第2話 野良猫の女子高生との出会い

 涼しい風に騒ついた人々。何不自由ないこの世界は至って普通だ。

 少なくとも現実世界でも無白の世界でもないが。


 この世界は無白の世界からは向こうの世界と呼んだ。

 現実世界から何と呼ぶかは知らない。

 なんて言ったて、この世界の人口は約三万人。


 それでも騒がしいと思える人々が見えるんだ。どれだけ小さいかが分かる。

 あれから一晩を過ごし今に至る。

 さっき自由と言ったが、何をしても許されるわけではない。


 最低限のルールはあるし、そこは現実世界と変わらない。

 僕は古びた田舎町のようなこの世界を歩く。


 「ねぇ」


 後ろで声が聞こえた気がした。

 僕は振り向く。


 「来たんだ」


 僕は応えた。

 その声の主は猫。矢野真美雨だったからだ。

 見た目は相変わらず、華麗で美しく、セーラー服を身に纏っていた。


 「何でこの世界に来たの?」


 「君に興味が湧いたから」


 意外だった。

 人なんて全然興味なさそうな真美雨が僕のことをそう思っていたとは。


 「だったら、紹介するよ。この世界を」


 「ありがとう」


 この世界はわざわざ紹介するほど複雑ではない。

 かと言って、何もないわけでもないから不便でもない。

 学校もあるしコンビニもある。

 少し、仕組みが違うだけで。


 この世界の学校には名前がない。

 何故なら、一つしか存在しないからだ。

 そんなものにいちいち名前をつける人間はこの世界にはいなかったんだろう。


 そもそも、この世界がいつ作られたものかすらも知らない。

 学校までの道のりはもうすぐそこだった。


 「ここが学校。名前はない」


 僕は紹介した。


 「名前がない?」


 真美雨は疑問を抱いた。

 それもそうか。初めてこの世界に来た人間なのだから。

 僕はもう慣れたが。


 「わざわざ一つしかない学校に名前はつけないよ。あと、ここは現実世界とは違う」


 「そうなんだ。でも、何処が現実世界と違うの?」


 また真美雨は疑問を抱いた。

 言われてみればそうだ。人が極端に少ないことを除けば、現実世界と何ら変わらない。


 何処が違うのか。難しい質問だ。

 だから、僕はこう応えた。


 「まだ分からない」


 この世界の謎を僕たちが紐解くにはあまりにも難解すぎるからだ。


 「いつ分かるの?」


 また難しい質問をする。


 「いつかな」


 そんな曖昧な表現で僕は応えた。







 目の前にあるのは小さな学校だ。

 僕は今ここへ通っている。


 真美雨にもここへ通わせるつもりだ。

 玄関から入り、そのまま職員室に行く。


 「失礼します」


 扉を軽くノックする。


 「はい」


 中からはその二文字だけが返ってきた。

 おそらく入ってもいいということだろう。


 僕は扉を開け、入る。

 真美雨も入る。


 「何がようだい?」


 優しそうな女の先生がニッコリとした笑顔で出迎えてくれた。

 名前はミナ先生。


 本名かどうかは分からない。

 年齢は不詳。


 口調は優しいおばあちゃんのようだが見た目は若く、美人だ。

 謎が多いが悪い人ではない。


 「彼女のことでお話が」


 僕は言った。


 「あらあら、可愛い子だねー」


 ミナ先生はまた優しく笑った。


 「あ、いや、その」


 真美雨は珍しく照れた。

 こんなにも美少女でも可愛いと言われたら照れるのはちょっと意外だった。

 もう、慣れっこだと思っていた。


 「真美雨さんをこの学校に入らせたいのですが」


 僕が言う。


 「もちろん大歓迎よ」


 ミナ先生は嬉しそうな表情で真美雨に向かって笑った。

 その真美雨の返答はこうだった。


 「どうして私は捨てられたのですか?」


 真美雨は疑問を言う。

 それもさっきまでのとは違う。

 こっちまでも疑問になる疑問だった。


 「うーん、分からないわ。あなたは誰かに捨てられたの?」


 ミナ先生は表情を変え、悩んでいた。


 「はい」


 その返しはこの世界の人たちからすれば稀だった。


 「珍しいわね」


 「珍しい? どう言うことですか?」


 「この世界の人間はね、自分で自分を捨てるの」


 真美雨の頭の中は全面、ハテナマークだろう。

 それ程までに彼女には理解できない事実であった。


 「だったら、春也くんは何を捨てたの?」


 「それは言えない」


 と言うよりは、言いたくないの方が正しい。


 「そっか」


 真美雨はさらっと流した。

 彼女なりの気の利かせ方だったのだろう。


 「だけど、この学校に入っちゃえばそんな話題は滅多にないわ」


 そうなのだ。この学校の人はこの世界のことを詳しく追求しようとはしない。

 自分で自分を捨てる人間の集まりだ。


 いちいち、そんなことを考えるのはめんどくさいのだろう。

 ある一部を除いては。


 「もう一ついいですか?」


 真美雨は言った。


 「いいわよ。何でも聞いて」


 ミナ先生は優しく笑い、応えた。


 「先生は何を捨てたのですか?」


 「……私はね、愛情を捨てたの」


 「愛情?」


 「そうよ。私はこの学校の先生であり、先生じゃない」


 「言ってる意味が」


 これだけ聞いたら真美雨が困惑するのも無理はない。

 だが、そのままの意味なのだ。


 ここは学校だが基本的に授業はしない。

 ただ、クラスメイトが集まり、自分のしたいことを活動するのだ。


 人数も一学年しかない、かなりの少数だ。

 何人いるかも、いまいち分からない。

 それは来る人と来ない人がいるからだ。


 聞いた話によると、学校内だけにとどまらずに学校外での活動を主にしている人がいるらしい。


 その人たちとは話したこともなければ、顔も見たことがない。

 分かりやすく言えば、毎日が自習のようなものだ。

 自習よりも自由度は高いかもしれない。


 「私はね、生徒に好きなことをさせたいの。あくまでここは学生の居場所」


 居場所。その言葉がまさにぴったりだった。

 学食は出るし、寮もあり住む場所には困らない。


 好きな時にどこかへ出かけることだってできる。

 お金はアルバイトをして稼げるが、別にしなくたって生きていける。


 衣食住が無料で揃っているんだ。

 こんな世界はなかなかない。むしろ、ここだけだ。


 「それでも入るかしら?」


 真美雨は考えた。

 こんな誰でも即答で入りそうな好条件を真剣に考えていた。


 「春也くんと一緒に住めるなら入ります」


 「……へ?」


 僕と一緒に住む? 無理な話だ。

 ここはマンションでもなければシェアハウスでもない。


 学校の寮なんだ。

 女の子と相部屋なんて出来るはずがない。


 「いいわよ」


 ミナ先生から衝撃の言葉を聞いた。

 この人がこんなことを言うとは思いもよらなかった。

 真美雨もこんなことを言うとは思いもよらなかった。


 僕は実は誘ってはいけない人を誘ってしまったのかもしれない。

 自分がどうすればいいのか分からなかった。

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