王道ファンタジー編

1-1 未来がどうなろうと

 新学期、僕は夢を見ていた。

 兄さんと一緒にドラゴンと戦い、不思議な魔法使いと戦ったり、魔法の絨毯で空を飛んでいた。


 夢の中の兄さんは、多分笑顔で僕の傍にいてくれた。


「……夢の中なら会えるのに」


 小さいころ、兄さんと神社にいった。手をつないで舗装されていない道を登っていった。

 気が付くと僕は眠っていて、目が覚めたころには病院にいた。

神社で倒れているところを保護されたらしい。姉さんが泣いて抱きついてきたのを覚えている。


 その時にはもう、兄さんはどこにもいなかった。


 あれから十年くらい経ったのだろうか、兄さんは一向に姿を見せない。


 だけど夢の中でこうして会うことができる。毎日じゃないけど、昔に戻れた気がして最高に楽しい。


 だから、目が覚めた今は、物寂しくて、心に穴の開いた気分だった。

 あの時からどこか消えてしまいたいと思うようになった。


「カルマー起きたー?」

 姉さんが一階から大声を出して呼びかける。眠気まなこで体を起こす。


「今日から授業始まるんだから遅刻しないでよ~」


 また大きな声が響き渡る。言われるまでもなく黙々と着替えを始めた。

一年間着慣れた制服を身に着けて、よごれやしわも少ないカバンを手に持ち部屋を出る。


 身支度を済ましてリビングに入ると、今しがた朝食の準備が済んだ姉さんが料理を運んでいるところだった。


「おはようさん」


 小柄で童顔が際立つ海香うみか姉さんはエプロンをとりながら、こちらを見るなり声をかけてきた。僕は「おはよう」と返して席に着く。

 テーブルにはほのかに湯気がたつ白米と目玉焼きが並べられている。


「今日も遅くならないでよ」


 姉さんも両手を合わせたあと、朝食を食べ始めた。

とはいっても、日課だしこればかりは姉さんに言われてもやめることはない。


 二人向かい合って朝食をいただく。何度も見てきた光景。

たった十年、二人だけでこの生活をしている。



 朝食を終え、ずいぶんと薄っぺらいカバンを持って玄関を出た。

「いってきます」

「うん、いってらっしゃい!」

 嬉しそうに僕を見送る。僕が見えなくなるまでずっと玄関の前に立っていた。


 新学期最初の授業日、とはいうものの僕にとっては鬱になるような日でもあった。

 新学期早々、授業ガイダンスとクラス替えがあった。新しい担任はガイダンスの後、続けて学力チェックを言い渡し五教科のテストを始めた。


 クラス全員が文句をたれ、渋々テストをこなしていた。その結果が今日帰ってくる。

 皆が一喜一憂し、手渡された用紙の右上の数字に阿鼻叫喚する。



 テストなんてどうでもいい。

 自分の未来のために頑張るなんて、考えられない。



徳地とくちカルマくん……テスト全教科、赤点だねぇ」


 担任の先生、天道碧てんどうあおいが答案用紙を見ながら悲しそうに告げた。


「あまり勉強好きじゃないというのは去年から知っていたけどね……」

「お分かりいただけて幸栄です。では」


 先生が持っていた用紙を両手でもらい、自分の席に戻った。

「あいつ、頭悪いのに気取っててやなやつ……」

「前髪なげぇし、何考えてんだかわかんねぇ」

「そのうち退学すんじゃねぇか?」



 席に戻る間に同級生の話し声が聞こえる。

 退学か。もしそうなったらどうなるんだろう。姉さんはショックを受けるんだろうか。




「先生、この理科の問題なんで間違いなんですかー?」

 一人の女生徒が答案用紙をもらったついでに質問する。先生は「これはねぇ~」と話し始める。


「誤っているものを選べだから、これは天動説で正解なんだよ」

「あれ、天動説って先生の苗字みたい!」


「ははは、確かに同じ読み方だね。天体すべてが地球を中心として回っていることを説いたものだよ。

のちに地動説のほうが有力となっていくけど、当時は地球が宇宙の中心ともされていたんだ」


 先生は笑いながら「だからここは不正解」と生徒にやさしく教えていた。

そしてテスト返却のホームルームが終わり、退屈な授業が延々と続いていった。



 夢星ゆめほし学園は進学校ほどではないが、生徒の学力、生活態度など複数の能力細分・数値化し、個人に合った社会生活を送れることを目標とした高校である。

購買のクリームパンが大人気で、毎日争奪戦となることが多い。


(しかし、抜かりはない)



