言っていた。文書として記録するのがどのくらい重要か、砂山の真面目さが垣間見える。

 残り時間もないので山口は最後にこう言って切り上げる。

「先生、高津先生の調書を作るのはいいですが、その前に自分自身の調書を作るべきだったのでは…」





 帰り道

「なんともあれ、ミッション成功!」

「あー疲れたー」

とぼとぼ歩いて凱旋ムードの2人であったが、突然、2人の携帯が同時に鳴り響く。

「架橋からだ。」下沢は架橋からコールを受ける。

「三山からだ。」山口は三山からコールを受ける。

架橋と三山からの同時コール。

「もしもし。架橋か?どうしたんだ?」

「無事に学校から出られたか?」

架橋が下沢に心配して聞く。

「おうよ!バッチリよ!」

下沢は元気に返事をする。


「なら、今から高津のところへ乗り込むぞ。」


「へ?」




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