 僕は授業のチャイムと同時に教室を後にした。足早に駆け、昼食の確保を済ました。


 ものの数分で購買の前に人が集まってくる。人の手があんなにも飛び交うのはちょっと不気味かもしれない。


 今日もいつもと変わらない光景だと振り返って前に進もうとした時、目の前にいる人物に気づかずぶつかってしまった。


「あ、ごめん」

「……」


 金髪で目つきが悪そうな男はこちらも見ずに購買に向かう。

最後尾にいた女生徒が彼に気づきそっと道を譲ると、続けて周りの人も気づき始め、彼の行く道を開けた。


「……クリームパンあるか」

 金髪の男は購買のおばちゃんにぼそっとつぶやく。


「わるいねぇ。もう売り切れちまったよ」

「ああ?」


 機嫌悪そうにあたりを見回す。彼と目が合った生徒は、自分の買ったパンを後ろに隠していた。


 ちっ、と舌打ちし、購買を去っていこうとする。

「おい」

 自分とは反対の廊下から声が聞こえた。金髪の男は立ち止まり、ゆっくりと後ろを振り返る。


「お前、俺様の言ったこと覚えてるよなぁ?」


 生徒たちが道を開けると、眼鏡をかけたつんつんヘアーの男が現れる。


「……購買にはなかった」

「は? もう一回言ってみろ」

「購買にはクリームパンはなかった」


 いまにもぎりぎりと音が鳴りそうなくらい歯を食いしばり、金髪の腹を蹴り飛ばした。

腹を手で押さえ、せき込みながらうずくまってしまう。


「俺は、昼飯が食いたい。だーかーらクリームパンを持ってこいと言ったんだ」

 金髪の男の前にしゃがみこみ、耳元に話しかける。


「でさぁ、売ってなかったら、どうするんだよ。俺のだーいじな昼飯時間が終わっちまうじゃないかよぉ」


 金髪の男は床に腕をつきながら固く拳を握っていた。ただのパシリ……という感じには見えない。


 しかし、この状況でおばちゃんはおろか、周りの生徒は何も言わず立ち尽くしている。

 触らぬ神に祟りなし。それが一番。なのにさっきぶつかってきた金髪の男は、見覚えがある気がするし、放っておけない気もする。


 様子をじっと見ていたのが気づかれたのか、金髪の男と目が合う。それに気づいた眼鏡のつんつん男は立ち上がって僕のほうへと近づいてきた。


「君、それ渡すよね?」

「え? えっと……あ」


 指さしたのは僕が買ったクリームパンだ。もちろん渡す気はないのだが、どう答えようかと迷っていると袋ごとパンを取られてしまった。


 眼鏡の男は来た廊下を戻っていき、通りすがりに金髪の男に視線を移す。

「お前は人も守れなければ、言うことも守れないのか」


 顔を強張らせ、より一層拳を固く握る。彼の拳からは赤いしみが垂れていた。


 変な男が去ると、何事もなかったかのように生徒は購買に駆け寄った。

金髪の男がゆっくりと立ち上がり、僕の横を通りすがり去っていこうとする。


「ちょっと待って」

「……あ? なんか用かよ」


 僕は彼を呼び止める。彼は振り返りもせず背中を向けたまま返事をしている。


「もう、こんなところに興味はねぇ。……俺は帰るぜ」

「あ……」


 声をかけたにもかかわらず、階段を下りていってしまった。


「クリームパン……」

 僕はただ、クリームパンをとられたのが、ちょっと悔しかった。

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